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自己洞察瞑想療法の講習会なども始めました! → マインドフルネス@つくば

気づきのすごさ

 当初、ブログは、自分が、マインドフルネスを始めて、講習会を進めていくにしたがっての経過を主に書こうと思っていましたが、すでに過ぎ去った事実を改めて書き直すのは、なかなかエネルギーのいる作業だと言うことがよくわかった。今後も、折を見て、講習会での経過を記憶と記録を頼りに書いていこうと思うが、「かかなきゃ」という気持ちだけがあって、悶々としているのも良くないし、それで、ブログに向かうのが苦になってしまっては、元も子もない。日々、瞑想やマインドフルネスについての気づきがあるのに、「今ここ」のその気づきをほっておいては、マインドフルネス的にも違うのではないかと、勝手に自己解釈して、日々の気づきも、フレッシュな状態で書いていって、自分なりの記録として、また以前の事を書きたくなったときに、過去の体験について書いていこうと思う。
 そんなわけで、読んでくださる方がいたら、時系列では話が前後しますので、講習会についての記録を読みたい方は、タグ「マインドフルネス」をクリックして見てください。

 さて、今日は、「気づきのすごさ」について、最近、感じた事を。

 マインドフルネスは、徹底受容であり、「そのまま」にすることであり、決して、無理に何かを変えようとしない事である。
うつの治療としてマインドフルネスをやると、「それでは治らないではないか」という批判も聞こえて来そうだが、それでも、マインドフルネスで良くなってしまうのである。それはどういうことか。
 マインドフルネスにおいて、もたらされる変化とは、決して「変えよう」という変化ではない。自分の目標を設定したり、理想像を作り出して、それに向かって「変わろう」とするものではない(のだと思う)。
 でも、マインドフルネスをしていると、「変わってしまう」のだ。それは、「変えよう」というより、「変わらざるを得ない」、もしくは、「変わってしまった」という風に言えるかもしれない。
 どいうことかというと、マインドフルネスでは、徹底して観察を続けていく。自分自身の感覚、思考、感情など、自分の中で起こる、また外界との相互作用で起こる全ての現象や反応を徹底して観察していく。そうして、観察の精度が上がっていくと、様々な事に気づく。この「気づき」がとても大切なのだ。たとえば、あるとき、妻とのやりとりで、怒りの感情が沸いた事に、気づく。そのときは、感情に気がついただけだが、日々の生活の中で、何度か繰り返されると、妻のある一言に、自分の感情が反応している事に気づく。さらに、日々を観察していると、別の人に対しても、同じような一言に、怒りの反応をしている事に気づく。そうすると、その一言に意味があるのではなく、その一言に反応している自分の中に、無意識に作られていた「判断基準や前提」といった者に気づく。その「判断基準や前提」が、必ずしも皆に適応できるものではなく、自分が経験から勝手に思い込んでいるだけなのかもという事に気づく。すると、次に同じような場面で、自分の中に怒りがわいたときに、早い段階で、この「判断基準や前提」が働いている事に気づける。

この一連の「気づき」において、決して、その都度、「変化させよう」とはしていない。とにかく、徹底して、ただただ観察し続けていく。

 そうすると、次に同じような反応が自分に起こったときに、「怒り」はあっても、その「怒り」が生じる理由としての、「判断基準」には、すでに気づいており、「怒り」と同時に、その結果としての反応に、新たな選択肢が生まれるのだ。というのは、こういう理由で自分は怒りを感じている、だからこの「怒り」にまかせて、相手にぶつけたり、わめいてみたりしてもよい(今までの反応)、でも、自分にはこういう「判断基準」を持っているから感じるけど、他の人は感じないのかもしれない。なので、自分の気持ちを冷静に相手に伝えてみてもいいかもしれない、というふうに。その瞬間に、こんなにじっくり考える時間はなくとも、少なくとも、「怒り」が生じた瞬間に、自動的にその「怒り」を表出していた自分と、その背景まで理解している自分とでは、すでに違いが生じているのだ。

 (このとき、「怒り」自体を悪いことだと否定したり、過去の経験から怒りの原因となる「判断基準や前提」が自分の中にあることも否定したりしないのが、ポイント。怒りの出現自体は、止めることのできないもので、自分の成長過程では、その「判断基準や前提」備わるのも当然であり、そんな自分も理解して、受け入れてあげることがマインドフルネス的)。

 「判断基準や前提」が無意識の中にとどまり、自動的に反応している間は、少なくともその反応に自由はない。だが、そこを観察し、「気づき」が生まれると、選択肢が生まれ、結果、より自由になっていくのだ。

 日々、瞑想を重ね、実生活の中にマインドフルネスを取り入れていくと、こういった「気づき」が日々生まれてくる。そうすることで、どんどん、自分の無意識の中にある「判断基準や前提」の呪縛に「気づく」ことができ、結果として、より自由な判断、自由な生き方ができるようになってくる。

 することは、とにかく「観察」を続け、「気づく」だけでいいのだ。

 もう一つ、「気づく」ことで「変化してしまう」ということの例を挙げたい。
 人は、「気づき」が起こった瞬間に、もう変化してしまい、「気づき」の前には戻ることはできない。
 それは、昨日まで、大変仲が良く信頼に足ると想っていた夫に対して、ある日、浮気の証拠に気がついてしまったら、もう、その夫の事を今までと同じようにはみれないだろう。浮気はだいぶ前から始まっていたとする。昨日、自分が接していた夫も、今日の夫も、実際の状況的にはまったくかわりないとしても、自分の中で、浮気の事実に「気がついてしまった」瞬間に、自分の中の夫は変容してしまい、もう、それはもとには戻らないのだ。新たな「気づき」で、さらに変化していく事はあっても、「気づき」の前にはもどれないのだ。
 
  他にもいい例があったら書こう。

  「気づき」おそるべし。
  マインドフルネスのすごさは、ここにあるのだと思う。これからも日々、「気づき」を深めていきたい。


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プロフィール

Ko7

Author:Ko7

訪問ありがとうございます。
 

鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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