訪問ありがとうございます

はじめての方はこちらの記事をご覧ください → はじめに (2014/9/21)
記事一覧や目次をご覧になりたい方はこちらをどうぞ → 記事一覧・目次

価値や願いを一度捨ててみよう!

早いもので、前回のブログよりすでに一か月たってしまいました。

今日は、価値や願いを一度捨ててみよう!というテーマで書いてみたいと思います。
「価値」や「願い」というものは、だれでも持っているもので、決して悪いものではありません。セッション4でも、「価値」と「願い」をしっかりと確認し、実践を続けられるモチベーションを維持することが大切なことが取り上げられています。

しかし、この「価値」と「願い」というのの扱い方を間違えてしまうと、自分自身をどんどん苦しめてしまうことになりかねません。
なので、今回は、この「価値」と「願い」というものとどのように付き合っていくかということを書いてみようと思います。

僕が、この「価値」「願い」について考えていく中で、大きく、実践をやりはじめの初心者と、しばらく続けた実践者、中級者の方とで、「価値や願いを捨ててみよう!」という理由が少し違うように感じました。なので、まずは初心者向けの「価値と願いを捨ててみよう」について書いてみようと思います。

 うつや不安障害を治そうと思ってSIMTに取り組んでいる方々において、この「価値」「願い」というのは、とても重要かと思います。
「早くよくなりたい!」「この体調から抜け出したい!」「早く仕事に戻りたい!」「仕事じゃなくても、まともに生活できるようになりたい!」などなど。
 
 かなり切迫した強い願いをお持ちではないでしょうか。

 しかし、その願いをあまり強く持ちすぎると、自らをどんどん苦しめる結果になってしまいます。
 なぜなら、それはあくまでも、「長期的目標」、目指す先であり、今すぐかなえられるようなものではないからです。
確かに、目的、目標は大切です。これがなかったら、どこに向かえばいいのかわからなくなるし、これがあるからこそ日々頑張れるわけです。だから、この「願い」そして「目標」といったものを持っていること自体は、決して悪いことではありません。
 ただ、それが、今すぐかなえたい目標、つまり短期的目標になってしまうと、何かと不都合が起こってきます。

 なぜなら、その理想像が、今すぐ可能ような状況なら、あなたは今ここで、うつや不安障害などで苦しんでないわけです。
 今までそこから抜け出そうともがいてきたのに、それができないから苦しんでいるわけです。そんな中で、この目標や願いだけが独り歩きしてしまうとどうなるでしょうか。
 「こんな自分でありたい」という理想像がどんどん強くなり、どんどん目標が高くなればなるほど、今の自分とのギャップは大きくなってしまいます。そして、人が落ち込んだり、不安になったりするのは、この「理想像と今の自分とのギャップ」によって引き起こされます。だから、このギャップが大きくなればなるほど、無力感も強くなります。

 そこで、SIMTにおけるマインドフルネスというのの定義を思い出してみましょう。
 マインドフルネスというのは、常に「今、ここ」の自分を独善を排して観察・洞察し、その上で、判断、行動をしていくものです。
 あくまで、観察や洞察の対象は、「今、ここの自分」なんですね。
 「価値や願い」「目標や理想像」というのを持つこと自体は問題ないのですが、そればかりを意識して、自分の思考作用が作り出している幻ばかり追いかけていっても、「今、ここ」を観察するマインドフルネスからはどんどん離れていってしまうばかりです。

 しかし、我々は、幼いころから、今の自分よりもっと高い理想や目標をもって、それに向かって努力することを教育され、しつけられてきました。今の自分に満足することは、おごりや怠慢といった風にすら考えられてしまったりします。
 だから、ついつい、何をやるときにも、この「理想像」や「目標」を作りたがってしまいます。
 
 身近なところで言えば、座って瞑想をやるとき、「~分できなきゃダメだ!」とか「もっと気分が良くなるはずだ!」とか。
 実践を続ける中で、「これだけやっていれば、もっと体調がよくなるはずだ!」、仕事を始めれば、「毎日、朝から夕方までフルで仕事をしなくちゃ」とか。
 ついつい、いろいろと勝手な「価値や願い、目標、理想像」を定め、そうできないことに落ち込んでしまいます。
 そして、それが達成できない自分をダメだと評価して、苦しくなってしまいます。

 ここで、注目しなくてはならないのは、「~であるはずだ」という理想像の方ではなく、そうてきない自分自身の状態の方なのですね。「今、ここ」の自分自身を観察して、「今の自分は、~分くらい瞑想していると、やめたくなる気持ちが生まれるんだな」とか、「良くなってきていると思っていたけど、こういう日には体調が悪く感じるんだな。こういう部分はまだよくなっていないんだな」とか、「これくらいの仕事ならこなせるけど、このレベル以上に頑張ると、ぶり返しがきて体調が崩れるんだな」とか、そういう観察・洞察が、とても大切になります。

 でも、ついつい「こうありたい」ということが先になって、否定的評価をし、落ち込んでしまいます。これは、もう習慣です。
 だから、思い切って「価値や願いをすててみよう!」というタイトルにしたわけです。

 自分が、「こうありたい」「このほうがいい」などの願いが出てきたら、「いや、そうじゃなくてもいいんだよ」「まずは、今の自分をみていこう」と、次々にわいてくる願いや理想を、一度、横に置いてみる、自分の手から放してみるという事を、習慣づけていくと、実践をするのが楽になってきます。
 今日の自分には、今日の自分があり、明日の自分には明日の自分があります。今、そこにある自分がすべてです。
 頭で作り出す勝手な理想像は、一度横において、実践を続けてみましょう。

 ちょっとたとえ話で、書いてみますね。
 ある人が地方で生活していたとして、「東京に行きたい」という願いがあったとします。東京に行って、華やかな生活をすることを夢見ています。
 テレビドラマのように、「東京に行けば、こんなことができる、あんなこともきっとできる」と夢見ていますが、それを考えれば考えるほど、今の自分の境遇と比較して、気持ちが落ち込んできます。
 
 ここで、東京での生活を想像することは楽しいですが、東京での生活を調べることは夢が膨らみますが、そればかり膨らませていても、「今、ここ」の状況は、まったく変わりません。1㎜も東京には、近づきません。
 もし、真剣にその夢をかなえることを考えるなら、まず、「今の自分」を見つめなければなりません。
 今の自分が、いくら持っているのか、まずはそれが大切かもしれません。そして、今の自分に何ができるのか、生活費を稼ぐことができるのか、生活に必要な家事はできるのか、何を持っているのか、なども大切な要素ですよね。
 まずは、「今の自分の現状」をどこまでも正確に知ることが大切です。

 それが、わかって初めて、では「東京に行くためにどのような方法があるのか」という事が考えられるわけです。
 
 ポケットに500円玉1枚しか入っていないのに、「今日中に東京に新幹線で行きたい!」といくら願ってもかなえられません。
 今の自分が500円しか持っていないのを確認した上で、では、銀行口座にはいくらあるのか、そして、今後どのように、いくらくらい稼げばいいのか、そして、自分はどれくらいの収入を得られるのか、そういったことを現実的に考える必要があるわけです。

 そうすると、1㎜も東京に近づいていなかったのが、「この500円で、まずは、駅を2つ進もう」という判断がつくかもしれません。そこで、少しアルバイトをしてお金をためたら、何日か後には、もう少し進めるはずです。
 もちろん、これが最善の方法とは言えないかしれませんし、最初の駅で、まずは進まずにお金を貯めるという選択しもあるでしょう。
 でも、ただ東京に行くことだけに嘆いて日々落ち込んでいるより、ずっと現実的ですよね。

 このようにSIMTでも、いつかよくなる日を夢見て、その時の生活を思い描くのもいいのですが、そればかりを見てため息をつくのではなく、そのような願いを胸にそっと収めつつ、今の自分がどのような状態なのか、どのようなことが可能なのか、実践をしていく中でどのような変化が起こってきているのか、といったことを偏見のない目で観察しながら、実践を続けていくことが大切です。
 そうすることで、日々の実践の苦しさ自体も和らぎ、少しでも前に進めているという感覚も生まれてきます。それがわかるまでは、理想とのギャップにため息をついてしまう自分も含めて、自分を許してあげましょう。

 そして、二つ目の理由があるのですが、SIMTを経験したものとしていえることは、実践を続ける中で、「価値や願い」というもの自体もどんどん変化していってしまいます。だから、苦しい時期に思いつく「価値・願い」といったものに、あまりこだわる必要性自体がないともいえるのです。
 僕自身、うつ病で苦しんで仕事もできず家にいた時期は、本当に苦しかったです。そういった時の自分は、視野自体もすごく狭くなり、思考作用や心の働き自体も落ちているので、その状況で考える「価値や願い、理想像、目標」といったものは、実は自分が本当に思っている価値や願いではなかったりします。もしくは、本来の願いのほんの一側面だけだったり。
 
 例えば、そのつらかった時は、「とにかく家族を養って生きていくために、なんでもいいから仕事して養っていければそれでいい」「そして、そのためには、なんとか常勤で働く正社員のような仕事をしなくては」と考えたりしてました。
 実際に、そのために、早く現場に戻ろうとし、そしてダウンするのを繰り返したわけです。
 そこで、SIMTを実践し始めてみると、そもそも、そんなことができる状態じゃないのが分かってくるわけです。まずは、その段階で、今まで自分が考えていたことと、現状の自分とのギャップに落ち込むわけです。
 しかし、それでも実践を続け、自分を観察していくと、だんだん調子の波もわかってきて、一部、アルバイトのような仕事もできるようになります。そして、どんな仕事でもいいわけではなく、やはり、自分にはやりやすい仕事とストレスがたまりやすい、体調が崩れやすい仕事内容がわかってきます。そして、ある程度、お金を得られて暮らせるようになったら、別に正社員とか常勤とかにこだわらず、自分の体調を維持できる、比較的自分がしたいと思えるような仕事でまずはやっていけるようになりました。そうすると、別に「常勤であることや正社員であること」は、自分がやりたいこととイコールではなくて、それをかなえる手段がそれだけしかないと勝手に思い込んでいたからだなというのもわかってきました。
 そして、今も、ついつい勝手に考えた理想像を膨らませて、やりすぎて調子の波がでてしまうこともまったくなくなったわけではありませんが、仕事と生活のバランスを取りながら、ある程度、自己実現の方向性も見つけ出せつつやれています。

 先ほど、東京に行くというたとえ話をしましたが、現実の世界では、未来まで自分の生き方を示す完全なマップというものやマニュアルがあるわけではありません。
 今、ここから見える山の頂が、目標や価値にあたるようなものです。あんまり遠くの山の頂を目指しても、なかなか近づかずに苦しいだけです。それを遠目に見つつも、まずは、あの山の方向のあの峠を目指そうと、考えながら今いる自分の場所からの道、そして、行く方法を見つめていきます。しかし、その山を目指して日々進んみると、さらに遠くの山が見えてきたりします。
 そして、気づくと、遠くの山もいいけど、自分が求めていた生活は、その途上の村にあったなんてことが出てきます。
 
 「仕事に戻りたい」「結婚さえできたら」「子供がほしい」「あとこれくらいお金があったら」「この病気さえなかったら」いろんな願いがあると思います。でも、今、あなたが頭で描いていることは、あなたが本当に願っていることのほんの一部、ただの一側面なのかもしれません。

 一度、そういったこだわり、「願い」「価値」を横に置いて、「今、ここ」の自分を眺めてみましょう。
 今は、不満ばかりがたまる自分かもしれませんが、きっと時間とともにそんな印象も変化していくはずです。

 今日は、まず、SIMT実践し始めのころに大切と思われる「価値、願いを捨ててみよう!」というテーマで書いてみました。

 できれば、次回は、SIMTを実践し、ある程度改善して、自分の本音をさらに探っていくという段階においても、この「価値や願いを一度捨ててみる」という事が、意味あることなんじゃないかなと思う理由について書いてみたいと思います。

 書き始めると一気に書いてしまうんですが、なかなかそこまでが。。。。
 まあ、マイペースにやっていきたいと思います。皆様も気が向いたときにお付き合いくださいませ。
 
 ではでは今日はこの辺で。

これまでの訪問者数
ブログランキング
ブログランキングに参加しております。応援していただける方は下記バナーをクリックお願い致します!
プロフィール

Ko7

Author:Ko7

訪問ありがとうございます。
 

鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

カテゴリ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
ブログ内の記事から探す
入力した語句が含まれる記事を探せます
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR