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間が大切!!

 お盆も過ぎ、夏の疲れが出る頃です。
 私自身の特徴としては、身体の疲れ(筋肉痛や身体疲労)は、イベント後、2日目にピークし、数日で改善。精神的な疲れ、疲労感は、イベント後一週間後にピークに達して、その後数日で改善するという印象があります。身体の疲れと精神的な疲れ、やる気のなさが出てくるのって少しずれるんですよね。なんか、やる気がでなかったり、「調子がいまいちだなー、なんでだろうなー」と思っていると、1週間くらい前に慣れないことをやっていたり、大きなイベントがあったりすることが多かったです。もちろん、イベントの大きさや疲労の程度で、回復の時間も変わってくるのですが、自分自身のこの特徴を、この2年の洞察の中で学んできました。
 こういったことが分かってくるだけでも、今の調子の低下が何によるものであるが、そしてどのような経過をとる可能性が高いのか、ある程度予測がきくようになって、それだけでも、調子を大きくは崩しにくくなります。
 洞察と日記を続けて行くと、こういう気づきも出てくるので、ぜひ、実践中の皆さんも、ご自身の特徴をいろいろと発見してみてください。誰に言わなくても、自分だけがわかっていればいいですし、自分の事について理解することが何より大切なことかと思います。

 さて、今日は、セッションとセッションの間の過ごし方というか、日本独特の文化でもあるこの「間」(ま)にも思いをはせつつ書いてみようと思います。

 SIMTのセッションをやっていると、いろいろな疑問がわいてきます。「本当にこれでやり方はあってるのか」、「自分の瞑想や洞察はうまくいっているのか」、「私は本当に良くなっているのだろうか」などなど。
 この疑問が浮かぶという状態は、なんだかふわふわとしているような、頼りないような、正直なところあまり居心地のいい状態ではないと思います。何か、確信や確固たるものが欲しくなります。
 私の場合、そんな状態でセッションの日を迎え、そこで先生の話を聞いて、「ああ、自分は間違ってなかった」とか、「次はこういう風にやっていけばいいんだ」と方針を見つけたりして、次の1ヶ月間の実習をがんばってきました。そして、また1ヶ月実習をやっていると、新たな疑問や課題が見つかってきて、不安になったりして。。。。という事を繰り返して来たように思います。

 こう書くと、「なんてセッションて大切なんだ」、「セッションにでることが意味のあることだ」と感じますが、果たしてそうでしょうか。
 確かに、セッションで得るものは大きく、そのセッションの中で大きな気づきが得られると、心もすかっとして気分がいいです。なので、セッション自体の大切さを否定するつもりはありません。

 でも、セッション自体もとても大切なのですが、もし私が、「セッションが大切で、セッションに参加したときに学んでくればいい」と、ただ1ヶ月間、何もせずに、セッションだけを繰り返し受けていたとしたら、同じような気づきが得られたでしょうか?
 私自身、今になって考えた時に、そうは思わないんですね。
 結局、セッションでどれだけのものが得られるか、というのは、セッションとセッションの間の1ヶ月に、どれだけ真摯に実践をし、自分に向かい合ったかというということによるように思えるんです。
 やってる方としては、ついつい、セッションに行くといろいろ学べた気がして、そちらに方が大切に思えるんですけどね。
 セッションとセッションの間の悶々としている時にくらべたら、きっと、そういうセッションで大きな気づきを得られたときは、周囲から見ても、表情も明るくなり、新たな目的もみつかったりして、おそらく大きく変化しているのがわかるくらいなんじゃないでしょうか。
 でもその変化をもたらしたのは、まさに、その気づきまでにどれだけ試行錯誤したかということだと思うんです。

 これは、まるで、バネが大きく弾む前に、ぐーっと小さく縮まる時が必要なようなものだと思うんです。
 そとから見ると大きな変化はないかもしれません。むしろ窮屈そうに縮こまっているように見えるかもしれません。自分がバネだとすると、高みを目指して上を見ているのに、バネが縮む時には、むしろ自分が下がっていってしまっているような気がします。後退しているのではないかと不安になります。でも、その時があるから、タイミングが来た時に、大きなジャンプにつながるわけです。ジャンプが大きいから、ついついジャンプの高さばかりに眼が行きがちですが、そのジャンプの高さを決めているのは、その前の縮まり具合による訳です。

 何が言いたいかというと、セッションとセッションの間に、自分の中で疑問が見つかって、自分なりに実践の中で試行錯誤したからこそ、その答えやヒントが与えられたときに、「それだ!」という気づきが得られるのではないかと思います。セッション直後は、すべて理解した気がします。でも、実際に実践していこうとすると、細かい点で疑問がわいてくるものなんですね。姿勢をどうするの?とか、瞑想の時間はこれくらいで足りてるの?とか、洞察はうまくいっているのだろうか?とか。でも、実践をしていないと、分かった気になっているだけで、自信はあるかもしれませんが、そこに前進はありません。
 延びきったままのバネでは、それ以上、いくら押しても跳べるわけないのと同じですね。
 そう考えると、セッションも大切だけど、むしろ、セッションとセッションの「間の時間」にこそ、その本質があるとも言えると思うんです。
 この「間が大切」という考え方は、古来から日本人が大切にしてきた考え方だと思います。
 
 点と点があったら、その点に大きな意味があるというより、その点と点の間の空間が、その点を「たらしめている」、その点に「意味を与えている」といったような考え方だと思います。
 
 そこには、何もないからこそ、眼に見える形がないからこそ、多くのものが含まれている、その中にこそ、本質がある。

 すばらしい考え方ではないでしょうか。

 SIMTで瞑想をしたり、マインドフルネスに過ごしたりしているうちに、そんな事を考えました。
 私たちは、ついつい眼に見える結果とか、形になるもの数えられるに、ついつい価値を見いだしてしまいがちです。
 でも、セッションとセッションの間のもやもやとした時間のように、我々が「意味がない」とか、ネガティブにとらえてしまいがちなところにこそ、大切なものが含まれているのかもしれません。

 今日は、すこしマインドフルネスと離れた話になったかもしれません。
 でも、SIMTが、日本で熟成された禅の思想の中から生まれていることや、日本文化に深く根ざした、より深いマインドフルネスを目指すときに、こういうことは決して無関係な話しではないように、私は思います。

 実践されている方の中には、そんなこと知ってると思っている方も多々いるとは思いますが、おもしろいなと思ってくれる方がいらっしゃったら、何よりの喜びです。

 ではでは、また次回。

SIMTのアプローチするところ(物事の認識のステップの中で)

お盆の帰省中は、すっかり生活のリズムが変わりました。違った場所や環境で、瞑想をしてみると、またいろいろと違った事に気がつきます。やはりドタバタの中で、瞑想や洞察にさける時間は減っていましたが、それでも、時間を見つけては洞察や瞑想をやるようにしていました。とにかく日々に取り入れること、少しでも続けていくことが大切だと思っています。

 さて、今日は、私たちが、物事を認識して、どう頭の中、心の中で処理をされているかという事を通して、マインドフルネスが、どこに作用しているのかという点について考えてみたいと思います。

 通常、我々は、外界(環境)や内界(心の中、頭の中)で生じた刺激を、五感でキャッチし、それを認識し(言葉レベル、思考レベル)、それに解釈を加え(解釈・判断)、その結果として感情や身体反応が生じ、最終的に何らかのアクション(行動)を起こしています。

 これを模式化して書くと次のような感じです。

  ①(外界から、内界からの)刺激 → ②五感+③認識(言語・思考) → ④感情、⑤身体反応 → ⑥行動

 例を挙げてみると、

  ①リンゴをみる → ②視覚でリンゴの画像をキャッチ+③同時に、それを「リンゴ」と認識 → ⑤甘酸っぱい味が口に広がる → ⑥手にとってみる

 このとき、リンゴが好きな人があれば、③の「リンゴ」と認識したと同時に、「うまそうだな」という思考が入り、その後、④として、快の感情がわいてくる、かもしれません。
 リンゴがきらいな人であれば、この③と同時に、「うわ、まずそう」という思考が入り、④として、不快な感情がわいてくるでしょう。

内界からの刺激の例を挙げてみると、

  ①全身のだるさ、重さ → ②全身の触覚にて感知+③それを「全身のだるさ、重さ」と認識、不快な感覚と判断 → ④気分が滅入る、⑤さらに身体が重くなる、涙が出てくる → ⑥ベッドに倒れ込む、泣き続ける


 このようにして、すべての事象には、時間の長短はあれど、このステップが頭の中では行なわれています。
 そして、この作業は、無意識に、ほぼ自動的に行なわれているので、中々、改めて気がつくことはないですが、我々の頭の中で行なわれる情報処理のほぼすべてが、この模式図で説明することができます。
 
 さらに、この④感情、⑤身体反応が、新たな刺激①’となり、その①’に対して、②五感でキャッチし、③認識と、反応が続いていくこともあります(多くの場合、この営みがしばらく繰り返される)、 そして、最終的な⑥行動となり、外界に対して何らかの反応をしていきます。
 これらの反応が、同時に多重にそして、枝分かれして行なわれていくと複雑に見えますが、基本的な構造は、この模式図の通りです。

 様々な心理療法などは、この一連の過程のどこかにアプローチしているわけです。
 
 認知行動療法やマインドフルネスがアプローチしているのは、③の認識(言語・思考)のステップです。
 ここのステップをすこし詳しく説明すると、外界や内界の出来事①が、五感への刺激②として脳に伝わります。
 そして、その刺激に対して、過去の経験などからラベルが言語として与えられます(③の最初)。
 例えば、リンゴを見たとき、その瞬間には、赤い物体の映像そのままが視覚情報として飛び込んできますが、脳に伝わった瞬間、それは、「リンゴ」というラベルを与えられる訳です。
 そして、「リンゴ」というラベルが与えられた瞬間に、今度は「リンゴ」に関しての過去の経験や情報などが、一瞬にして処理され、「おいしそうだな」とか、「食べたいな」などの思考や解釈・判断が生まれます(③の後半)。
 
 これが、痛みや身体の重さなどの場合も、それ自体、ただの刺激でしかありませんが、それが脳に伝わり、「痛み」とか「全身倦怠感」とかのラベルを与えられ、それが自分の中の基準において、「不快な物だ」とか、「これから調子が悪くなる」など、自分の解釈や判断が生まれるため、その後の「不快な感情」や「心臓がどきどきする」などの反応へと続いて行くわけです。

 前回、お話した、鬱においては、ネガティブな思考そのものよりも、ちょっとした刺激に対する反応性の高さが、鬱の再発の原因になっていると書きましたが、この模式図でいうと、③の認識だけではなく、③の特定の認識・解釈と、それに伴う④感情・反応の結び付きが強化されているということになります。再発を繰り返すほど、この結び付きが強くなっていき、些細な刺激でも、特定の思考や解釈、そして、それに伴う感情や身体反応が簡単に引き起こされるようになってしまっているんですね。

 ここで、認知行動療法では、この③における認識・解釈を取り上げ、それを検討し、その判断・解釈をより有用なもの、妥当な物へと変えていきます。
 痛み刺激により、「痛み」というラベルがつけられたとき、「こんな痛みでは何もできない」「もっとひどくなるんじゃないか」といった思考から、不安や動悸などの感情や反応が出るとき、その「痛み」は、本当に何もできないほどの痛みか?何ができて、何ができないか?など、自分の中で行なわれていた自動的な反応を、一度、紙に書くなどして、外に出し、新たな視点でその解釈を再評価していきます。その結果、「痛み」は同じですが、「思ったよりいろいろなことができる」「ひどくならない時もある」といった事に気がつき、その後の「不安」や「動悸」などの反応が以前ほど強くなくなるというわけです。そして、こう言ったことを繰り返して行く中で、この「解釈」の癖が少なくなり、結果として、特定の「思考や解釈」と特定の「感情や身体反応」との結びつきが弱くなっていき、再発や調子を崩したりすることが、少なくなるということになります(理想的にいけばですが)。

 ここで、マインドフルネス、SIMTのアプローチでは、
 刺激があったら、その刺激をできるだけ、そのままにすることを目標にします。
 痛みが生じたら、それを五感で感じ、「痛み」と認識されます。そこで、その「痛み」に対して、様々な評価や思考が起こるわけですが、その評価をできるだけせずに、「痛み」を痛みのまま、そのままとするようにします。
 でも、これが、中々難しいわけです。
 「痛み」に対して、それに伴う評価や思考は、ほぼ自動的に生じてきます。もう、無意識の中で生じてくるので、最初は、「痛み」を感じると、瞬間的に「不安」や「動悸」が生じてくると感じるかもしれません。ステップ②五感からステップ④、⑤の感情、身体反応まで、瞬間的に生じてしまっているように感じます。

 そこで、SIMTでは、最初は、呼吸に意識を向けて、まず自分が「考えているのか、いないのか」というところから洞察を始めます。そして、自分の中で生じてくるすべての作用に「感覚」とか「思考」とか「身体反応」とかの、名前付けの練習をしていきます。
 この練習を、丁寧に丁寧に進めていくと、以前は、「痛み」の刺激から、「不安」や「動悸」が瞬間的に、自動的に起きていると思っていたのが、その「痛み」の刺激に対して、自分の中で何らかの思考や評価が行なわれていることに気がついてきます。
 でも、この時点では、起こることは起こっているので、「痛み」に対して「不安」や「動悸」が同じように起きています。ただ、その過程がもう少し詳しく見えてくるわけです。
 起こっていることは同じなので、何の変化もないように感じますが、この『過程が見えてくる』ことがすごく大切なことなんです。
 「痛み」に対しての、「思考、解釈・判断」といっても、よくよくこの過程をみていくと、この「思考・解釈・判断」もひとつの思考だけではなくて、いくつのも「思考や判断」が積み重なっていることが多々あります。そして、多くの場合、その解釈の結果生じる感情や身体反応が刺激となり、またそれに対しての思考や解釈が続くという、ループを限りなく繰り返していることが多いです。
 そこで、その過程に気がつけるようになると、その過程の途中で、「今、思考に走ったから、その意識を呼吸に向けよう」と、その悪循環を止められる可能性が出てきます。
 まあ、そうは言っても、すぐには止められず、またすぐに思考や評価が始まり、その結果の反応は出てしまうのですが、その都度、丁寧に呼吸に意識を戻していくことをトレーニングしていくと、「痛み」の刺激から、早い段階で、その思考・評価にブロックをかけることができるようになります。それが早くできるようになればなるほど、その後の「不安」や「動悸」の反応も少なくなってきます。

 これが、SIMTにおいての悪循環の止め方です。

 SIMTを学ぶ上で、まちがえやすいのは、いきなり「不安」や「動悸」などを止められると思ってしまうことです。
 「不安」や「動悸」といった④感情、⑤身体反応の段階は、もう自然に起こっていることなので、これを止めることはできません。
 その前段階の③思考や解釈・判断をしてしまったら、もう、④⑤といった感情や身体反応は出てきてしまいます。
 この思考や解釈をほったらかしにしたままで、④⑤の感情や身体反応を抑えることは決してできません。
 そして、もう出現してしまった④感情や⑤身体反応は、出現してしまった以上、すぐに消すことはできません。無理矢理消そうとするあらゆる行為や方法は、多くの場合、むしろ悪化させてしまうことが多いです。この場合、時間のみが一番最良の解決方法であることが多いです。
 なので、起こってしまった感情や身体反応は、それ以上、悪循環にいかないように、やはり、思考や解釈をできるだけ、止めて、呼吸に意識を向けつつ、時間がたつのを待ちます。数時間か、数日か、その起こってしまった感情や身体反応の大きさにより必要な時間は様々ですが、時間が経てばかならず、落ち着いてきます。

 なので、SIMTの効果がでるまでには、必要な段階があります。
 まず、呼吸に意識を向ける事を身に付け、その中で、生じてくる事に名前をつけられるようになること。
 1~3くらいのステップでは、とにかくこのことを、身に付けられるようにトレーニングしていくことが大切です。
 この段階では、まだ症状に変化は感じないかもしれません。でも、まずは、この段階を丁寧にやり、呼吸に意識を向けること、感覚に意識を向けることなど、注意や意識を自分の意思で動かすトレーニングをすること、そして、現象に名前をつけるトレーニングをすることが大切です。

 その結果、次の段階では、自分の中にありがちな過程が見えてきて、③思考、解釈・判断の段階に、ストップをかけられるようになります。ここで、大切なのは、思考や解釈を止めようとして、内容を変えようと思わないことです。「もっとこういう風に考えてみよう」とか、「ポジティブにならなくちゃ」など思う必要はありません。そうしようとすると、さらに③思考、解釈・判断からの悪循環のループに絡みとられていきます。
 大切なのは、③に気がついたら、それ以上、そのステップを続けないように、意識を呼吸の方などに向けてあげることだけです。
 でも、これを少しずつでも続けていくと、以前よりも、「感情」や「身体反応」が悪化しないことが少しずつ実感してくると思います。
 しかし、この時点では、またつらい「感情」や「身体反応」はあります。なくなるわけではありません。あくまで以前ほど悪化しなくなるといことです。

 そして、この基本的なトレーニングを続け、ブラッシュアップされていくと、さらに早い段階で、自分の中の③思考や評価を止められるようになってきます。いままで自分ではきがつかなかった評価や思考にも気がついてくるかもしれません。そうすると、もう「痛み」といった刺激があっても、「感情」や「身体反応」が出ても気にならない程度で③の部分をブロックできたり、さらには、③の思考や評価の基準自体が、変わってくることがあります。
 こうなると、症状はもうでることもなくなってきて、かなり改善が実感できていると思います。

 今回の内容は、すごく大切なことだと思います。
 なぜなら、多くの場合、鬱で苦しんでいる人にとって、この「感情」や「身体反応」といった症状がつらいから、それをなんとかしたくて、このSIMTを始めるわけです。でも、この「感情」や「身体反応」を最初から消そうと思えば思うほど、SIMTはうまく行きません。
 なぜなら、「感情」や「身体反応」そのものは、僕らの意思の力ではどうにもできるものではなく、むしろどうにかしようとすることで、悪化させてしまうからです。
 でも、SIMTのステップを丁寧に実践していって、この③にアプローチできるようになってくると、自然と、その結果の④感情や⑤身体反応は変化して行きます。
 ここが、以前から何度も書いている、『SIMTはそれ自体、症状などを消す物ではないけど、SIMTを続けていれば、結果的に症状は軽くなるよ』と言っている部分なんですね。

 今日は、すっかり長文になってしまいました。
 でも、SIMTを実践していく上で、すごく大切だと感じた事をなんとか文章にできたかなと思います。
 おつきあいありがとうございました。何か参考になったことがあれば、幸いです。
 
 つらい症状に向き合われている方も多いと思います。ぜひ、あきらめずに実践を重ねていってください。
 

瞑想をするときの姿勢についての考察

今日は、瞑想中の姿勢についての考察をしてみようと思います。

というのも、先日、姿勢についての質問を頂いたからです。それをきっかけに、実践の中で自分なりに考えた事を書いてみようと思います。あくまで私の一意見ですが。。。。

 まず、大田先生のこの本からの抜粋です。



 セッション1の洞察実践1の「ゆっくり呼吸法」のところですが、姿勢などについては、以下のような記述があります。
「眼をあけたままで行ないます。・・・・・・・・・目の前の壁、障子などを見ながら、呼吸法を行ないます。視線は、前方、やや下に向けます。周囲に音がしても、それを聞きながら行ないます。おしりの下に座布団などを敷くと楽です。椅子に椅子に座って行ってもいいでしょう。背筋をまっすぐにして、猫背にならないように注意します。」

 おそらく、これが基本的な姿勢になると思います。
 座禅などでは、姿勢を厳しく言われるところもあるようですが、それに比べると、「眼はあいていた方がいいよ。視線は少し下くらいがいいよ。椅子に座っても、座布団使っててもいいよ。背筋は伸ばした方がいいよ」といったくらいです。

 おそらく、ここからは本当に僕の推測になりますが、これは、「こういう姿勢でなければならない!」と言ったものではなく、大田先生が、自分の実践を通してSIMTを作り上げている中で、「最初はこんな感じでやった方が、洞察が深まりやすいよ、長時間やりやすいよ」と、経験の中で実感されたことを私たちに勧めてくださってるんじゃないかなと思います。
 ご本人に聞いたわけではないので、あくまで推測です。

 というのも、僕自身もやっぱり続けて行く中で、こういう方が、瞑想をやっていくのにやりやすいんじゃないかなーと実感しているからです。だから、ぶっちゃけ、眼をつぶってやるほうがやりやすい人は、それでもいいと思います。ソファーに深く腰掛けて、猫背でやるほうがやりやすいなら、それでもいいかもしれません。

 ただ、私の経験上、眼を閉じてやっている時は、意識が思考に流れやすく、またそれに気がつきにくい印象があります。また、あまりゆったりした姿勢でやりすぎると、眠くなりやすいといったこともあります。そういった点を踏まえていくと、やっぱり、眼をあけて、ある程度、椅子に腰掛けたりして、楽な姿勢ではあるけど、背は持たれず、背筋を伸ばしてるくらいでやる方が、気持ちが集中しやすいなという感じがします。

 とはいえ、仕事に行くときに電車の中でやるときは、眼をあけて1点を見つめているのも、他人から見ると変に見えそうなので、眼を閉じてやっています。背もたれにも寄りかかっています。なので、時と場合で、使いわけている感じです。

 こういったように書いていくと、では、本人が良ければ何でもいいのかという話しになりますが、究極的に言うとそうかもしれません。大切なのは、自分で色々試してみて実感として、どう感じて行くのかということだと思います。

 ただ、はじめからどういう姿勢でもいいという事になると、初めての方はどうしていいか分からないと思うので、一つの指診として、大田先生が書かれたような指診があるのかなと思います。

 ここまでは、3段階のステップに分けて考えることができます。

 ① まず、言われた指診通りに、「眼をあけて、姿勢を正して、背筋を伸ばしてやる方法」を、その通りにやってみる。
   そして、瞑想の習慣を作っていく。 (目安:だいたい1~2ヶ月くらい)
 ② 言われた通りの方法でやっていると、いろいろと疑問点が沸いてくる段階。(数ヶ月くらい)
   「この方法でやってると、背筋がいたくなるなー」とか、「こうした方が、もっと楽にできるかなあ」とか、続けている内に、いろいろな疑問や案が浮かんでくる段階です。

 ③ いろいろな試行錯誤を経て、自分の特徴ややりやすさが分かってくる段階。(さらに数ヶ月くらいでしょうか)
   ここで、試行錯誤するときにも、最初の型を崩しすぎない方が良いと思います。崩しすぎると、わけがわからなくなるので。
   9割維持しながら、1割程度、動かしてみて、その結果、どのような変化があるが、味わってみるといった感じ。
   例えば、いつもの姿勢を維持しながら、眼だけ閉じて瞑想をしてみて、どんな変化があるか、とか、
        いつものやり方をしながら、背筋の力をちょっとだけゆるめてみるとか。

   そして、③まできて、新に自分なりのやり方を見つけ出してみると、それを基に、また①にもどる感じです。
   その型を続けて行くと、また疑問点や、アイデアが浮かんできて、試行錯誤、、、、と続いて行きます。

   ここで、注意をしなくちゃならない点は、あくまで誰にも共通のこれしかないという正解はないということです。
   一つのやり方に固執せず、状況や状態はいつも変化しているので、その中で、一回、一回の瞑想を良く味わい、自分の特徴を見つけ出して行くことが大切かなと思います。あくまで自分の中でのことで、それを他人に押しつけてるのは、マインドフルネス的には、ちょっと違うのかなと思います。

 前回のコメントいただいた方は、背筋を伸ばすと肩に無駄な力が入っている気がするとのことでした。
 あくまで推測ですが、①から、②の段階に入ってきていらっしゃるのかなーと感じました。
 背筋を伸ばすと言っても、ピンっとしっかりのばすところから、背筋を伸ばしているつもりくらいの軽いものまで色々あると思います。 また、肩に力が入っているというのも、必要だから入っているのか、不必要に入っているのか、「無駄だ」と判断する時には、どのような思考が走っているのか、いろいろ洞察のチャンスがあるように思います。これからじっくり時間をかけて、ご自身の瞑想、身体、心を洞察されていくと、きっと深い、味わいのある経験が積み重なっていくことでしょう。

 この身体の観察について、僕自身が取り入れていることがあります。
 それは、セッション2の洞察を深める実践4-2 注意の移動  という訓練の一つでもあり、カバットジンさんの本や、そのほかのマインフルネスの本にも訓練方法として載っているものですが、「ボディスキャン」という方法です。

 これは、呼吸の観察だけに慣れてきてしまい、呼吸の観察をして数を数えながら思考をするようになってきてしまった頃から自分なりに取り入れている方法ですが、頭の先から、細いビームのような物でてらわれて、スキャンされていくように、頭のてっぺんから、身体の前面を通って、右足、左脚、背中、右腕、左腕、と意識を感覚に集中させながらゆっくりと移動させていき、頭に戻る、という意識の集中を、呼吸法をやりながらやっています。やりながら、思考などに意識がずれると、すぐに気がついて、またボディスキャンを続けるといった感じです。これを続けてやっているうちに、自分の身体に対する感覚は、すごく磨かれてきているように感じます。もちろん、それがマインドフルネスの目的ではありませんが、身体に対する感覚が磨かれてくることで、思考や感情に連動して起こる、筋肉の緊張とかにより敏感に気がつけるようになったように思います。
 瞑想や、注意作用の訓練の一つの方法として、参考にしていただけたらと思います。

 今日は、瞑想するときの姿勢について、自分なりに感じた事をまとめてみました。コメントをいただけたことで、自分の経験をまとめてみるよいきっかけになりました。ありがとうございます。

 本当に個人的な意見というか、体験の話ですが、ご覧になった方に少しでも参考になることがあれが、うれしいです。

 では、子供たちが夏休みになり、いろいろとイレギュラーな予定で、なかなかブログに向き合う時間がないですが、またすこしずつ書き進めていこうと思います。
 
 最後までおつきあいありがとうございました。今日はこの辺で。

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プロフィール

Ko7

Author:Ko7

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鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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