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体調の波を乗りこなすために(SIMTを学んで生きやすくなることとは)

  
  今日は、SIMTを学んで生きやすくなるとはどういうことなのか、ということを説明するときに、いいたとえ話を思いついたので、書いてみようと思います。

 それは、以前も、SIMTを身につけるということは、泳ぎや語学を身につけるのと一緒で、実践して、それを実際の生活の中で行えて初めて身につけたといえるということを書いていたと思います。
 知識として知っているだけでは、本を読んで学ぶだけでは、絶対的に手に入らないものがあるということですね。
 
 今回も、この泳ぎに例えて話を進めていこうと思います。

  うつや不安障害で苦しいとき。それは、本当におぼれているようです。感情や体調の波にのまれて、自分ではどうにもなりません。
 息継ぎもうまくできず、ただもがくだけです。

 SIMTでは、まず、簡単な呼吸法を学び、実践をするところから始めます。これは、呼吸を用いて、洞察、観察するスキルを磨いていくという目的もありますが、ゆっくり呼吸法を行うことで、呼吸の力を使って心や体をある程度落ち着かせていくという意味合いもあります。
 つまり、セルフレスキューを学ぶということです。
 泳ぎを覚えるときでも、まず、体の力を抜いて浮くことを覚えますよね。水を怖がって全身がちがちの状態では、泳ぎを覚えようとがむしゃらに手足を動かしても、それはおぼれて、沈んでいくだけです。そして、浮かぼうと思ってもがけばもがくほど沈んでいきます。 しかし、たとえおぼれかけても、すぐに力を抜いて浮かぶことを覚えていれば、一度、浮かんでゆっくり呼吸を整えてから、また泳ぎの練習に取り組むことができるわけです。

 SIMTでも、この呼吸法、そして、意識がほかに向いたとき、感情に持ってかれそうなとき、呼吸に意識を向けるようにすることといった基本的なスキルは、まず、体調を安定させるため、洞察を深めることを学ぶ上で、大前提になります。実際に、僕も、この呼吸法など基本的なスキルをやりはじめて、すぐにある程度の体調の回復を実感できました。
 そして、その土台の上で、まずは、心理現象の名前付け、感情の連鎖の観察、作用と対象の観察など、泳ぎで言えば、基本的なバタ足や手の動かし方などを、セッション2~4くらいで学んでいくことになります。

 ある程度の回復というのは、あくまでも浮かぶ、基本的な手足の使い方ということだけなので、ちょっとした体調の波やイベントがおこると、やっぱりすぐにその波に飲み込まれて溺れかけてしまうんですね。
 そこで、まずは、静かな環境や家庭での基本的な生活の中で、これらのスキルを磨いていくことが大切です。
 泳ぎを学ぶときに、いきなり荒波の中に出るのではなく、最初は、プールや浅瀬、湖など、穏やかな水面で練習をするのと一緒です。
 ここで、大切なのは、波にのまれて溺れかけてるなと思ったときは、無理にそれ以上洞察を深めようとせず、基本的な呼吸法に戻って、波が過ぎ、体調が落ち着くのを待つのが大切です。
 波の中で、無理に体調を戻そうともがいても、おぼれているときに手足をバタつかせて沈んでいくのと一緒です。
 体の力を抜いて、自然と浮かび上がってくるのを待ってさえいれば、かならず、また落ち着いて洞察の練習を始められる時がきます。

 そういったように、泳ぎの練習をしていくと、穏やかな波の中では、だいぶ上手に泳げるようになってきます。
 日常生活程度であれば、大きな体調を崩さなくなってきた時と同じです。
 
 でも、そこで治ったわけではないですよね。仕事をしたり、家事をいろいろと始めたり、子供のことで誰かとかかわったり。
 活動を広げていくと、様々なことが起こってきます。
  波のない浅瀬から、外洋に泳ぎ出していくわけです。
 そうすると、今まで思いもしなかった波が生じてきます。ただ、普通に泳ぐつもりが、波のせいで水を飲みこみ、急に苦しくなったり感じることがあるかもしれません。波に押し戻されて、進んでいないように感じるときも多いはずです。
 ここでいう、波は、外的環境や起こってくるイベントだけではありません。自分自身の体調、思わぬ病気などもあります。
 たとえ、自分の身体だとしても、感情や身体は自分でなんでも思い通りになるものではありません。大自然に属するものです。
 海の波を意のままに動かそうとしてもできないどころか、おぼれます。それと同じで、身体や感情は、自分でコントロールできない大自然の営みなんだとみなすことが大切に思います。
 
 そして、ここでも、大切なことは、まずはセルフレスキューです。これ以上の大波は危険だと思ったら、穏やかな浅瀬に戻ってくることも必要です。そして、波に体を持ってかれないように、一時的に泳ぐのは中止して、ただ体を浮かべて呼吸に集中することも必要でしょう。かならず、波が過ぎれば、また、泳ぎ出せるタイミングはやってきます。嵐の中に無理に海に出ていくのは、おぼれにいくようなものですね。

 しかし、そういった波に溺れかける経験もしながら、自分の泳ぎを見つめていくと、泳ぐコツがだんだんわかってきます。どういう波の時は進みやすいのか、受け流せるのか、そして、波の中ではどのように腕や足を動かすとより効率的なのか。
 そういったことが、波の中で泳ぐ経験の中から、徐々にわかってくるんですね。
 それは、穏やかな浅瀬にいるだけでは決してわからないものです。波の中で、時には溺れそうになりながらも経験をして、初めてわかってくるものです。
 これが、セッション後半にでてくる本音の観察といったところです。
 実際の生活で、活動の幅が広がってくると、自身の疲労、気持ちなど様々な揺れ動きがあります。
 それ自体は、とてもつらく感じます。今まで、できていたことが、急にできないように感じにもなります。
 そこで、大切なのが、無理をせず、引くところは引きつつも、丁寧にその波の中で起こることを、観察、洞察していくことです。
 それが無理なほど波が大きいときには、休息をとって浮き上がるのを待つことも大切です。でも、そんな中でも、観察を続けていくと、自分の中の様々な本音や特徴が見えてきます。それ自体は、まったく悪いものではありません。
 それは、押しては返す海の波と一緒です。その波に合わせて手足を動かし泳いであげることが大切です。

  それを繰り返していくと、どうでしょう。
 いつの間にか、ある程度の波の中でも、自分の思う方向に、泳いでいけることができるようになってきます。そして、どのような波が安全で、どのような波であれば、避難したほうがいいのか、自然とわかってくるようになります。
 このレベルになると、もう、波はそれほど怖いものではありません。もちろん、波自体は、一回一回、同じものはありませんので、そのたびに意識を向けて対応する必要はあります。でも、新たな波と出会うことで、新たな泳ぎ方を発見でき、むしろ波を楽しむことができるようになってきます。
 このレベルになると、泳げないとは言いませんよね。むしろ泳ぎのが得意といえるかもしれませんん。
 SIMTの実践を続け、セッションが終わってからも、丁寧に自分の生活の中で起こってくる様々な変化の波を潜り抜けていくと、少しづつですが、このような状態になってきます。おそらく、このレベルになったら、うつや不安障害は治癒といっていいレベルではないでしょうか。むしろ、病気を経験しなかった人より、より生き方が上手になっているかもしれません。

 さらに上達すれば、様々な波を自由に乗りこなせるようになり、そうなると、波自体を利用して、自分自身の本来の力よりさらに上のパフォーマンスを発揮できるかもしれません。
 本当に波乗りの上手な方は、まるで波を自在に操り、思いのままに波を操っているようにさえ見えるでしょう。
 でも、そんな人でさえも、波自体を起こせるわけではないんですね。ただ、ひとつひとつの波に対し、適切な対応の仕方をしっているから、体の動かし方をしっているから、その波を利用し、自分の思った報告へ移動していけるわけです。それを他人からみると、自在に波を操っているように見えるわけです。

 一流のスポーツ選手、パフォーマー、仕事人に、そういったことが言えるかもしれません。様々なプレッシャーや、思いもよらないアクシデントを、逆に力に変えて、自分の力以上のものを発揮できる。そういった人ですね。
 もちろん、そこには運の要素はあります。
 どんな波のり名人でも、風がまったくない日に波にのるは不可能です。しかし、自分の身体の動かし方、波の乗り方を真にきわめていれば、ほんのわずかな波にでも、より効率的に乗ることができるでしょう。

 今、病気で苦しんでいる方にとっては、このようなことは無理な話に聞こえるかもしれません。
 でも、SIMTを丁寧に実践していった先には、これくらいすごいことが待っていると僕は思うんです。
 ただただ、洞察と観察を、すべからくすべての範囲で実践していくことができれたら、きっとこうなっていけるのではないかと信じています。

 もし、自分がつまずいたように感じたら、自分が今、書いたような途上の中の、どのあたりで波にのまれたのか考えてみるとよいのではないでしょうか。
 無理をする必要はありません。難しいときは、力を抜いて呼吸法に戻りましょう。
 そして、気が向いたときは、大きな波にチャレンジしてみるのもいいと思います。戻るときも、進むときも、そのすべてが経験になります。

 今日は、泳ぎを覚える、そして波に乗れるようになるといったことに例えて、SIMTの実践とその上達の仕方を書いてみました。
 僕としては、結構しっくりくる例え話だったのですが、いかがだったでしょうか。
 
 もし、少しでも参考になるところがありましたら、うれしいです。

 よかったら、また読みに来てください。

 ではでは今日は、この辺で。またよろしくお願いいたします。

 

身体感覚と心(感情)は同じもの

 あけましておめでとうございます。今年も、少しずつではありますが、自分がマインドフルネスを通して気づいたことを、気のままに書いていこうと思います。
 よかったら今年も、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

 さて、今日は、身体感覚と心(感情)は、同じものらしいよ、ということについて書いていこうと思います。

 このことは、以前、ほかのブログ記事でも少し触れたことがあった気がしたのですが、ちょっとどの記事だったのか、自分でも思い打だせませんでした。。。。
 気がつけば、記事もだいぶたまってきていて、自分でどの話の中で書いたのかわからなくなってしまいました。
 まあ、同じ内用もあると思うのですが、自分としては、SIMTの実践においてすごく大きなヒントとなったので、改めて記事にしてみようと思います。

 僕が、この「心(感情)と身体感覚は突き詰めると同じものである」というのを読んだのは、以下の本でした。
 
 

 マインドフルネスの領域ではかなり有名な先生の書いた本ですが、僕自身、普段から身体操法といったような、本来の身体の使い方などに興味をもっていたので、この本をふと手にとったのですが、とても興味深い話がいくつかありました。

 その中のひとつが今回のテーマなのですが、詳細は本を読んでいただきたいのですが、心理現象のもとを突き詰めていくと、最後には感覚にたどり着くということです。
 何を言いたいかというと、ついつい僕らは、頭で認識し、認識したから心が反応し、その結果として身体反応が起こると考えがちで、つまり、認識や感情が主であって、それによって生じる身体感覚は従と考えがちですが、そうではなく、身体感覚があってこその認識や感情というものだということです。もっと言うと、感情=身体感覚ということであり、つまり、身体感覚を伴わない感情はありえないし、身体に反応があるときには、そこにかならず感情や意識の変化があるということです。
 つまり、肩や首のなど出現の仕方には個人差があるかもしれませんが、筋肉の緊張がないところには、精神的な緊張は起こりえない、腹を立てずに怒ることはできない、そういったことです。

 これ自体、心理学の中でも今でも論争のあるところのようですが、僕にはこの考え方がすごくしっくり来たんですね。
 SIMTを実践して、今、自分に起きていることを洞察していくようになると、自分の意識が、自分の感情を認識するまえに、身体感覚に気づくことで自分の感情に気づいたといったことがたびたびあったからです。
 
 具体的に言うと、家族に言われた一言に「そんなことないよ」と答えたとき、その瞬間に自分のお腹の上あたりからのどのあたりにカーッと熱い感覚があり、その感覚に気が付いたときに、「あ、これは怒ったときに僕の身体にでる反応だ!」と気がついて、初めて自分の中の怒りの感情に気がつき、「僕は、この発言を聞いて怒りの感情を起こすんだ」と、ちょっと他人事みたいに、自分の特徴に気づくようなことが何度かありました。
 そして、そのどれもが、自分にとっては非常に貴重な気づきとなりました。

 一口に、身体感覚=感情といっても、なかなかわかりにくいと思いますが、生物が進化してきた道筋を考えると、すごく理解しやすいと思うんです。そこを少し解説してみます。

 まず、この世に生物が細胞と呼べるもので生まれたとき、何より大切なのは、やはり自己保存、つまり生きるということだったと思います。つまり、自己保存のために自己を保存しコピーを作っていかなくちゃならないと。
 そして、そうするために養分として、様々な物質を取り込まなくちゃいけないわけです。
 その物質を取り込むのに、自分がある場所に来たものをただ受動的に取り込んでいくといったスタイルから、徐々に、自分から「動いて」栄養を取り込みにいくものが出てくるわけです。
 前者は植物であり、後者は動物となっていきます。
 動いて栄養物を取り込むために必要なものは、動くための装置と、動いた先にあるものが栄養なのか、それとも危険なものなのかを判別する装置が必要になります。
 動くための装置としては、鞭毛や線毛といったものが発達し、後々、僕らの手足のようなものになっていくわけです。
 そして、栄養なのか危険なのかを見分けるために必要なものとして、感覚器官が発達してきます。
 最初は、そこに物質があるのかないのかを判断するだけの触覚みたいなものであったかもしれません。しかし、命を守るために、危険なものなのかを知るために、ただの触覚から、痛みの刺激や温熱を感じられる感覚、そして味としての味覚なども発達してきたでしょう。
 そして、様々な感覚器官が発達してくるにしたがって、それらの情報を統括し、処理するシステムが必要になるわけです。
 そうやって、末梢の感覚器官に対し、中枢神経、つまり脳が発達してきたと考えられます。
 そして、そういった情報を統合して、ひとつの答え、つまり戦ってでもそれを取り込むのか、それとも排出する、もしくはその場から逃げるのかといった答えを効率よく出すために、感情、つまり「心」、そして「意識」が発達していったと考えられるわけです。

 そう考えると、自分の心や意識の特徴をより良く知るためには、それ自体を生み出してきた、「身体感覚」をよく知ることが近道なんじゃないかと考えられるわけなんですね。

 実際、僕がSIMTをやる前は、自分の身体感覚や身体反応なんかに意識を向けることはあまりありませんでした。
 目で見たり、耳で聞こえたりすることには意識を働かせても、自分の身体が今、どのように感じているのか、どのように反応しているのか、といったことにはあまり注意を払っていなかったように思います。時々、強い痛みを感じたり、体調が悪くなったりしたときだけ、そういった場所に、普段以上に注意が行ってしまうというくらいでした。
 まあ、それが、うつになった後には、身体反応がもう、嵐のように出てきて、訳が分からない反応や症状に、惑わされるばかりだったわけですが。
 そして、SIMTを実践するようになり、最初は、呼吸から、そして、身体の感覚にも、呼吸法を行いながら注意の分配をやっていくようになり、それが、毎日の日課となっていきました。
 そうすると、自分の身体反応や身体感覚に対する感度が、以前より、敏感になってくるのが、わかってきました。だいたい、実践を始めて、数か月はたったくらいからでしょうか。
 そうした、身体感覚に対しての反応が敏感になってくると、自分が怒ったときにどのような身体反応が起こるのか、どういった身体感覚を感じるのか、不安な時はどうか、悲しいときはどうか、調子が悪いときはどうか、気分がいいときはどうか、そういった情報が、多く集まってくるようになりました。
 それを積み上げていっている中で、上述のような、自分の感情に気がつくより早く身体反応に気づいて、自分の身体の反応で、自分の感情や思考、さらには本音、そういったものを教えてもらう機会が増えてきました。
 通常、身体反応は無意識の領域です。
 身体からは、皮膚や筋肉だけでなく、身体の内部、内臓などの状態も含めて、数限りない情報が脳に届いているはずです。
 でも、僕らはそういった情報に気づくことなく、日常を普通に生活できているわけです。これは、無意識の領域で、ちゃんと脳が、それらの情報を適切に処理してくれているからです。
 それに対し、僕らの意識が処理できる情報量はごくわずかです。このブログを読みながら、テレビを見つつ、音楽を聴いてる人はいるかもしれませんが、そこに計算処理や運動が加わったら、正直、こなしきれませんよね。
 意識が認識しているものってごくわずかなわけです。
 でも、無意識の反応の一側面が、そういった身体反応に表れているわけですね。
 その身体反応、身体感覚に注目するだけで、「どうしてだか、こうしてしまう」とか「理由はわからないが気分が落ち込んだ」といったときの、無意識にしてしまっていることに対する、ヒントがもらえるわけです。
  
 僕自身、上述のような身体反応からの気づきを得られたとき、その気づきのほとんどは予想外のものでした。
 「こんなつまらないことで、僕は怒りを感じてるのか」とか、「ここで落ち込む反応が出ているということは、その反応を引き起こした思考が走ったんだ」とか、さらには、「こういう反応がでたということは、僕は、こういう風に普段から判断している(つまりそういう本音をもっている)のか」といったことが分かったんです。

 だから、呼吸法をはじめ、僕がこのブログでは「ボディスキャン」と読んだりしている、身体の感覚への注意の分配などの基本的なスキルは大変大変、重要なスキルだと思います。レッスンの最初のころにやるスキルではありますが、繰り返し磨いていくことで、さまざまな気づきをもたらしてくれます。
 なぜなら、身体感覚を伴わない感情はありえませんし、そして、感情の変化のある時には、かならずそこに思考や本音が隠れているからです。

 今日は、身体感覚と感情は、同じものをみているのだよというところから、洞察のポイントについて書いてみました。
 ご参考になることがあれば幸いです。
 
 今年もこんなペースでぼちぼち進めていきますので、良かったらまたお立ち寄りください。
 ではでは、今日はこの辺で。
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訪問ありがとうございます。
 

鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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