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意志作用の使い方(実践の葛藤や苦しみをなくすために)


 2月も忙しく終わってしまい、更新が1か月空いて、スポンサー広告が載るようになってしまいました。

 これで、諦めずに地道に更新をしていきたいと思います。
 
 今日は、意志作用の使い方という点についてです。
 以前のブログ記事、{否定してしまう自分を否定しないこと」で、結構、皆さんにコメントを頂き、多くの方が同じように悩んでいることを知りました。
 その点について考えて、2月は文章をまとめていまして、今後、ある雑誌に載せてもらえる予定です。そこで考えたことを今日は少し書いてみますね。

  SIMTの実践を始めたときに、皆さん、「願い」というのがあると思うんです。ほかにも実現したい「価値」というのも。
 「早く治りたい」「元のように元気にくらしたい」「今のつらい状況から抜け出したい」
 いろいろあると思うんです。

 SIMTを実践し継続していくために、その願いはすごく大切です。それがモチベーションになるからこそ続けられるわけです。
 でも、その気持ちが強すぎると、それ自体がSIMTを実践し、マインドフルな状態を習慣づけるための障害となってしまいます。
 そこで、ではどのような方向性で、実践をすすめていったらいいのか、その点を書いてみたいと思います。

  まず先ほども書いたように「願い」「価値」といったものは、実践を続けていく上で、すごく大切です。
 だからこそ、セッション4でもこの「価値」「願い」を確認し、実践を続けることを決意するような課題が取り上げられているわけです。
 でも、僕自身、この課題をやるときに、少々苦しかった記憶があります。
 「がんばれ、がんばれ」と自分に喝を入れているようで。
 それまでも、今の自分を「こんなんじゃダメだ」と繰り返し否定して、「もっとがんばらないと」と生きてきた結果が、うつ病であり、どうにもならない体調の不良だったので、それを、もっとがんばれ、やる気を出せ、と言われているようで、自分で課題をするのがちょっと苦痛だったように覚えています。

 皆さんがそう感じるかはわかりませんし、実際、その「願い」を再確認し続けることは、大切だと思うのですが、自分が最初に思っていた「治りたい」とか「早く良くなりたい」といった理想そのものを、そのまま、今すぐの「価値」「願い」にしてしまうと、苦しくなってくるように思います。
 マインドフルネスを身に着けるためには、まず、この「願い」「価値」を持ちつつも、実践をするときは、一度、それを横において、日々の課題を淡々と行っていくようなことが大切です。

 なぜなら、「価値」「願い」にすぐに近づきたいというのは、「今、ここ」にない状況を自分の頭の中で作り出し、それに自分を近づけようとする作業です。それに対し、マインドフルネスとは、本来、「今、ここ」にない頭の中の勝手な思考や妄想、評価や判断から離れ、「今、ここ」の瞬間に、ありのままの注意を向けることです。
 よく解説本では、「することモード(doing mode)」と「あることモード(being mode)」などと書いてあったりします。

 最近では、一般に「マインドフルネス」という言葉が広がっており、「1日5分の実践で負けない心を作る!」とか、「人間関係が改善するマインドフルネス!」などといったキャッチ―なコピーが本屋でも並んでいます。(今の例はあくまで私の想像です)。

 しかし、「~になるための」というのは、まさしく、「することモード」なわけです。
 今の社会では、この「することモード」が良しとされています。
 目標を立て、それを実現するために、努力する。それを実現するために、無駄を見つけ、判断し、効率化していく。
 そういったことが、学校教育から仕事のレベルまで、あらゆるところでよいこととして、実践されています。

 それ自体が悪いことではないんですが、結局、ストレスとか葛藤というのは、その目標、ゴールと「今ここの自分」の差によって生まれます。目標が高ければ高いほど、「今の自分」からの距離が遠くなり、努力によって埋めなければいけない差も大きいですから、そこに苦しみが生まれます。さらに、今の自分は、ゴールから遠いところにいるわけですから、自己評価も低くなり、常に「自分はまだまだだめだ」という意識が生まれます。
 僕自身も、そういう生き方が良いと思っていたし、それを達成できないのは、自分が弱いからだと思っていました。

 うつや不安障害になる人は、基本的にこういう思考になりやすいと思います。
 その結果として、病気になっているわけですから、同じ方向性で問題を解こうとしても、より問題が大きくなること、複雑かすることはあっても、解決することは期待できないように思います。

 あることモードとは、「今、ここ」の自分を、そのままとして、見つめてあげることです。一度、自分自身の評価や、なりたい自分というのを横において、「ありのままの自分」をみてあげることです。この時、以前のブログにも書いたように、「自分を否定したり評価してしまう自分も、否定しない」ということが大切です。「今は自分はこのレベルなんだ、それが精いっぱいなんだ」と認めて、では、その中でできることはなんだろうと考えると、「淡々と課題を実行していく」ことになるわけです。
 そうすると、何にも変わらないように感じてしまいますが、「今、ここ」の自分を丁寧に洞察していくことで、今まで気が付かなかった自分のいろんな特徴が見えていきます。
 今まで「することモード」で、目標を目指すという生き方では、無駄と思われていたり、評価されなかったこと自分の特徴に、気づくことができるようになってきます。それは、考えることでわかるものではなく、ただただ実践を続けていくうちに、ふっと向こうから語り掛けてくるように、ある時、突然気が付けるものです。

 その方向性が大切なんですね。

  SIMTでは、意志作用を機能的に働かせられるようにトレーニングすることで、うつ病や不安障害からの改善を目指します。
 この時、意志作用のトレーニングというと、ついつい「強い意志をもって、断固として実践を続ける」「何事にも負けないように、意志を鍛える」と勘違いしてしまいますが、そうではありません。
 意志の力を、「今ここにないものを目指し、そちらに自分を合わせる」という方向に使うのではなく、常に「今、ここ」にあるものをただ観察、洞察するという方向へ働かせてあげます。
 感情が動いても、「あ、今、どんな風に動いたかな」「どの程度、動いたかな」、体調が悪くても「それをどこでどんな風に感じているかな」という風に。

 ただ、もし、体調の波が来たり、発作が出たりで、「今、ここ」の観察がつらいときがありますよね。
 そんな時は、どうするか。
 この時に、「なんでこうなってしまったんだろう」とか思考をめぐらすと、かならず体調は悪化してしまいます。
 その時は、観察が難しければ、「今、ここ」の呼吸や身体感覚、目に見えるもの、傾注観察などの方向に意志作用を働かせ、波が去るのを待ってあげるのが良いです。セッション1、2くらいで学ぶ、基本的なスキルをうまく使うわけです。

 観察するときのポイントは、常にHOW(どのように)とかWHAT(何が)、WHERE(どこで)とかの視点が大切です。
 WHY(どうして、なぜ)というのは、理由を考えるために思考のどつぼにはまっていくので、おすすめできません。
 HOWとWHYは似ているのでややこしいですが、あくまで視点は「今、どのように作用しているのか」を見ていくのが大切だと思います。WHYを用いて過去の理由を深く探ってもあまりいいことはないように思います。

 意志作用を、どのように使っていくか。これが、葛藤や苦しみを低減させるために、結構大切だと思うんですよね。
 今日は、簡単にそこを解説してみました。

 あることモードとすることモードの違いや、マインドフルネスではなぜあることモードが大切なのかということについては、背景にある仏教的な哲学を掘り下げていくと、よくわかるのですが、それは少し難しい話になるので、次回にしたいと思います。

 では、今日はこの辺で。またちょくちょく更新していきたいと思うので、ぜひお時間のある時にお立ち寄りください。
 ではでは。
  
 


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No title

お久しぶりです!!

こんにちは!

異動の季節でおちこむことがあり、読み返してしみじみ納得しました。
セッション終えてしばらく経つのですが、毎日習慣にはなっていても、この記事にあるように目標と現状の間を埋めるような上向きの感覚にしいつの間にかギアチェンジしていてはたと気づかされました。

このありのままって感覚的にどうしても、はて、これでいいものか?と不安になるんですよね。だから症状が出るんですが。。

世に言う努力家で真面目というところなんでしょうね。

でも、毎月過去のブログをチェックして新しい記事を見ると、同じく精進?!(仏教ぽいですが、頑張ると言うのもなんかあれで。)されているかたがいるんだなあと思うと勇気付けられます。
一昔前の遠いところにあるペンフレンド的な笑
マインドフル的なブログって少ないんですよね。

たまにですが、一緒にセッションでてた方達も顔しか知らないですが、あの人たちどうしたかなあなんてちょっと思うところもありました。

あのセッションは皆必死で変な馴れ合いが全くない笑のがいいのでその点は気が楽ですが、佐藤先生の

いまつらいんだよなあ
つらいんだなあ


という言い回しがどうしても好きで、日常生活で本当に怒りでムカムカすると、佐藤先生の声まで真似て、ひとつ距離を置きつつ自分を客観視しながらストレスホルモンをださないようにしています。
(変に真似ると山下清画伯みたいになってしまうので、自分でガチオコしてたのに、ふと、あれ?なんか違わないか?と吹き出しそうになり、多分はたから見ると怪しい人になりそうなのですが。。)

でも去年の自分の日記を見ているといま時点ではよくわからなかったのですが、仕事がかなり忙しいはずで相当なストレスなのですけど、今年はかなり安定している日が多いのでびっくりしています。

ストレスホルモンてすごい影響力ですね。。

日々大切に過ごします。


また、禅的なお話も面白そうなのでお聞かせください。
太田先生のもう一冊のもっと深入りした、青い表紙のマインドフルネス入門というご本、入門なのにこの時点で全くわかりません笑。。

あの本は難しすぎて佐藤先生はわからなくても問題ないですよとおっしゃっていましたが、かなり深いところまで入ってて興味があります。西田哲学も読みましたが三ページくらいで進めませんでした。。


ではまた記事を楽しみにしています。

ありがとうございました!

Re: No title

らいおんどんさん、コメントありがとうございます。

おっしゃる通りで、気づくと「もっとこうしたい」「こうなれ」と今の自分を意志の力で動かしたくなってしまいますよね。
「こうしたい」という気持ち自体はとっても大切なもので、向上心やモチベーションそのものなので、それが問題なわけではないですが、そうやって「もっともっと」というのは人間の持っている本性なのかなとも思います。
だからこそ、何もしなくても自然と出てくるものだからこそ、意志の力は「今、ここ」を見つめ、「今、ここ」でできることを選択していく方向に使うのが大切なのでしょう。

セッションも含め、同じような症状を抱えた方たちが、同じような苦しみを持っていたり、回復していく姿はとても励まされますよね。このブログがそういう場になっているのは、僕としてはうれしい限りです。
佐藤先生の言い回しを使って、冷静に自分のことを洞察できている姿は素晴らしいと思います。そうやって自分なりの修羅場を乗り越える方法を積み重ねながら洞察をしていくことが大切ですよね。そういう積み重ねが気づきにつながり、不思議とそういった積み重ねが続いていくと、ストレスの少ない日々を過ごせるようになっていることに気が付きます。

青い本は、最初の方のマインドフルネスの外観や導入はとてもわかりやすいのですが、第3章だったかな?西田哲学のあたりに入ってくると途端に難しくなりますよね。佐藤先生のおっしゃる通り、今はその部分は理解できなくてもまったく問題ないと思います。
 そもそもマインドフルネスを身に着けていくのに、知識はなくてもかまわないもので(もちろんあってもいいんですが)、実践と体験が非常に重要になんだと思います。
 西田哲学も、その文章だけを読むとまったく意味がわからないですが、自分が実践を重ね、自分の中に体験の蓄積ができてくると、大田先生の講義を聞いたときに、「この文章は、僕のあの体験で感じたことを言っているのかな?」と自分の体験を通して、なんとなく意味がつかめるところが出てきます。僕も西田先生の本を直接あたったものではなく、大田先生の翻訳付きで講義を受けたときのことしかわかりませんが、「体験、経験」があるからこそ、理解が生まれるのだと思います。

 らいおんどんさんは、文章を読ませていただく限り、大変熱心に洞察に取り組んで、上手に感じていらっしゃると思うので、それを続けていれば、きっと理解はあとからついてくるのじゃないかと思いますよ。多少、僕のそうあってほしいという僕の希望も含まれていますが(笑)。

またお時間のあるときにいつでも遊びにきてください。ではでは。


振出しに戻る(また)

Ko7さんこんにちは。
毎回、毎回、30分間の洞察では、私の心は全く留守のまま。さらに留守だったと気づくのは、タイマーが鳴った時のみ。
何年も洞察をしてきているのにも関わらず、ただの一度も満足な洞察ができたことがありません。
そんなことをしながら自分を評価せずに続けてこられたのはKO7さんのブログのおかげだったんです。 細々とでも続けていこうと思ってました。
なのに、、数日前、「 いくら評価しないといっても、このお粗末な洞察タイムはあまりにも時間の無駄すぎる!」と 自分に腹が立ち、(私もしつこいですよね)しばらく座るのはやめようかと考えてしまいました。
でも、5分だったらできるのかな、ととりあえず5分設定し、やっています。 5分しかできないことも、結局、自分って情けない、と評価に陥ることになっていますが。そんなこんなで、ちょっとつらい毎日になってきてしまっています。
こういうとき、やはり、戻ってくるのは、このブログです。 

Re: 振出しに戻る(また)

 みどれんじゃーさん、いつもコメントありがとうございます。
 みどレンジャーさんのコメントを読ませていただいて感じたことを書いてみますね。きっとみどれんじゃーさん自身、すでに分かっていることかと思いますが、コメントからわかる範囲で僕からできるアドバイス、というと偉そうですが、どうしたら洞察ができるかということについての考えをあえて書かせていただこうかと思います。

 まず、瞑想を30分も毎日のようにやっているという時点で、SIMTを実践しているだけのエネルギーというか、瞑想をしていくための力は十分にもってらっしゃると思います。あとは、それをどう使うか、どのような方向性に使うかということだけではないでしょうか。
 例えば、『 毎回、毎回、30分間の洞察では、私の心は全く留守のまま。さらに留守だったと気づくのは、タイマーが鳴った時のみ。何年も洞察をしてきているのにも関わらず、ただの一度も満足な洞察ができたことがありません。』とありましたが、もちろん、コメントの上でこうおっしゃってるだけで、本当にそう感じているわけではないかもしれませんが、この通りだとすると、まず、『毎回、毎回』ということですが、たとえ30分間の瞑想がすっきりいかなかったとしても、その都度、30分間のに起こっていることは違うはずですよね。30分間気が付かなかったとしても、最初は洞察をしようとして座り始めているわけです。その瞬間から、思考などに流れていってしまっていった時間は毎回同じでしょうか。また、30分間考えていたとしても、そのめぐっている思考の内容は、その都度違うはずです。30分が立った後に、「今日は、満足がいかなかったから無駄だった」とその日の瞑想を切り捨ててしまうと、その時に初めて本当にその30分が無駄になってしまいます。例え30分という時間が気づきなく過ぎてしまったとしても、終わった瞬間に、その30分はどのような30分だったかを一瞬、振り返ってみることで、「今、こういうストレス下にあるとやはりそのことが頭を回るなあ」とかの気づきがあるかもしれませんし、例えそのような気づきがなかったとしても、「今日は、こういった内容のことが頭を回っていた」とチェックするだけでも洞察になりますし、その時の身体の状態はどうであったかという事もチェックしておくと、次回の瞑想時の参考になると思います。
 またみどれんじゃーさんの考える『満足な瞑想』というのはどういったものでしょうか。これは誰しもが無意識にもってしまうことですが、これをあえて言語化してみることで、自分の中に思わぬ前提、洞察をする上でのハードルを作ってしまっている可能性があります。満足するかしないかは、自分の価値観によるところが大きく、本来マインドフルネスの成功・不成功にはまったく関係はありません。チェックしていれば問題ないのです。ここにも洞察がうまくいかないと感じてしまう原因が隠されているかもしれません。

 そして、SIMTの洞察においては、「見る局面」も大切ですが、それ以上に「判断し、行動する局面」も非常に大切だということです。これは、僕自身、ついつい「見る局面」を重視してしまい、「自分がそうなっていることに気が付いてさえいればそれでいいのだ」と、そうすれば自然と良いほうに変わっていくと思っていたのですが、このことを大田先生と話をした時に、「見る局面は大切だが、それだけではSIMTではない。判断し、行動する局面がSIMTの特徴であり、そうすることが大切である」と注意を受けました。それを聞いてから自分なりに考えてみると、確かにその通りだと感じました。というのは、ひとつは僕が「気づいてさえいればそれでいい」という時に、見る局面を、評価ではなく、ありのままに見るという方向に働かせるという見る方向性を意志的に調整する点で、これは意志的行動であるなと思って点と、確かに、見る局面で、たとえ自分の状況に気が付いていても、やはりそこで得られた知見を参考にして、できるだけ本音や独善を排して判断し、次なる行動につなげていかないと、やはり変化はおとずれない、という点を感じたからです。
 この「判断し、行動する局面が大切」という点については、自分にとって大きな学びであったので、近いうちにまたブログにまとめてみたいと思います。

 そういった点で、『5分だったらできるのかな、ととりあえず5分設定し、やっています。』というのは、すばらしい変化だと思います。上記で書いたように、たとえ30分気づきがなかったとしても、その特徴をしっかりと洞察し、それが何度か続くと、かならずいくつかの気づきというか仮定を得ることができると思います。そうしたら、その洞察・見る局面で得られた情報を基に、判断し、行動をすることが大切です。この時、この判断・行動にはできるだけ独善的な評価や本音を働かせずに、衝動的な行動に結び付けないことが大切です。
 具体的に書いてみると、例えば、30分の瞑想をしても、どうも洞察の頻度が少なくすぐに思考に流れてしまうようなら、30分という時間が長すぎるのかもしれないという仮定がなりたちます。その時は、今回、みどれんじゃーさんんがやったように、3分とか5分とかの刻みでタイマーをかけ、瞑想を複数回やってみるというのも一つの方法です。3分に集中してやってみることで(これも決して簡単なことではないと思いますが)、初めてどれくらいで思考に流れていくかがわかりますし、3分後にタイマーが鳴れば、一度はそこで、「あ、今思考に入ってた」とか洞察を入れることができます。それを5回繰り返してやれば、瞑想時間としては15分ですが、洞察が入らずに30分やるより、洞察の頻度としては多くなるはずです。経験的には、無理に長い時間瞑想をやるより、1回1回の瞑想や洞察をできるだけ丁寧にやることを繰り返していったほうが、より効果的な印象があります。

 ちなみに、3分やったとき、「あ、3分でも集中できないなんてダメだ」というのは、独善的な評価で、「だからもうやめたい」というのは衝動的欲求、「やめよう」とやめてしまうのは、衝動的行動です。
 「今の3分は、始めてから00秒くらいで思考に走ったな」というのは洞察で、「いつも20秒くらいで身体感覚から思考に移行してしまうな」というのは、洞察を基にして、できるだけ独善を排した判断になり、「では、身体感覚ではなく、視覚の注意作用から瞑想をはじめてみよう」というのは、意志的行動になります。
 また、たとえ「今日は、瞑想をやめて寝よう」というのも、それが「やっても無駄だから」としてそうするなら衝動的行動ですが、「今日は、身体がこれくらい疲れていると、集中が数秒も続かない」と洞察し、「まずは身体の疲れをとるのが優先だ」と判断して、「今日は瞑想をやめて寝てみよう」とするなら意志的行動であり、その結果、次に瞑想をした時にどのように感じ方が違うか洞察することで、非常に多くの貴重な情報を得ることができると思います。
 すっかりだらだらと書いてしまいましたが、いただいたコメントから僕が考えてみたことを書いてみました。みどれんじゃーさんはすでに経験も十分にもってらっしゃってますし、力は十分にあるんだと思います。すでに分かっているようなことであれば聞き流してくださいね。
 また意志的判断、意志的行動については、ブログでまとめてみたいと思いますので、ぜひまた読んでみてください。
 ではでは、これからもみどれんじゃーさんのマインドフルネスがますます磨かれていくことをお祈りしています。
 

No title

「見る局面を、評価ではなく、ありのままに見る」
そうでした。忘れていました。
本当に、KOさんがいろんな言葉をかえ、例にだして
触れてくださっていて、そのときには深く理解し、よーし!なんて
思うのに、時間がたって、いつのまにか
前の自分にもどってしまってました。
毎回同じ30分では確かにないです。思考にとらわれてしまった
だけと言うなら同じですが、パターンとしては、確かに。
「どんな30分だったかを振り返る」ことも
間違った意味で振り返っていました。
「思考にとらわれた自分」というふうに
ひとくくりに片づけていました。
そして、「評価しない!」ということにあまりにもとらわれすぎて
「あーやっぱり自分はダメだ」→「あ、評価してはいけない!」と
無理やり打ち消し、そのとき出てきた「ダメだ自分って、、」の
気持ちを「なかったこと」にすり替えてきていました。
これは、KO7さんのメッセージを読んできづいたことです。
自分のことなのに不思議です。 
いつも、いつも温かくて心のこもったメッセージを
どうもありがとうございます。また
報告させていただきます。

Re: No title

 みどれんじゃーさん、お返事ありがとうございます。
 
> 毎回同じ30分では確かにないです。思考にとらわれてしまった
> だけと言うなら同じですが、パターンとしては、確かに。
> 「どんな30分だったかを振り返る」ことも
> 間違った意味で振り返っていました。

 こういったことにすぐに気づけるのは、みどれんじゃーさんの感性が
やはりすばらしいからだと思います。
 あとは使い方次第。ほんの少しのコツのつかみ方だと思いますので、
無理せず、実践を重ねていってください。またいつでも訪問してくださいねー。
ではでは。
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プロフィール

Ko7

Author:Ko7

訪問ありがとうございます。
 

鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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