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自分の中につくられたポケモンとそこからの解放


 だいぶ久しぶりの更新となってしまいました。

 今日は、たまたま読んだ記事で印象深いものがあり、そのことについて考察してみたいと思います。

 その元記事はこちらです。
 東大生より不登校のほうが人生を始めやすい理由 東大教授・安冨歩

 不登校新聞の中のインタビュー記事です。
 確か、ネットのニュースなどでこちらについてのコメント記事があり、そこからこの記事をしりました。

 要約すると、我々はみんな、本来の自分自身ではなく、親からつくられた「社会に適応できるためのキャラクター」を身に着け、それを自分自身だと思って生きている。だから、その自分で生きていても喜びがなく、葛藤が生まれる。この著者の方は、そんなキャラクターをポケモンと呼び、 本来の自分の生き方は、それらを脱ぎ捨てるところから始まるという話だと思います。

 記事後半は、学校はそういった「適応するための自分」の生き方を肯定し、本来の自分を否定するようなところだから、無理にいく必要はないといった、少し極端な論調になっているのですが、このような「社会に適応できるためのキャラクター」をポケモンと呼んでわかりやすくしている点が面白いなと思いました。

 僕自身も、マインドフルネスを実践に学んでいく過程で、同様なことを考えていました。
 誰しもが自分の中に、ある種周りによってつくられた自分を持っています。この記事で言うところのポケモンですね。
 多くは、まず親によってしつけという形で形成されます。そして、その後、学校教育、住んでいる社会や文化、メディア、などによってそのポケモンは改良、強化されていきます。

 しかし、誰しもに自意識というのが芽生えてくると、このポケモンとは違う、自分の内なる欲求や衝動と向き合うことになります。そこで、葛藤が生じ、どこかで、このポケモンという名の殻を破って、本来の自分自身というものと向きあっていかなければなりません。

 しかしながら、「社会的には、このポケモンの方が正しいんだ!」と本来の自分の中にある衝動や欲求を押し殺してしまうと、様々な葛藤をかかえながら生きることになります。

 パターンとしては、
 ① ポケモンと本来の自分が葛藤し、社会生活ができなくなる。→うつやひきこもり、不登校などはこのケースだと思います。
 ② 本来の自分を押し殺し、ポケモンとして生きていく→社会的には生きていけますが、本当の喜びや幸せを感じにくくなる。
 ③ ポケモンを解放し、本来の自分として生きていく→社会とは衝突することもあるが、実感をもって生きていける。
 ④ ポケモンのことを認めた上で、本来の自分として生きていく→社会と適応しながらも、自分の幸せをかなえていける。
 といった生き方のパターンがあると思います。

 ここで、僕は、このポケモンをまず開放するのに、マインドフルネスがすごく役に立つと思うのです。
 マインドフルネスが、なぜ、自分の幸せにつながっていくかというところで、いつも説明が難しいのですが、このポケモンの記事を読んで、この文脈で説明をするとわかりやすいのではないかと思いました。
 
 というのは、まず、この記事で著者の方が語っているように、本来の自分というのは、探しに行っても見つからないものなのです。なぜなら自分自身とは、まさに自分自身だから、外に探しにいったら、その時点でそれは、また違うポケモンを探しにいく結果になるだけなんです。今あるポケモンを強化したり、今のポケモンと取り換えて新しいポケモンを捕まえてきたところで、それは自分ではありません。だから、それを続けても上記の生き方の①、②を行ったきたりするだけなのですね。

 本来の自分は、素のままで自分のはずなんですね。そのためには、外に求めて、新しいものを加えていってもダメなんです。
むしろ、今ある余計なものを一つ一つ取り除いていった結果、最後に残っていくのが本来の自分という事なんです。

 だから、その点において、ただ自分の中に生じるものを、そのままにして捨てていくというマインドフルネスは、この自分探しにおいて、すごく役に立つというか、そこにたどり着ける方法だと僕は思うのです。

 次に、この自分の中のポケモンをただ捨てようとするだけでは、本当に幸せにはなれないように思います。上記③の生き方ですね。なぜなら、それを捨てようとすると、家族も含め、社会の様々な場面で、衝突や葛藤が生じ、自分らしい生き方をできて自分の内では幸せを感じられるかもしれませんが、それを貫くために、外の世界との間で様々な葛藤が生じてしまう可能性があります。

 そもそも、ポケモンは決して悪いものというわけではないんですね。
 親や教育の中で、現実の世界を生きていくために、親や社会が授けてくれたアイテムというか、モンスターなわけです。
 そもそも、それらと仲良くし、うまく付き合って、一緒に世界を冒険していければ、ポケモンも自分も一緒に成長してけるはずなんですね。まさにアニメやゲームの世界と一緒です。
 
 それを、このポケモンが自分自身だと誤解して、ポケモンとして生きようとしてしまうと、様々な葛藤や問題が生じてしまうわけです。
 
 僕らは、社会を形成し、この世界で生きていくためには、様々なルールや人たちと付き合っていかなくてはいけません。そのために、ポケモンはとても役に立つ相棒のはずなのです。

 我々は、誰しもがポケモンを持っています。
 それが、その人が今いる環境や状況に適しているものであれば、その人は、ポケモンとして生きていても、あまり苦を感じないはずです。むしろその方が幸せを感じるときもあるかもしれません。
 しかし、環境や状況は常に変化していきます。だから、たとえどのようなポケモンを持っていても、そのポケモンのみに頼って生きていては、いつか壁にぶつかるときがきます。その時に、そのポケモンを持っている、捜査している自分自身が問われてくるわけです。

 そこで大切なのは、自分が持っているポケモンがどのような特徴があるのか、そして、そのポケモンを取り除いてみたときに、本来の自分というのは、どういう特徴があるのかということをよく知る必要があります。

  それを知っていく作業が、マインドフルネスであり、自己洞察瞑想療法でやっていく作業のように思います。
 
  もし、これを読んでくださった方が、自分は、ポケモンと本来の自分の間を行ったり来たりして苦しさを感じているなら、きっと、マインドフルネスを学ぶことは役に立つと思います。

 そして、自己洞察瞑想法(SIMT)は、そのようなマインドフルネスを一つ一つステップで身に着けていくための良い手法になるのではないかと思うのです。

 そうやって、自分の中のポケモンと自分自身を知ることができたら、互いに助け合い、この世の中ですばらしい冒険を繰り広げていくことができるのではないでしょうか。

 今日は、自分の中のつくられた自分をポケモンと名付けている記事を通じて、僕がマインドフルネスが本来の自分を見つけていく過程をちょっと書いてみました。
 
 ですが、おまけに一言かくと、そのような形で、マインドフルネスで自分自身を見つめていくと、本来の自分自身と呼べるような確固たるものは、そもそも存在しないんだーと気づくときがくるのですが。。。それは、また別の機会に書いてみたいと思います。

 ではでは、ちょっと急ぎで書いた記事でまとまりがないかもしれませんが、読んでくださった方、おつきあいありがとうございました!

 
 

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プロフィール

Ko7

Author:Ko7

訪問ありがとうございます。
 

鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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