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意志的判断と意志的行動


 今日は、前回書いたブログの中で出てきた「意志的判断」、「意志的行動」について書いてみようと思います。

 そもそも、自己洞察瞑想法(SIMT)では、うつやパニック障害、不安障害を改善させるために、「意志的自己」を機能的に働かせることをトレーニングします。
 SIMT自体は、うつや不安障害が改善し、日常の生活や仕事が問題なくできるようになってからも、実践を続けることで、さらに深い自己(叡智的自己や人格的自己)を探求していくことができます。

 そんな深いレベルの自己を知りたい方は、詳しくは大田先生の書いている青い本「マインドフルネス入門 不安、ストレスが消える心の鍛え方」をご覧ください。
 といっても、読んだだけで理解できる人なんていないとおもいますが。。。。。。(笑)

  そういった深いレベルの自己の探究は、まさに一生をかけての課題になってくるので、まずうつや不安障害を克服し、改善するために、SIMTのセッションの中では「意志的自己」のトレーニングをしていくことが優先されています。
  そして、この「意志的自己を機能させる」という部分が、SIMTの特徴となっています。
 特に、一般的にマインドフルネスというと、「ありのままの注意」「今ここを偏見なく観察する」といった見る局面が協調されています。
 例:日本マインドフルネスにおける定義
 「“今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること” と定義する。
なお、“観る”は、見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる、さらにそれらによって生じる心の働きをも観る、という意味である。」


 このように対象が感覚だとしても、主に「観る」局面が強調されています。

 しかし、SIMTでは、意志的自己の使い方の中でも、洞察による観る局面だけでなく、そこからさらに「意志的判断」を行い「意志的行動」をとっていくことが協調されており、それが、SIMTの特徴となっています。 

 この「意志的自己」を鍛えるといっても、一般に言われているところの「意志を鍛える」ということとはちょっと違うと僕は思っています。
 一般的に「意志を鍛える」というと、困難にも負けないように意志を貫ける強さを持つ!とか、いやなことでも負けない自分を作る!のように、鋼のような強さをもつようなイメージを持つことが多いと思います。
 しかし、「意志的自己を機能させる」というのは、そのような自分の中の葛藤と戦って勝つような類のものではなく、そういった葛藤と上手に付き合いながらも、自分の生きたい生き方を選らんでいけるような状態です。
 前者が、鋼の強さだとしたら、後者は風にゆらぐ竹や柳のような強さとでも例えられるでしょうか。

 いつものように前置きが長くなりましたが、そんな「意志的判断」と「意志的行動」とはどういうことかということについて書いていきたいと思います。

 前回書きましたが、例えば、呼吸法や瞑想をやる気が出ないとき、課題の実践をやる気が出ないとき、ありますよね。
 
  「やる気がでない」 → 「こんな自分はダメだ」「これじゃ良い瞑想ができそうもない」 → 「実践をやらない」

 やる気が出ないときがあるのはしょうがないですが、
 この  「こんな自分はダメだ」「これじゃ良い瞑想ができそうもない」  というのは 衝動的・独善的な評価・判断

 その結果、 「実践をやらない」 というのは、 衝動的・独善的な行動

 ということになります。

 こういったときに、僕は今まで、この「観る局面」を大切にすることを強調してきました。すぐに決めつけないで、まずはよく見ましょう、観察しましょうということです。

「やる気がない」と思ったときは、その「やる気がない」という感覚を、どこでどのように感じているのか、例えば、身体が重い感じがするのか、頭がぼーっとするのか、などを観察してみようとお勧めしていました。
 また、その時に、どんな感情があるのか、どんな気分が、どのくらいの強さであるのか、その時に、どんな思考が繰り返されているのか、そういったことを観察していけば、それはもう課題の洞察と同じことだよ、と書いていました。

 だから、やる気のない自分を責めなくていいのだよ。やる気がなくても、そんな自分を観察していけば、それで洞察は十分なんだよと考えていたんです。そうしたら、自然と次につながっていくのではないか。そう思っていました。
 こうした意志の使い方をすれば、初期の意志作用としては十分なんじゃないかと考えたんです。

 今でもこの部分について、大きな変化はありません。すぐに衝動的な反応をせずに、たとえしたとしても、まずは「観る局面」を大事にしていくことは、すごく重要なことだと思います。

  実は、こういったことを文章にして、先日、養成講座の講習会の時に、大田先生にお伝えしてみたんですね。
 そうしたら、意志作用には、「判断・評価する局面」「行動する局面」が含まれていなければならず、それがSIMTの大事な要素であるということを、ズバッといわれてしまいました。だから、「観る局面」だけではダメだよと。
 
 そこで、僕なりにいろいろ考えまして、大田先生に言われたことを噛みしめて、自分の体験の中で自分なりの意味をつかむために、しばらく熟成させていました。

 そこで僕なりに答えを出してみたのですが、結果、やはり大田先生のいう事はさすがだなーと思いました。あたりまえですが。。。

 大田先生にそう言われてみると、僕が「観る局面」だけでも十分じゃないかと考えていたときに、すでに、無意識に、その中に「評価・判断する局面」「行動する局面」も含めて考えていたように思いました。
 上記の、やる気がないときでも、「今、衝動的な評価をして、自分を責めた!」と気づき、そう判断するためには、意識的に、その状況を洞察し、判断しなければなりません。そして、衝動的な行動に走るのではなく、「では、今のやる気のなさとはどんな状況だろう」と「観る」という作用を、自分自身に向けようとするのは、ある意味、「意志的行動」と言えると思ったからです。

 そういう意味で、「自分をよく観ていこう」と決断し、行動することには、すでに「意志的判断」「意志的行動」の要素が含まれているといえます。

 さらに、僕は、この「観る局面」というある意味「意志的行動」をしていけば、結果として、自然と改善・マインドフルネスの上達への道が開かれるのではないか、と思っていたのですが、よくよく考えて、普段の自分の行動を観察していくと、やはりそうではないということにも気が付きました。

 例えば、やる気がないとき、「今日は、やる気がでないな」「疲れがたまっているな」と意志的に判断し、「今日は休んで実践をやらないでおこう」と決断し、実践を休むという「意志的行動」をしたとします。
 これが、今日の判断であれば、間違っているとは言えません。
 しかし、毎回、毎回、「今日は、やる気が出ない日だな」「だから今日も休もう」と、やっていたのでは、やはり絶対にマインドフルネスは上達していかないし、現状も変わってはいきません。
 厳密にいうと、こういった状況では、「今日は、やる気が出ない日だな」といったときに、その観察だけで終わってしまっていては、自分をよく観察できているようで、十分には観察できていないのですよね。
 自分の過去の経験から、「やる気が出ない日」という事にひとくくりにしてしまい、今日のやる気のなさはどのような状況か、どんな感覚なのか、ということを細かくみる視点がなくなってしまっています。

 さらに、そこで、一度は、観察した今日の状態を基に、「では、そんな自分で今日できることはないか」「改善を目指すために、今、必要なことは一体何か」という事を、真摯に探ってみなくてはいけません。そして、少しでもいいから、できることがあれば、それを続けていく、という意志的行動が大切になります。
 「やる気がでない」というものを何とか出るように変化させようというわけではなく、それを観察した上で、「じゃあ、今できる実践はなにかな」ということを判断し、行動に移していくということです。
 
 この過程を隔てた上で、自分が「今日は、疲れがピークの状態なので(意志的洞察)、まず体を休めるのが最善だと判断し(意志的判断)、ゆっくり休む。(意志的行動)」という選択になるのであれば、それは問題ないと思います。
 
 しかし、安易に「やる気がでない」「疲れてるから今日はやめよう」となってしまうと、一見、よく観察し行動したように見えますが、これはもう衝動的な判断、行動になってしまっていますよね。

 人間には、経験を積み重ねていくと、そこから一定した法則を見つけ出して、考えたりせずに瞬間的に判断できるようしていくような傾向があると思います。これは本能であり、自然の中で人間が情報を効率よく判断するために培ってきたシステムだと思います。
 それは、人間が生きていくために必要な能力です。
 しかし、それが無意識に行なわれていると、非機能的な反応に終始し、いつまでたっても症状が改善してこなかかったり、対人関係をこじらせてばかりになったりと、悪循環から抜け出すことはできません。
 
 そこに、意志の機能を働かせ、その局面に光をあて、自分の中のパターンに気づき、新たな選択肢を見つけていくことができるのが、マインドフルネスです。

 そのためには、まず「観る局面」で、今ここの自分自身の状態をよく観察し、そのうえで、むやみに、その良し悪しを評価して、自分を責めたり、その状態を無理に変化させようとするのではなく、今、必要なこと、できることを、その瞬間瞬間、判断し、実行していくことが大切です。そして、その結果をさらに観察し、判断し、実行していく。この繰り返しこそが、改善へのカギじゃないかと思っています。

 症状、苦しい感情、やる気のなさ、そういったものと戦わないけども、それらの言いなりにはならない。

 以前からブログで繰り返し、その違いを表現したいと思って書いているのですが、うまく表現できているでしょうか。
 これは、これから先も、ずっと僕の中でのテーマだと思います。

  つらいとき、苦しいときは、休んだっていいんです。でも、とにかく諦めないで、できる洞察、課題を実践していくことが大切です。
基本的な呼吸法、傾注観察、日常生活の中で、「思考してないかな」「感情が動いたかな」というチェックでいいんです。
 そういった基本的なことを、とにかく少しでもいいから日々続けていくことが大切だと思います。

 今日は、意志機能の中に含まれる「意志的判断」「意志的行動」について書いてみました。

 なかなかうまく伝えることが難しい内容なのですが、少しでも参考になったなと思えるところがあったら幸いです。
 今日も長文を読んでくださってありがとうございました。
 また、少しずつ更新していこうと思うので、お時間のあるときにお寄りください。

 ではでは今日はこの辺で。

やるきのないときは。


 今日は、題名の通り、やるきのないときのお話なのですが、実は、この3月下旬から4月上旬にかけて、今までにないくらい、マインドフルネスに対する熱意というか、やる気というのがかなり落ちてしまっていました。

 といっても、抵抗感とかやりたくないというわけではないのですが、なかなかマインドフルネスに取り組もうとか、もっと勉強しようという風に思えない状態であったわけです。

 こういう波は、今までにもあったのですが、今回の波はいままでの中では最大の波だったような気がします。
 おかげさまで、このところ、少しずつやる気も改善してきている印象があり、このようにブログにも取り組める気持ちになってきました。

 今回の原因というか、やる気がなくなっていた原因はいくつか心あたりがあります。

 ひとつは、昨年1年くらいかけて受講してきたSIMTの養成講座が3月の中頃に終わったこと、同時に、講座と並行して自分なりにまとめていた文章を、3月上旬に書き上げることができたこと。
 このことは結構自分の中で大きな出来事で、ある種の達成感が出てしまい(本当は、これからが本番といった感じなのですが)、軽い燃え尽き症候群になっていたような感じがあります。
 それに加え、3月下旬に、久しぶりの発熱を伴う咳風邪をひいて寝込んだこと。これでかなり体力を削られました。
 さらに、そんな中で子供たちが春休みということもあり、春の行楽予定がいくつかあったこと、などから、疲労がかなり蓄積していたように思います。

 そして、4月に入り、一向にやる気がでてこない状態が続いていました。

 そこで自分が対応した方法というか、どういう経過でどんなふうに考えていたかを書いてみたいと思います。

 さすがに4月に入っても、一向にやる気がわかず、いつもより回復に時間がかかっていたときは、「せっかくこれから活動の幅を広げるために昨年度1年勉強してきたのに、このままやる気がでなかったらどうしようかな、まずいなー」という思考が走ったりしていました。特に、まとめなきゃならない資料があったり、読もうと思って買ってるマインドフルネスの本を前にして、一向にやる気が起きないときは、上記のような思考が走るわけです。そして、「このままやる気がでなかったらどうしよう(不安)」という妄想や感情が起こり、「やる気がしないなんて俺ってダメだな」というのが、自分自身に対する衝動的な評価が起こったりしました。

 ただ、ここで、今までのSIMTの実践のおかげで、こういった気持ちがありつつも、それを膨らませるような方向にはいかないようにすることができました。具体的には、こういう思いが浮かんだりしても、「それは自分が勝手に作り出している思考、評価だ」と判断すると同時に、「確かにやる気はないが、それを意志の力で起こさせることはできない」とも理解し、「もし、このままやる気がでなくても、それはその時。今は、できることを続けよう」と判断して、呼吸法と瞑想、日記などは続けていくようにしていました。
 というのも、今までの経験上、このような時に、新しい作業や勉強をしても、疲れが余計たまるだけだし、効率も悪いということがわかっていて、しかし、だからといって、「俺はもうマインドフルネスが嫌いになったんだ」と決めつけてやめてしまうのは、衝動的行動だとわかっていたので、「今まで続けてきたできることをやれる範囲でやる」という判断に結び付いたわけです。

 鎌田先生の本のタイトルにもなっている、「がんばらない、でも、あきらめない」という感覚ですね。

 とはいっても、最初から上記の過程がすべてできていたわけではなく、やる気ゼロの状態にどっぷりの4月上旬の時には、不安な感情や思考の方が多くあったように思います。それを呼吸法などでしのいでいくうちに、「じたばたしてもしょうがいないから、なるようになればいい。できることをやっていいこう」という風な気持ちも生まれてきて、そうしているうちに、まず体の疲れが少しづつ取れてきて、「今は、身体を休めつつ、できることをやっていけばいいんだな」と方向性に自信がわいてきたといった感じです。

 一般的に、マインドフルネスとして行われているものでは、「ありのままに見る、独善を排してみる」というように、「見る局面」が協調されがちです。確かにこれは、スタートとしてすごく重用なことです。見る局面ですでに独善がたくさん入ってきてしまうと、そのあとの判断、行動もそれにより偏ってしまいます。
 しかし、SIMTでは、見る局面だけでなく、その後に、「独善を排して判断し、行動する」という「判断する局面」「行動する局面」というのが、強調されており、それがSIMTの特色にもなっています。

 これはどういうことかというと、例えば僕の上記の過程でいうと、「今の自分は、講座を終え、風邪や旅行で体力が落ちていて、やる気がなくなっている状態なんだな」と確認するのが見る局面だと思います。
 この時に、習慣的に行われている「こんなんじゃダメだ」とか「このままだったらどうしよう」という習慣的、衝動的な評価や反応も生じてきます。これは止められません。でも、それを横に置いて、今の状態をできるだけ客観的に見つめるというのが、「見る局面」です。これはこれですごく大切なことです。
 しかし、これだけで止まってしまっていては、マインドフルネスを続けることが難しくなってしまいます。
 そこで、「『こんなんじゃダメだ』とか『このままだったらどうしよう』というのは、一時的に生じる衝動的反応であり、膨らませる必要はない、しかし、今の体調だとある程度の休みが必要である。』というのは、できるだけ独善を排した「見る局面」に基づいた「意志的判断」であり、さらに「こういう時には、無理に新しいことをせず、今までやってきたことを地道に続けよう」というのも、意志的判断だと思います。そして、「なるべく夜更かしせずに寝るようにして休息をとり、朝夕の基本的な瞑想と日記は最低限続ける」という行動が意志的な行動ということになります。
 この時に、「やる気が生まれないから、もう実践はやめちゃおう」と衝動的な行動を続けていては、たとえ、見る局面ができていたとしても、マインドフルネスの実践を妨げることになってしまいます。見る局面で得られた情報を基に、判断し、衝動的な行動ではなく、意志的な行動をとっていくことが大切です。

 意志的な行動といっても、やる気のない状態のときにやる気を出させることができるわけではないです。
 無理に新しいことを始めようと、身体や心に鞭打って行動することでもありません。
  しかし、見る局面で得られた情報を、できるだけ客観的に判断し、休みがどの程度必要なのか、そしてその休みを得るためには何ができるのか(早寝するとか外食は控えるとか)、その一方で、では何が続けられるのかということを判断し、行っていくのが意志的判断であり、意志的行動だと思います。

 ついつい、僕らは1か10か、白か黒かで考えがちです。しかし、現実の状況は、常にグラデーションです。休む割合と実践する割合も、10:0ではありません。そこを7:3でいいのか6:4でいいのか、それを判断し、実行し、そしてさらに観察し、判断し、調整して実行する。その繰り返しが、SIMTであり、マインドフルネスを実践していくということなのかなと思います。

 この「意志的行動」というのは、決して、自分の葛藤や感情、体調の波と戦うことではなく、今の自分に必要なこと、できること選択していくだけのことなのだという感覚を、実感をともなって理解する、つかむことはなかなか難しいのですが、その感覚がわかるようになると、すごく実践が楽になります。
 たとえ、その感覚がわからなくても、「意志的行動」が決して、自分と戦うことではない、と知っておくことがすごく大切なことのように思います。

 頑張った後には、かならずやる気や体調が落ちるときがあります。これは寄せた波が引いていくように、自然の摂理です。しかし、その波を知り、その波と合わせて生きていく方法があります。焦らずに地道にやっていけばいいと思うのです。

 調子が悪いときも、それが100%にならず、どこかで「そんなときがあってもいい」と、自分の中に様々な感情や気持ちを同時においておけるようになったのは、本当にマインドフルネスのおかげだなーと思います。
 その結果、僕は以前に比べると少し「強い人」になれているのかなーと感じます。

 今日は、自分がこの1か月ほどで体験したやる気のない状況を踏まえ、それに対してマインドフルネス的にどう対応していたのかということを書いてみました。誰でも経験することで、意外と不安になったり、その波の中でもまれて苦しくなっている人が多いんじゃないかなと思い(過去の自分がそうだったので)、今回は参考までに書いてみました。

 本日も長文にお付き合いありがとうございました。少しでも共感していただける部分があれば幸いです。
 更新が最近遅れ気味ですが、よかったらまた立ち寄ってください。ではでは今日はこの辺で。

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Author:Ko7

訪問ありがとうございます。
 

鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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