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質問に答えて (働き出してからの調子の波とのつきあい方)

 今回は、前回の記事にコメントで頂いた質問に答えて、書いてみようと思います。
 お返事を書くにあたり、長くなりそうなこと、そして、体調が回復しだしてからの波とのつきあい方は、鬱からの回復過程ではおそらく誰もが経験するであろう課題であり、また、SIMTの講習期間である10ヶ月間以降になってから問題になることも多く、困っている人も多いのではないかな-と思い、新たなテーマとして取り上げてここに書かせていただきました。

 基本的な対処方法としては、SIMTの課題の中でやってきたことと変わりない方法で良いとは思うのですが、実際の所は、調子の波に対する方法といっても、かなり個人的な要素が大きくなり、例えば、その人がどんなリズムで生活をされているのか、実践の期間、現在のマインドフルネスの身につき方などで具体的な対処の内容はかなり変わってくると思います。
 
 なので、いただいた質問と、僕が存じている状況、それについてのあくまで僕の個人的経験から言えることに限られてしまいますが、今回、書いていってみようと思います。

 よかったらおつきあいください。

 ご質問下さった方は、1年8ヶ月ほど実践を続けられ、現在はバイトも週4日できており、かなり回復期に入ったている段階だと思います。そんな中で、いわゆる症状の波を経験されており、今回、質問を頂いているといった感じです。

 以下、質問内容、抜粋です。

 > SIMTを始めて1年と8ヶ月が経ち、始めたころに比べれば身体症状もかなり良くなり、またネガティブ思考の頻度やその強さも軽減してるように思います。
> ただ考えたり動けるようになった分、将来や就職についの焦りと現状でいることへの罪悪感(こんな歳にもなって情けない、周りは一人前に生活しているのに)を感じ、思考をめぐらせてしまうことが多くなりました(これも鬱の症状なのかもしれませんが)。
> ただまだ寝起きの不安、動悸、また意欲が沸かない、人の言動に敏感、嫌なこと、仕事に関することを見聞きすると調子を崩すといった症状があり(これも昔に比べればかなり良くなったのですが)、大きなアクションをするのは怖い、自信がないという状態です。ちなみに現状は週4日ほどアルバイトをしています。
> そこでko7さんにお聞きしたいのは、症状の波がある状態で普通の生活に戻らなくてはという焦りや罪悪感とどのように付き合っていったら良いかという点です。もちろん人それぞれなのでしょうが、参考にしたいのでko7さんの経験をお聞かせ下さい。
> お暇な時でけっこうですので、よろしくお願い致します。


 僕も同様の時期はありました。もちろん全く一緒ではありませんし、今も、同じような不安や焦り、そして体調の波がないわけではありませんが、以前ほどではなくなってきています。
 やはり、一度でも、鬱になり休職したり退職したりしていると、回復してきたとは言っても、仕事に復帰していく過程では、過去のつらい経験がありますから、かなり不安や緊張が高まります。だれでもできるような事をやると言っても、本人にとっては、仕事を復帰する、社会に復帰するということ自体がかなりのストレス経験なわけです。
 
 また、「動けるようになるにしたがって、様々な思考を巡らせてしまう」というのも、自然な経過のように思います。体調が本当に悪いとき、日常生活も困難なレベルの時には、身体も動かない、もちろん、頭も思考もまったく働かないわけです。頭の中には自分を責める思考や記憶が渦巻いて、それ以外のことは考えられません。脳の前頭前野の働きがストップしているわけです。
 でも、体調が回復してきて、考えたり作業をしたりすることができるようになると、結果、仕事も再開できるわけですが、それはつまり、いろんな思考を巡らすことが可能になってくるわけです。
 そうすると、今まで考えることすらなかった将来のこと、気づかなかった周りの状況、などいろいろなことが目に入り、想像して、不安や焦りが渦巻いてくるわけです。
 だから、これは、脳の機能が回復してきている兆候でもあるわけですが、ここでその使い方をうまくやらないと、この波に飲み込まれて、また体調を崩してしまう結果となってしまいます。
 鬱で苦しんだ経験のある人は、頭の中の神経回路自体が、様々な経験や体験をネガティブな思考や感情へとつなげる回路としてできあがっています。だから、頭が働き出す=ネガティブな思考もまわりやすい状態になっている、と考えられるわけです。
 おそらくこれが、鬱の回復期に、再発が多い理由かなと思います。

 だから、ネガティブな思考や、不安、焦り、こういったものが、仕事をし始めるくらいになると、良くあらわれてくるというのは、自然なことなのです。
 では、どうやってそれらとつきあって行けば良いかと言うことですが、基本的には、そういったものも「思考、評価」なので、早めに気づき、名前をつけ、注意作用を呼吸や目の前の活動、身体の感覚などにむけて、それ以上、ふくらませないといったことが中心になります。

 実は、この不安、焦り、罪悪感、といったものには、すべて「評価」が入っています。それも、自分の「独善的な評価」というものです。
 なので、それを思考のレベルでいろいろ考えて処理しよう、なくそうと思っても、消してうまくいきません。だから、できることは、「あ、今、評価したな」と気がついて、それまでその思考に使っていた意識を、「今、ここ」の活動にむけることが大切です。
 ここで、この「評価した」時点で、気分が落ち込んだり、どきどきしたり、身体の反応がすでに出ていると思いますが、それはすぐに消すことができないので、「身体反応、症状がでているな」と名前をつけて確認して、「今、ここ」に意識をむけつつ、呼吸法などで、落ち着いてくるまでやりすごすということになります。

 つまり、SIMTの実践の課題である瞑想や日中の洞察としてやっていたことを、実際の生活の場面で生じることに、どんどん使って行くということが、ポイントになります。
 ここでは、SIMTのセッションの後半でやった、「本音(ぼくは評価基準と言ったりしてますが)に気づく」そして、それについて、自分なりの課題を挙げて、それに対しての具体的な対処方法を挙げて試していく、という部分を、繰り返し繰り返しやっていくということになります。

 ちなみに、厳密に言えば、「評価」といっても、仕事や生活の場面では、起こってきたこと、自分の状態を「評価し、判断して」いくのは、必要なことです。そうでなければ、行動できません。

 では、何が、必要な「評価・判断」で、何が『独善的な評価・判断』なのか。
 僕が経験したところでは、瞬間的に、身体感覚や感情に変化が起こった場合は、それには「独善的な評価」といったものが、かならず入っているように思います。
 だから、不安になったり、焦りを感じたり、身体が重くなる、どきどきする、暗い気分になる、結果的にこういう反応が出たときにしている「思考」には、そこにかならず「独善的な評価」が入っているように思います。
 一方、そういったものが起こってこない評価や判断は、「観察、洞察」に近いもののように思います。
 例えていうと、観察日記みたいなものです。
 例えば、朝顔の観察をするとき、「今日の時点で、00cmの高さになった」とか「薄紫色のつぼみがこれくらい大きくなった」というのは、ただの観察であり、独善的な評価ではありません。
 そこに、「まだ00cmしかのびてない」とか「もう、こんなに大きくなった」とかいうのは、観察というより、そこに個人的な「評価」がかなり入っていますよね。

 なので、自分に起こってくる様々な現象や、今の自分の状態に対して、このただの「観察・洞察」という観点から、評価、判断をしていき、ただ、それだけを行なって、あとは「今、ここ」の呼吸や活動に意識を向けて行くことが大切です。そして、その結果変化して行った状態にも、ただただ、「観察・洞察」をしていくという。
 
 ただし、正直なところ、少し仕事をしただけで、自分に強い疲労感がでたりすると、「こんな仕事しかしていないのに」とか、考えて評価していがっかりしてしまうのは、もうしょうがないことです。
 このような評価を無理に止めるのは不可能ですし、そんな評価した自分を「また評価してしまってダメだ」とすること自体、あらたな評価になってしまうわけです。
 大切なのは、この評価してしまう自分、そして、今、それくらいのことしかできない自分の状態に対しても、「今、自分は、このような評価をした」とか、「今の回復状態はこのレベルなのだ」とか、できるだけ客観的な「観察・洞察」をしてあげて、あとは、それ以上、思考をふくらめないことが大切です。評価してしまう自分自身をも、「そのまま」にして扱うということですね。
 
 そういう事を繰り返して行くと、「こういう評価が今日は繰り返しでているな」「これは、疲労が出てきているサインだ」と、そこから自分自身の体調を把握するヒントを得ることもできるようになってきます。
 また、「こういう状況の後は、すぐに疲労がでるな」とか、「この仕事の時は、そこまで評価や思考をめぐらせず行えるな」とか、自分自身の今の状態、そして特徴を、知っていくおおきな手がかりになります。

 だから、波が出てきている現状は、自分の特徴をしるチャンスのなのです。
 そして、この特徴をいろいろつかんで、それに対しての対処方法もいろいろ選択肢をもっていけるようになると、より調子を崩しにくくなっていきます。
 ただ、この自分自身の特徴、つまり、どんなときに、自分はどんな状態になるのか、どんな反応がでるのか、といったことは、各々の個人によってかなり幅がありますし、そしてそれに対する対処法としては、どんな方法を今の生活の中で使うことができ、どのような効果があるのかも、それぞれの状況で大きく違うので、ここの部分が、自分で特徴をつかんでいき、自分で対処方法を試していくということが大切な理由になります。

 生きている以上、調子の波自体はなくなるわけではありませんが、こういった特徴がつかめるようになってくると、上がり下がりの幅は、かなり少なくなっていくようになると思います。

 これが僕が考える、調子の波や、それに対しての焦りや不安に対処していく方法ですが、もう一つ、こういった状況の中で、僕が悩んだ事としては、そういった波の中で、どれくらいのペースで仕事や活動の幅を広げていくか、といったことです。
 焦って広げれば、また体調を崩し、ダウンしてしまいます。かといって現状にとどまっては、いつまでたっても状況は好転しないように感じます。

 それについて書いて見ると、
 僕の経験では、自分の中に焦り、不安、迷い、があるうちは、無理に活動を広げない方が良く、今、できている実践を大切にして、それを丁寧にやっていった方が良いと考えています。細かい手法の変化や対処法の試しは色々やってみていいと思いますが、仕事を増やすとか、環境や生活のリズムを大きく変えることは無理してやらない方がいいということです。

 なぜなら、自分の中に迷いがあるという時は、すでに頭の中で、「こうした方が良いはずだ、こうするべきだ!」と思いながら、身体や感情部分では「でも、それは無理かも」という状態のわけです。
 鬱になる人の特徴として、ついつい頭の中で勝手にゴールや基準を設定して、それに自分を合わせようとしてしまうということがあります(これは僕だけの特徴かもしれませんが)。
 なので、回復へ大切なことは、今、自分の体調、現状を、頭の独善的な評価をせずに、率直に受け止め判断することです。
 この率直に受け止めるということに関しては、身体感覚の方が、正直にそれを反映しているように思います。だから、そういうときは、身体の反応に素直に従って上げた方が良いかなと思います。
 これも、「今は、この程度疲れているな」とか、「今日のやる気は00%程度だな」など、観察をして、それに併せてその日の行動をとっていくということです。このときに、「こんなに疲れてしまっている」とか「今日のやる気は00%しかないよ」という思考は、独善的な評価が入ってしまっています。あくまで「観察・洞察」に徹していくということです。
 
 もし、やれるタイミングがくるとするなら、その時は、頭の部分でも、「やれるはずだ」となっており、身体も「やってみたい」となっているので、すでに自分の中に相反するものがなくなっていますから、その時は、「頭で考えるより先に、もうそのことを実践している」という状態になってきます。迷う必要がなくなるような。タイミングが来れば、スッと自然に一歩を踏み出してしまいます。

 だから、迷いや焦りを感じるうちは、すぐには動かず、今の事を丁寧にしていく、それを続けていく。そして、そうしていることで、機が熟せば、自然と物事は動いていくように感じています。
 この辺の判断は、いくらやっても難しいところではありますが、上記の「観察・洞察」を丁寧に続けていくと、自分の中の「焦り」や「迷い」の存在にも鋭敏になってくるので、見極めがしやすくなるように思います。

 あと、仕事を始めるようになってから、難しくなってくるのが、基本的な瞑想や洞察をする時間を確保することです。

 ただ、僕自身の経験から言えることは、やはり、日々、時間をとって静かに瞑想しながらやる洞察や呼吸法などは、それがなくなってしまうと、どうしても、上記で書いた、日常の生活の中での「観察・洞察」をするための意識のアンテナのようなものの感度自体が鈍くなっていってしまうように思います。日常の様々なイベントに飲み込まれて、洞察ができなくなっていってしまいます。

 だから、可能であれば、5分でも10分でも時間をとって、瞑想や基本的な洞察の訓練を作ることをおすすめします。
 それば無理であれば、行き帰りの電車など普段の生活の中で習慣にするでもかまいません。
 ここでも、長時間を確保する必要はなくて、大切なのは、短い時間でも、1回1回の瞑想や洞察を丁寧にやることです。練習の質を高めるという感じでしょうか。これは、僕自身への自戒の意味も込めて書かせていただきます。

 さてさて、つらつらと僕なりの対策法を書き連ねてしまいましたが、質問者さんのお役に立てるかどうか。。。。
 でも、僕自身、そういう波の大変な時期を経験した中で、その波そのものも、一つの「特徴」として、あまり評価をせず、ただ洞察、観察をする感覚を掴めるようになってくると、すごく生活も楽になってきて、そのうち、波自体も自然と収まってきました。

 質問者さんが感じるような不安や焦りは、僕ら、鬱の体験者がみんなかならず体験するものなので、ぜひ、そのこと自体には不安にならず、丁寧に実践をお続けになっていただけるといいと思います。
 そうしているうちに、脳も使う機能は使うほど強くなり、使わない物はどんどんなくなっていくので、ネガティブ回路も自然と消失していき、思考の内容自体も、ネガティブなものが少なくなっていきますよ。

 安らぎの時間が少しでも多くなることをお祈りしております。
 
 ではでは、今回も長文、おつきあいありがとうございました。
 またよろしくお願い致します。

疲労と気分の関係(運動とのかかわりと、自分の症状の特徴のつかみ方)

 すっかり更新が遅くなってしまいました。

 先月は、後半にマインドフルネス研究発表会に行ってきたり、その後、風邪をひいてしまったりとなんだかバタバタとしていました。

 研究発表会では興味深い話が色々と聞けました。
 マインドフルネスの身体性とか、瞑想により使われている脳の部位こととか、自分が行なっている瞑想や洞察、その方向性が、大きく間違ってはいないんだなということが確認できたのも収穫です。

 その中で、印象深かったこととして、マインドフルネスはやはり実践を続けていくことが大切だと日々感じているのですが、SIMTを考案された大田先生も、SIMTを使って支援を始めて20年以上になるが、未だに基本的な洞察や実践を続けていらっしゃるということでした。

 やはり、考案者の人が誰よりも実践を続けていて、それを体現していくというのは本当にすごいことだし、だからこそSIMTは実際の治療の場面において効果があるのかなと思う。
 単なるテクニックというだけでなく、もっと深い部分での変容が促される理由はそういうところにあるのではないかと思います。

 さてさて、それはさておき。

 今日は、疲労感や疲労と気分との関係について、僕の考察を書いてみたいと思います。

 運動をしたり、イベントに出席したり、テレビを集中して見続けたり、そういったことをやると、その後、当然の事ながら疲れが出ます。そして、経験上、こういった疲労や疲労感が出ているときと言うのは、大変、体調も悪化しやすく、気分的にも落ち込み気味になり、ネガティブな思考が繰り返されやすくなります。
 ここで、対応を間違うと、悪苦循環に陥って、坂を転げ落ちるように体調の悪化、気分の悪化、場合によっては希死念慮まで出てきてしまいます。

 運動も、ある程度のレベルまでは、身体を活性化し、むしろ気分をリフレッシュして良くしてくれる効果があるようですが、ある程度以上になると、疲労感が増し、鬱気分などは悪化するようです。
 しかし、このある程度を、自分なりに見つけるのが難しいです。
 
 僕の経験では、運動などは短期的には、気分を高揚させたりリフレッシュさせたりする効果があるように思います。
 しかし、肉体的な疲れは、翌日~3,4日かけて出てきます。
 僕なんかは、最近は筋肉痛も翌々日にでるので、運動後翌日は意外と身体も大丈夫で、まだ気分的にも少し元気になっている印象が強いくらいでした。でも、翌々日に筋肉痛がではじめるのと共に、なんだか気分も落ち込み気味になっていって、それに伴い、ネガティブな思考が走りやすくなります。

 運動自体に、鬱を改善する効果があることは間違いないですし、長期に続けていくことで体力がついて、徐々に気分も落ち込みにくい身体をつくることができます。SIMTの課題でもありますが、瞑想をして洞察や注意力のコントロールを身に付けていくことも大切ですが、同じくらい身体を作っていくことも大切です。

 だから、そのやり方がすごく大切になるというわけですね。

 僕なりに考えたポイントとしては、
 ①運動の内容は、「もうちょっとできそうだな」と思うくらいで留めて置く、もしくはその程度の内容にする
 ②呼吸法を活用し、やり過ごすことを覚える。

 この2点です。
 ①としては、運動というと、自分の今の体力や状態を見誤り、ついついやり過ぎてしまうことが少なくありません。
 「運動したぜ!」という実感があるくらいだと、おそらくすでにやり過ぎかもしれません。
 疲労感が出てきたときの、ネガティブワールドに引き込む力はかなり強いので、甘く見てはいけません。
 何より、続けていくことが大切なので、「もうちょっとやった方が、効果がでるかなー」とか感じるくらいの軽度の運動を、とにかく毎日とは言わなくても、続けていくことがすごく大切だと思います。
 このあたり、瞑想を続けていくのに、1時間がんばってやって、そのあと1ヶ月やらないより、5分でもいいので、毎日やった方が、洞察や注意力のコントロールが身につくのに似ているかも知れません。

 SIMTの中では、フリフリグッパーという体操を歌を歌いながらやるという運動などが紹介されていますが、リズム運動や体操などがいいようです。
 僕もいろいろとやってみましたが、中々、ウォーキングや水泳は続きませんでした。ついついやり過ぎゾーンになり、その後に疲労の波がやってきて、 続けることができませんでした。
 今ならもう少し続くかもしれませんが、状態がつらいときにはなかなか難しかったです。
 僕が個人的に続いたのは、簡単なヨガでした。
 You tubeに載っていたりする、初心者向けの動画を選んで、毎朝と毎晩、「朝のヨガ」「夜のヨガ」というのをやってました。
 これをやるときのポイントが、ストレッチしようとはせず、行動時自己洞察の課題のつもりでやることでした。
 今の身体の動きに焦点を当て、他の事を考えそうになったら、自分の身体の感覚に意識を戻すようにして、ゆっくりとやっていくことを意識しました。実際に、体操自体も気持ちいいものなのですが、瞑想の実践と同じで、気持ちよさを求めず、ただ、意識を身体にむけてやることだけを考えて、起床時と寝る前に習慣にしていきました。
 体操自体は10分程度の簡単なものでしたので、全然疲れる程のこともなかったのですが、これを続けられたことが、身体のベースを保っていく上ですごく良かった気がします。
 どんな運動がいいのかというのは、すごく個人的な興味にもよるので、様々だと思いますが、とにかく、「こんな程度で足りなくないか」と心配になるくらいのものでいいので、続けることがいいんだと思います。

 ②の呼吸法でしのぐということですが、疲労感は、毎日の生活をしていくとどうしてもでてきてしまいます。
 その時に、ネガティブな思考にいっていることに気がついたら、すぐに、「今、ここ」に意識を戻すように繰り返します。
 疲労時のネガティブパワーはかなりつよいので、意識的に、呼吸に意識をむけて日常生活の中での短時間呼吸法を繰り返して行くといいように思います。
 ありがちなミスは、疲労感をなんとかしたくで、また、疲労感にともなう鬱々とした気分をなんとかしたくて、それを改善させるために、気分転換の外出や運動をさらにしてしまうということです。
 多くの場合、さらに疲れが増して、改善しないことにさらにネガティブな思考が働き、悪循環に突入していきます。
 
 ネガティブパワーを感じる程の疲労感があるときには、すでに身体は危険水域を越えて疲れていますので、そういうときは、とにかく身体を休めて時間稼ぎをするしかありません。逆に言うと、時間稼ぎさえできれば、必ず身体は回復してきます。
 その時間を稼ぐための手法として、呼吸法や瞑想といった時間を自分の習慣にいれて、日々実践できるように練習しておいた方がいいです。そうでもしないと、どうしても気分転換の方向に言ってしまい、もしくは時間をもてあまして、ネガティブ思考を巡らせる悪循環になりがちだからです。
 この呼吸法や瞑想と親しんでおくというのはとても大切なことに思います。

 さて、僕の経験上、運動や活動時の数日後にくる、比較的早期の疲労感とは別に、割と大きなイベントや運動などだと、1週間~10日後くらいにでてくる精神的な疲労感というのがあるというのがわかってきました。
 これは僕だけかもしれませんが、僕自身、この存在に気がつくまでに結構時間がかかり、振り回されてしまったので、ここの書いておこうと思います。

 イベント後、1週間~10日くらい後なので、もう肉体的な疲れはあまり残っていないと思うのですが、どうも、やる気がでない、何をするにも面倒くさく感じてしまう、いつもよりイライラしている感じがある、などの症状がその頃に出てくるようなのです。
 だいぶ時間がたっているので、自分でもその原因がわからず、でも、気のせいだと思って、無理に動こうとすると、さらに気分が悪化していくということがたびたびありました。

 だいたい兆候としては、いつもだったら何とも思わないでしていることが、する前に「面倒だな」という感覚というか思考というか、一瞬、そういう評価が自分の中で走るようになります。そして、子供や妻の言葉に、どうも感情が引っかかることが多くなります。これがいつもよりイライラしているという感じです。

 そういった兆候があるときを、自分で洞察して、でも評価はせずに、名前をつけていくと、どうも、イベントから10日前後でそういった兆候がでてくることに気がつきました。
 身体的疲労感ではなく、精神的、気分的な兆候がメインです。

 このときの対処法も基本的にはかわりなく、呼吸法でしのぎつつ、ネガティブな思考が走ったら、早めに止めて、今に意識を戻す。そして、新しい事や、気分転換を無理にはからず自然に回復してくることを待つというのが、対処法です。
 その波の程度にもよりますが、3~4日もあれば、だいたいこの波は去っていくことが多い印象です。

 鬱の改善過程において、この体調の波、つまり疲労感や気分が落ち込みの時間とのつきあい方はすごく重要です。
 なぜなら、改善の過程において、かならずこういった波がでてくるからです。
 
 波を無くすことはできません。波があることは自然なことだから。
 大切なのは、その波の特徴をつかんで、自分なりの対応ができていくと言うこと。
 つらいときのも、何でもできるスーパーマンになることが大切なのではないのです。
 つらいときには、必要なだけ休めるようになり、また自分で回復していけることが大切なのです。
 そうすれば、元気になったときにまた活動をできます。

 今日、書いたのは、僕自身が自分で体験した僕の疲労感の、調子の波の、特徴です。
 おそらく、こういった症状の波や疲労の特徴は、かなり個人差があると思います。なので、この特徴をしっかりつかんでいくことが、SIMTのセッション後半で、症状のさらなる改善を目指すときに大切になってきます。

 ただ、忘れてはならないのが、この特徴をつかむというのも、決して、「これが特徴かな、あれが原因かな」と思考に思考を重ねてひねり出すものではないということです。それをしてしまうと、ネガティブ思考に巻き込まれて途端に調子を崩してしまいます。

 それぞれの調子の波を、その時は、ただ、「気づいて、名前をつけて、置いておく」、評価しそうになったら、思考に入りそうになったら、「呼吸法でしのぐ」ということを繰り返して行くことなんです。そうするうちに、フッと、「そういえば調子が悪くなるとき、いつもこういう事が起こってるな」とか、「いつも自分の中でこんなことが起きてるな」ということが見えてくる瞬間があるんです。
 確かにこの気づきも思考なのですが、「原因はなんだろう」と考え出すということではなく、自分の行動や生活を振り返ってみるとしても、あくまで一瞬の事です。名前をつけつつ、その一瞬の確認を続けるうちに分かってくるのが、自分の症状の波の特徴です。

 ちょっとしつこくなってしまいましたが、とても大切なポイントなので書いてみました。

 今日は、疲労感と気分について、運動継続のポイント、自分の症状の波のつかみ方といった事について書いてみました。
 結局、ここでつかうスキルも、セッション前半で習う基本的な呼吸法や洞察の方法と同じです。
 大田先生も、未だにやっていることは基本的なスキルの実践を続けることだと思います。
 ただ、それを日常生活のいかなる場面でも、実践していく、これが難しく、そのために、日々の精進が大切なのだと思います。

 何かのポイントになれば幸いです。
 ご意見があれば、ぜひコメントしてください。よろしくお願い致します。
 ではでは、今日はこの辺で。長文、読んでくださってありがとうございます。

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プロフィール

Ko7

Author:Ko7

訪問ありがとうございます。
 

鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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