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マインドフルネスと自己洞察瞑想法

 これまで、このブログでは、マインドフルネスと自己洞察瞑想法を、ほぼ同義のように扱ってきていますが、正確には違うものです。



 簡単に言うと、「マインドフルネス」とはある状態を指し、「自己洞察瞑想法」とはマインドフルネスの状態を達成し、習慣づけるための方法の一種です。そのことをもう少し詳しく書いてみようと思います。

マインドフルネスを直訳すると「注意すること、忘れない事(こころに留めておくこと)」といったものが出ています。mindfulとは「注意している、忘れないでいる」といった意味なので、その名詞形ですね。

 また、辞書によっては、「仏教用語のSatiの訳語」と出ているものもあるかもしれません。
 これは、仏教において瞑想の実践における重要な概念のひとつで、「今、ここ」の状態を維持して、つねに中立的な判断で物事を観るといった意味があります。
 このブログで使われているマインドフルネスという言葉の意味は、こちらの意味だと思っていただいていいかと思います。
 「マインドフルネス」を検索すると、「ヴィッパサナー瞑想」という言葉を目にすることが多いかもしれません。
 「ヴィッパサナー瞑想」とは、この「Sati」という状態を達するために、仏教で行われる瞑想法の一種です。いくつかのやり方があるようですが、最も一般的なのは、呼吸に意識を常に向けて、そうすることで、つねに「今、ここ」を意識する心の状態を達成する、習慣づけるというものです。
 「ヴィッパサナー瞑想」は仏教用語ですが、こういった仏教や禅で行われている瞑想の形式を取り出し、一般化したものが「マインドフルネス瞑想法」であり、それは、「マインドフルネス」な状態、「今、ここ」の状態を常に意識することができるようにするトレーニングという意味があります。
 それを心理療法に応用しているのが「マインドフルネス心理療法」であり、アメリカを中心に研究されてきており、最近では日本でもその話をよく聞くようになってきました。

 そこで「自己洞察瞑想法」ですが、これは、大田健次郎先生が、ご自身の経験を基に、坐禅とその理論的考察である西田哲学をベースとして、鬱や不安障害といった精神疾患の治療のために体系を作られたものです。やはり、呼吸法と洞察瞑想を通して、マインドフルネスな状態を達成、習慣化し、鬱や不安障害に特徴的な心理状態を治療することを目的としています。

 
 文字で書くとよくわからないかもしれません。
 「マインドフルネス」な状態、「今、ここ」の状態なんて、普段、だれもが経験しているんじゃないかと思うかもしれませんね。
 確かに、瞬間的には、「今、ここ」の状態は認識しています。「今、エアコンが動いている音が聞こえている。」「今、パソコンの画面が見えている」などなど、今の外界(環境)、内界(心や内部感覚)を確かに認識してはいます。
 しかし、実は、私たち皆、「今、ここ」を生きているつもりでいながら、1日の活動時間のかなり多くを、自分との対話や「今、ここ」ではなし思考の時間に費やしているのです。

 今、これを読みながらでも、「そういえばあれやるの忘れてたな」とか、「自分にはこんなことがあったな」とか考えているかもしれません。たとえ、「考えてない」と思っても、今、読んだことを過去の自分の体験と照合しているときには、もう、目の前の事をそのまま見ているとは言えません。すでに自分の経験というフィルターを通して、目の前の事実を、自分なりの解釈に作り変えてとらえてしまっているのです。
 そう考えると、自分の周りで起こるすべてのことも、自分というフィルターを通して色づけして自分の中に取り込み、そしてその取り込んだものを事実だと思って、様々な連想や連続した現象(嬉しさや悲しみなどの感情が起こったり、身体反応が出るなど)が起こってくるのです。

 例えば、「となりの席で、同僚が、ため息をついた」とすると、その時、それに気が付かなければ何も自分の中には起こりませんが、それの光景を見たり聞いたりするとたん、「なんか元気がないな、何かあったのかな」とか、人によっては、それを見ただけで「この前、自分が仕事でミスったので怒ってるんだ」とか、「自分の事をきらいなんじゃないか」とか考えることがあるかもしれません。そうなると、その日が一日、気分が落ち込んでしまったり、相手に対してよそよそしくなってしまったりするかもしれません。ケースは違うかもしれませんが、こういうことって普段ありませんか?

 ひょっとして同僚が、「ため息をついた」というのも勘違いかもしれません。たまたま長く息を吐き出しただけかもしれません。「同僚が息を長くはいた」というのは事実ですが、そこから様々な事を起こすのは自分の中でのことなのです。
 そして、この過程はそのほとんどが無意識の過程で行われています。それゆえ、そういうことが自分の中で行われているということにすら、気が付いていない人がほとんどだと思います。

  人間は思考する生き物なので、思考自体を完全に停止するのは不可能かもしれません(ひょっとしたら、ブッダやキリストのようにかなり悟った方なら可能な境地なのかもしれませんが、僕ら一般庶民には不可能だと思います)。
 ただ、自分が自己洞察瞑想法を始め、マインドフルネスな状態を少しづつ経験していくにつれて、自分の心や意識の中で、どこまでが客観的事実のことで、どこからが自分の思考なのか、反応なのかということが、少しづつわかってくるような感覚があります。それは、自分が、今している事、意識がとらえていることを、客観的に眺めているような感覚です。
 これはとても不思議な感覚なのですが、それにともない、今まで自分が鬱になっていた理由や原因などがわかり、良くなってきているという実感があります。

 自己洞察瞑想法を学んでいく中で、本当にさまざまな発見がありました。そして今もあります。
 マインドフルネスに至る道は、おそらく終わりがないもので、その達成の仕方、それぞれの個人の中での経験は、本当に個人的なもので、一般化はできないと思います。
 しかし、自分がここで発見したことが、今後、学ぶ方の何かのヒントになればと思い、これからつづっていくつもりです。

 更新の頻度も少ないと思いますが、もし、ご興味がある方は、気長におつきあい下さい。

 

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Ko7

Author:Ko7

訪問ありがとうございます。
 

鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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