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自己洞察瞑想療法の講習会なども始めました! → マインドフルネス@つくば

少欲知足(小欲知足) (本音はあっても別にいいのだ!)

先日、さる講習会にてご一緒した方にこの言葉を伺いました。
仏教の言葉だそうです。
 恥ずかしながら、これまで知らなかったのですが、この言葉のことを話ていて学ぶところがあったので共有させてもらいたいと思います。

 ただ、ここで書くのは、SIMTの実践をしている中で、この言葉を僕が聞いたときに感じたことであり、もともとの仏教の中での意味とは違うかもしれません。もし勘違いであればご容赦ください。あくまで、SIMTの中での学びの一つとして書かせてもらえたらと思います。

 言葉で言えば、「欲を少なく、そして足るを知る」ということです。
 どうやら、お釈迦様が死に際して残された言葉の中の一つのようですね。ネットをみるといろいろな解釈をされているようですが、僕が、今回の言葉で自分なりに学び出会った部分は、「欲は少なく」という部分です。
 お釈迦様でも、けっして「欲=悪」とは言っていなかったのですね。
 ついつい、僕らは欲に振り回され、この「欲」そのものがいけないんだ、こんな「欲」を持ってしまう自分は悪い人間なんだ!と思ってしまいがちです。
 でも、あのお釈迦様ですら、「欲は消せるものではない、欲がすぐに悪いものとなるのではない」ということをおっしゃっていたなら、すごく励まされるなーと思ったんです。

 マインドフルネスを実践、僕の場合は自己洞察瞑想法を実践していくと、自分のいろいろなことが見えてきます。
 いいことだけではありません。多くが、自分の「嫌な」ところが見えてきます。
 最初は、それが苦しいのですが、マインドフルネスのスキルが上がってきて、そういった自分の中の「嫌だ」と思う部分を、「そのまま」にすることができるようになると、つまり受容できるようになると、すごく生きていくのが楽になってきます。

 こうかくと、自分をどこまでも肯定して、好き放題やるようなダメ人間になってしまうように感じるのですが、そういうわけではありません。

 最初は、SIMTでいういわゆる「本音」という部分が自分の中に見えてくると、瞬間的にそんな自分自身に対して「評価」をしてしまい、気分が落ち込んだり、感情が沸き上がってきたりしてしまいます。
 でも、よくよく自分の中で生じることを、ただただ、チェックしていく、観察・洞察していくと、何かの言葉や外界からの刺激に反応して、自分の中に生じてしまう「本音」と、そこに生じる「評価」、「感情」、そして、その結果としての「行動」は、決して一つのものではないとわかってくるからです。
 まだ、SIMTの実践をしていないうちは、この「本音」にも気づいておらず、何かをみたり聞いたりするような外界からの刺激に対して、無意識に「評価」「感情」そして、「行動」までが一セットになって行われているわけです。特にこの「行動」というのが、「衝動的、破滅的行動」であった場合には、結果は、ネガティブなものになります。そして、さらに落ち込み、後で振り返り、後悔するということがあるわけです。
 SIMTを実践していくと、徐々に、この「本音」に気づけるようになってきます。でも、気づいたからといって、その「本音」を変えられるわけではなく、そのあと瞬時に起こってくる「評価」「感情」も生じてしまいます。でも、その結果、自分がどういう「行動」をとるかも観察でき、場合によっては、この「行動」を「衝動的行動」ではなく、「選択的行動」「意志的行動」に変えていける場合もあります。

 でも、「評価」「感情」は止められないので、この時点ではまだ、結構つらいんですね。苦しいです。
 
 SIMTでは、自分の中の「本音」を観察するのは、セッション6なのですが、この「本音」って、本来は自分の中で見たくない部分でもあったりするので、それを観察する、気づくことって、結構、つらかったりもします。

 でも、上記のように、その「本音」から起こる、一連のことを丹念に、チェックして捨てるということを繰り返していくと、徐々に気が付いてくるんです。

 この「本音」そのものは、そこまで悪いものじゃないんじゃないかということに。

 「本音」そのものが、悪いんじゃなくて、その結果として、「衝動的行動」につながってしまうと、いわゆる「残念な結果」に結びついてしまうだけで、「本音」そのものは、それに気が付いてあげれていれば、それ自体が悪いものなわけではないんですよね。

 確かに、「本音」が意識されると、それに伴う「評価」や「感情」といったものも起こりやすいのですが、「本音」自体がすぐに悪いものではないし、簡単に変えられるものならいいですが、「別に無理して変える必要なないんだ!」と気づけると、その「本音」自体を評価することも少なくなってくるんです。そして、その結果、「感情」を騒がせることも少なくなってきます。

 つまり、自分にはこんな悪い本音がある!と思って、その「本音」を変えようとか、無くそうと思っているうちは、全然うまくいかなくて、どんどん苦しくなっていってしまいます。ところが、「本音」はあっても、いいんだよ、無理に変えなくてもいいんだよ、という風にして、それがあることで、どんなふうに自分に働いているかを、丹念にチェックを繰り返していくと、自然と、「本音」に対する「評価」や「感情」が起こることが少なくなり、すごく楽になってくるんです。
 そうして、観察していくと、自分が「本音」と思っていたものに、さらに深い「本音」があったなんてことがわかってきます。

 たとえでいうと、「食欲」なんかがわかりやすいです。
 どうしても、甘いものをたくさん食べてしまう、満腹になるまで食べてしまう、ということってありますよね。
 それで、ダイエットをするぞ!と、無理にその食欲を我慢しよう、押さえつけようとすると、ストレスが爆発して、暴飲暴食をしてしまうなんてことがよくあります。

 この「食欲」自体を悪者としても、これ自体は絶対なくせません。人間である以上、身体は食べ物を必要としています。世の中には、不食といって、食べなくても生きていける人もいるようですが、多くの人にって食べることはやめられません。

 でも、ここで、「食べたい自分」「もっとほしい自分」を、もっとよく、観察していきます。食べるということを、マインドフルネスに実行していくようにします。

 そうすると、いろいろいなことに気が付き始めます。
 自分は、「もっと食べなくちゃ、我慢できない!」と思っていたけど、じっくり意識を集中して食べると、身体はそんなに量をたべなくても、満足するんだなとか、おなかが一杯の時でも、テレビでおいしそうな食べ物がでてくると、急に食べたいような気がしてくるな、これは、おなかがすいているのではなくて、目で見た刺激で脳が反応しているだけだな、とか。
 そういった刺激で反応した食欲は、どんな風に増大して、どんな風に消えていくのかとか。
 実は、おなかがすいたから食べていると思っていたけど、そこには、「今たべなくちゃ、損するかも」とか「もったいない」という「本音」が働いて、無理に食べている自分がいるなとか。

 そういったことが分かってくると、「じゃあ、そんな時は、どういう風に対応すればいいのか、行動すればいいのか」というったことが少しづつ見えていきます。
 そこで、いろいろと試してみると、徐々に、「我慢できないから、食べる!」といった衝動的な行動ではなく、「これくらいは、食べてみよう」とか、「こういう時は、食べなくても我慢できるぞ」とか、「こういう食べ物なら、比較的少量で満足する」とか、「ほかにこういう行動をすれば、不思議と落ち着いてくる」とか、自分の特徴が見えて、自分なりの対策がわかってきます。
 さらには、自分は「空腹」に伴う「食べたい」というものかと思っていたけど、「食べる」ということを通して、自分自身に「充足感を得たい」という「本音」がさらに深くにあったなんてことに気が付くかもしれませんね。

 そうすると、「食べたい」「もっとほしい」という欲や、「もったいない、今食べなくちゃ」といった、「欲」や「本音」自体は、悪いものではなくなって、衝動的な行動をとらなくても済んでくるんですね。

 この時、「食べたい」という欲もありますし、その時に瞬時に出てくる「不満足感」「ちょっといらいらとした感情」などは、確かにあります。でも、それを満足させるだけの、量や、それと付き合う方法が見えてくるんですね。

 これって、冒頭にお話しした、「小欲知足」そのものですよね。
 「欲」の存在を、認め、よく知ることで、それを最小限にして、「足る」という状態がわかるということです。
 決して、無くせるわけではありませんが、この「欲」に振り回されることはなくなります。

 マインドフルネスでは、この「本音」の部分、自分の中の「負」だと思ってしまう感情や欲求なども、すぐに「悪」として扱わず、ただ、それをよく見ていく、観察していくということがすごく大切だと思うんです。
 決して、無くす必要などないんだよということですね。

 ここを実感として、理解できると、SIMTの実践、マインドフルネスの実践がとても楽になってきます。そして実践することが、楽しくなってきます。
 ここの実感を得るまでは、思い通りに洞察できない自分に、苦しい思いをするかもしれません。

 結構、この点が、SIMTやマインドフルネスを続けられるかどうかの境目があるように思うのです。
 がんばろう、治そう、良くしよう!としている人ほど、つらくなってしまうかもしれません。

 慌てなくてもいいです。ゆっくり実践していきましょう。無理せず、今の自分を観察し、チェックをいれることを、ただただ繰り返していくことです。そうすれば、だれでも、今書いたような実感を理解できるようになると思います。

 今日は、仏教の言葉をきっかけに、「本音」について書いてみました。そこから、SIMTの実践を継続していくためのコツを書いてみたつもりです。

 長文、読んでいただいてありがとうございました。少しでも参考になるところがあったらさいわいです。
 ではでは、今日はこの辺で。

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No title

前回の記事と今回の記事、参考になります。ありがとうございます!

Re: No title

そういっていただけると書いている僕としてもうれしいです。ありがとうございます。
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鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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