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呼吸法、瞑想の目的 (陥りやすいポイント)

 さて、今日は、呼吸法、瞑想の目的について、書こうと思います。

 呼吸法、瞑想というのは、SIMTにおける静的自己洞察であり、基本的スキルです。
 でも、SIMTの素晴らしいと思うところは、セッション1であっても、セッション10であっても、卒業後であっても、やることは変わらないところです。
 この基本的スキルを丁寧に、丁寧に繰り返していくことが大切です。
 おそらく、やっていることは同じですが、その精度が変わっていく、深まっていくのだと思います。
 そして、この静的自己洞察においてできていないことは、決して、日常生活の中の動的自己洞察でもできないと思います。

 なので、まだ自分の症状が良くならない、もっと先に進めば改善のきっかけをみつけられるんじゃないかと焦る方もいると思いますが、大切なのはこの基本的スキル、静的自己洞察であるので、しっかりこの呼吸法、瞑想を続けていかれると良いと思います。

 そこで、この呼吸法、瞑想の目的についてですが、目的はあくまで、「自己洞察のトレーニング」ということです。
 というのも、呼吸法、瞑想法を続けていこうとすると、ついつい、この「自己洞察」以外のことが、目的になったり、その日の瞑想の評価基準になってしまったりするからです。

 どういうことかと言うと、瞑想をやっていると、「あー、今日は、ぜんぜん集中できないし、考えてばっかりだし、うまくできないや」とか、「こんなに思考ばかりになっている瞑想なんてダメだ!」とか、逆に「今日は、リラックスできてとてもうまく瞑想ができたな」とか、考えてしまいがちです。

 そのうちに、「今日は、やる気しないし、集中できないから瞑想はやめよう」となっていったり、「リラックスできてないのは、瞑想がうまくいってないからだ」「何かまちがっているにちがいない」といって、瞑想を続けられなくなっていったりしてしまいます。

 ちょっとまってください。
 瞑想の目的は、「集中すること」でも「集中力を養うこと」でも、「リラックスすること」でもありません。
 だから、「思考に流れず集中できたから良い瞑想」「リラックスできたから、リフレッシュできたから良い瞑想」ではありません。
 大切なのは、「自己洞察をトレーニングすること」です。
 つまり、「すぐ思考に流れていたな」とか「身体がだるいな」と気づくことが、それ自体がトレーニングであり、その気づきの繰り返しこそが、まさに、SIMTのおける瞑想の目的です。
 
 確かに、僕自身も疲労がたまっていたり、調子が悪いときは、瞑想をしていても、思考に流れやすくて、それに気づくまでの時間も遅くなりがちです。それに、瞑想をしながら、呼吸法をしていると、時間にともなって症状がすこし楽になったり、リラックスしてくることが多いことは事実です。
 でも、それは単なる瞑想の副産物であり、目的ではありません。リラックスや集中など、自分がポジティブにとらえていることが自分に起こると、それを「良い」と判断して、ついつい瞑想の最中にも、その状態を求めようとしてしまいがちです。
 確かに起こったら嬉しい副産物ですが、でも、それは、「快」の感覚への執着ですね。

 SIMTにおける瞑想で重要なのは、今、自分の中で起こった感覚や思考などの現象に気づくことであり、その「気づく」感覚を養っていくことだと思います。

 確かに瞑想の最中に、呼吸に意識を向けますが、それは、呼吸のみに意識を向け続けなければならないということではありありません。ある1つの事に意識を向けていれば、意識がふわふわーと他に流れ、思考が始まったときに、その事に気がつきやすくなるという理由で、呼吸が選ばれているわけです。この点は、何も呼吸でなければならないわけではありません。実際にボディスキャンといって、全身の感覚に意識を向けることで、呼吸のかわりとし、その結果、思考に流れたりしたときにそれに気がつくというやり方もあります。

 だから、大切なのは、呼吸に集中することというよりも、呼吸に意識を向けた結果、そこから意識が逸れたりしたときに、すぐに気がつけることなのですね。確かに集中は大切ですが、もし、かりに強靱な集中力を持っている人がいて、30分間、一瞬も意識がそれることなく、呼吸のみに意識が向けられる人がいたら、それはそれでスゴいと思いますが、それでは自己洞察の練習にはまったくなりません。SIMTにおける瞑想では、集中力をつけるトレーニングをしているのではなく、あくまで洞察のトレーニングをしているわけです。
 でも、一般人は心配する必要はありません。30秒もすれば、呼吸から意識が逸れて、ちがうことを考え始めます。
 それが、当然なんです。人間は考えることをやめることはほぼ不可能ですから、それが正常の反応です。
 だから、意識が逸れてしまうことに罪悪感を感じたりする必要はまったくありません。
 ただ、それに気がついたときに、「今、思考にそれたな」と思って、そっと意識をまた呼吸に戻すだけです。
 ただただ、それの繰り返しです。


  めんどくさいなーという気持ちも、人間なら当然起こります。それに気がついたら、「めんどくさいという思考が走ったな」と確認して、そっとまた呼吸に意識を向けます。
  身体がだるいなーと感じたら、その感覚がどこにあるか感じてあげて「ここ重い感じがあるな」と確認して、また呼吸に意識を戻します。
 もう、きょうはやめたいな-という気持ちが浮かんだら、それを観察対象にして、「やめたいという気持ちが浮かんだな」、それに続いて、うまくできなかったという評価をしてたら、「あ、今、自分を評価したな」、「うまくやらないといけないという、本音、前提が働いたな」と確認して、また呼吸に意識を戻します。

 そうやって自分の中の、ポジティブなものも、ネガティブなものも、観察対象として、気づいていくことこそ、瞑想、静的自己洞察の目的そのものです。
 そいういう気持ちで瞑想をとらえると、体調が悪い日には悪い日の、良いときには良いときの瞑想があり、ただそれに気づきを加えていくだけでいいんだなーと思え、日々の瞑想が続けやすくなります。

 不思議な事に、それを、何日も何日も繰り返していくと、日常生活の中でも、ふとした瞬間に、その洞察モードが働いていることがわかるようになります。 ふと、今、自分の中に起こったことを洞察している自分に気がつきます。

 これは、いきなり日常生活の中で洞察をしようと思っても、なっかなかできません。
 気がついたら、一日過ぎていて、夜、日記を書くときになり、あー、今日も洞察まったくできてなかたった。。。とそれこそ、後悔の念におそわれたりします。

 でも、この静的洞察を繰り返しながら、日中の課題も取り組んでいくと、ふとした瞬間に以前より洞察の頻度が増えている事に気がつきます。

 だから、セッションがいくつになっても、セッションが終わった後でも、この静的自己洞察のトレーニング、つまり、瞑想と呼吸法を続けていくことが、大切になるんですね。
 洞察の精度を磨いていくことで、日常生活の中で、より深い自己洞察を手に入れることができるように思います。
 その結果、目的ではなく、あくまで結果ですが、自分のいろいろなものが変化していくように思います。

 僕自身も、始めたころ、日中の活動時自己洞察の数が伸びず、どうしたらいかと悩みました。
 また、今日の瞑想は全然ダメだったとか、リラックスできないなとか、いろいろ考えてしまいました。
 でも、実践を続けているうちに、こういった気持ちで日々の瞑想に取り組むと、楽に続けることができ、さらに自然と日中の洞察もできるようになっていきました。

 だから、今、実践中の方も、あせらずに、その日の瞑想を丁寧に、ただ、その日の自分の調子を観察してあげるつもりで、やってみてください。何より、日々に実践が大切です。

 ではでは、今日も、読んでくださりありがとうございます。すこしでもお役に立つことがあれば、さいわいです。
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鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
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