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自己洞察瞑想療法の講習会なども始めました! → マインドフルネス@つくば

マインドフルネスを身に付けるのは簡単か?

 やっと風邪から立ち直り、体調も気分も回復してきました。

 今日は、先日の予告通り、「マインドフルネスを身に付けることは簡単か?」という観点で書いてみたいと思います。

 というのも、SIMTのセッションをやっていると、「みんなは良くなっているのに、自分はよくならない」とか、「もしかして、自分には向いていないのかも」といった疑問がわいてくる方もいらっしゃると思ったからです。
 
 僕自身も、そういう疑問は常にもってました。

 「自分には向かないんじゃないか」「マインドフルネスは、一種の特殊な技能で、一部の人しかできないんじゃないか」

 うつで、自分に対しての自身が喪失している状態なら、そう考えるのも当然です。

 私自身の体験と、考えからいうと、「マインドフルネスは、誰にでも身に付けることができる」と思います。

 条件を挙げるなら、以前の記事の中でも書いたかもしれませんが、
 ・呼吸をしていること
 ・自分が呼吸をしているのを自覚できること

 この2点が満たされれば、マインドフルネスを実践していくことができると思います。
 なので、このブログを今、読まれている方なら絶対できると言うことです。

 「でも、私には実感できない」という人がいるかもしれません。

 それには二つの原因が考えられると思います。

 一つは、やり方や方向性の点で、壁に当たっている、もしくは勘違いしてしまっている。

 この点については、良き指導者の下でやられることをおすすめします。アドバイスがもらえますからね。
 また、このブログも、そんな方々のヒントになればと思い始めました。
 いろいろな人の経験を聞くことは、理解の助けになりますよね。

 もう1点は、実践の時間、継続の時間が少ない。ということが考えられると思います。
 早く結果を求めたいのは皆同じですが、マインドフルネスの実践において、その効果を実感したり、自分なりにやり方が腑に落ちるまでには、どうしても、ある一定の時間がかかります。
 これは、どうしてもそういうものです。人によって、多少の早い遅いはあると思いますが、どうしてもある一定の時間はかかると思います。おそらく、最短でも数ヶ月は必要なような気がします。あくまで主観ですが。

 このあたりのことを、たとえ話で説明してみたいと思います。

 私自身、マインドフルネスの習得の過程は、言語習得や、山登りににているところがあると思います。
 
 まず、言語習得に似ているという点は、とにかく実践が大切であるという事です。
 そして、実践さえ積み重ねれば、誰でも習得できるという点も似ていると思います。

 たとえば、我々日本に生まれ育ったものは、耳が聞こえないなどの特殊な事情がないかぎり、ある程度の年齢になれば、日本語を話すことができます。
 でも、日本語の文法について、つらつらと説明できる人は少ないでしょう。でも、日本語を使いこなし、少なくとも日常の生活では、困らない程度に日本語を話せていると思います。
 日本語だと、身近すぎて実感がないかたでも、英語と言えば理解できるかもしれません。
 僕らは、英語というと学校で習った語学ということで、話すには勉強が必要だ、と思うかもしれません。
 でも、アメリカ人は、英語の中で育った人なら、学歴に関係なく、ある程度の英語は話せるはずです。
 もし、あなたが英語がまったくしゃべれないとしても、今すぐアメリカに行き、英語を必要とする世界で、日々、英語に接し、使おうとしていけば、数日、数週間では無理でも、数ヶ月先にはある程度の英語がしゃべれるようになっているはずです。

 マインドフルネスも一緒だと思います。日々、呼吸法をやりながらの洞察を繰り返していくことで、静的洞察、動的洞察を丁寧に続けていくことで、誰でも必ず、マインドフルネスを身に付けることができます。逆にいうと、その実践を経なければ、日々の継続を経なければ、決して身に付けることはできません。

 英会話も、英語の文法や、英会話のコツを書いた本をいくらたくさん読んだって、それだけでは、英語をしゃべれるようにはなりませんよね。どんなに知識を身に付けても、それだけでは、英語はしゃべれるようにはなれません。(決して知識が無駄だといっているわけではありません)
 英語をしゃべれるようになるためには、とにかく使ってみること、英語をしゃべってみて、例えいくら間違えたとしても、その都度、治したりしながらの試行錯誤がなければ、決してしゃべれるようにはなりません。
 日本人にありがちなのは、英語の文法などを学校で学びすぎてしまったために、正しい英語をしゃべろうとしすぎて、しゃべる前に固まってしまう、話せなくなってしまうという現象です。
 この点も、マインドフルネスが似ていると思います。
 マインドフルネスを知ろうとしすぎて、いろいろ本を読みます。そうするうちに、正しいマインドフルネスというハードルがどんどん高くなってしまい、いつまで立っても、実践することができないという状態です。

 マインドフルネスについては、1冊の本より、1回の瞑想、1回の呼吸法しながらの洞察、だと思います。
 そういった経験が蓄積されたとき、やっと本に書いてある知識が、役に立つときがくると思います。
 とにかく、実践、実践、実践です。

 そして、山登りに似ているのは、このような部分です。
 1回30分の瞑想を、30歩歩いたのと同じとします。
 山を登るときに、30歩歩いて、何かかわるでしょうか?
 たぶん、見える景色は、すこし違うと思います。でも、スタート地点とほとんど同じでしょう。まったく同じではないけれど、30歩の違いは、それほど大きいものでは、ありません。
 もし、この30歩を歩いて、「自分は登山を経験した」という人がいたら、どうでしょうか?
 「ちょっと待って、ちょっと待って、お兄さん」と言いたくなりませんか?(笑)

 では、30歩を3回やって、100歩歩いたら、どうでしょうか?確かに、30歩の時よりも、すこしまた景色が違って見えるかもしれません。でも、あんまりかわりはありませんよね。

 でも、これが、30歩×100回やったら、どうですか?
 3000歩です。これくらい歩くと、さっきより、明らかなに高い所に来ているし、見える高さも変わってきていると思います。このくらいの高さにくると、自分が山を登っているなということが、はっきりと実感できるかもしれません。

 たかが30歩、されど30歩。たった1回の30歩では、たいした違いはわかりません。その30歩にいかに大きな意味を求めても、それは30歩でしかありません。でも、頂上に達する道は、その30歩の繰り返しによって、達成される訳です。

 マインドフルネス、そして、SIMTの実践も、これと同じように思います。
 今日、合計30分の瞑想をやった。それは素晴らしいことです。でも、そこにたくさんの期待を持ちすぎても、それは30分の瞑想でしかありません。それ1回で治るわけではありません。
 でも、たかだた30分を積み重ねていくと、ふと気がついたときに、以前には見えなかった景色が見えてくる瞬間があるんです。以前ならが、決して気がつかなかったような事に、気がつく瞬間があるんです。
 なんとか続けて、ここまで来ると、山を登るのが楽しくなります。
 30歩では変化を感じずに、坂道に苦しくなるときがあったと思います。でも、その30歩を積み上げて、ふと見上げたときに、すばらしい景色に出会えると、また登っていく元気がでます。
 マインドフルネスも、そこに気づく事ができたとき、さらに続けていく気持ちが生まれます。
 でも、いくら最初の100歩や200歩で、上の景色を想像しても、いくら振り返っても、そこからはそれほどの景色は見えませんよね。でも、見渡しがいい高さまで達するその歩数を歩いたときに、初めてその景色が手に入る訳です。

 だから、とにかく、実践を続けて欲しいと思います。静的洞察と動的洞察を、とにかく続けて欲しいと思っています。

 初めて入る山では、迷いやすいですよね。
 だから、登った経験のあるガイドと一緒に登ることをおすすめします。いくら、30歩を積み重ねても、それが、ある程度正しい道をあるいていないと、中々登っていることは実感できませんよね。例え、道に迷ったとしても、さんざん迷って、自分で道を見つけることができれが、それはかけがえのない経験になると思いますが。
 経験のあるガイドと一緒に登るのが安全ではあります。それが、良き指導者の下でSIMTを勉強するということだと思います。だから、SIMTを教えてらっしゃる方は、絶対に自分が実践をしていないとできないと思います。山を登った事のないガイドと一緒に山を登ろうとは思いませんよね。
 僕自身も、このブログが、皆さんの登山道でのちょっとした矢印案内板になれることを願っています。迷わせ看板にならないように、気を付けます。

 さて、二つほど、たとえ話を書いてみましたが、
 「マインドフルネスは、誰にでも身に付けられるものだが、それを身に付けるためにはかならず実践が必要である」という事は、多少、理解していただけたでしょうか?

 僕がここで書いているのは、あくまで僕自身の経験から感じたひとつの意見でしかありません。
 マインドフルネスも、「これが、正しいやり方である」というものではなくて、マインドフルネスの状態に達するためには、いくつもの道があるものだと思います。

 皆さんが、自分自身の実践の中において、自分なりの道を見つけ出されることを祈ります。


  (2015年4月24日追記)
 マインドフルネスとは、山を登るようなものだから、経験のあるガイド=経験のある指導者の下で実践した方がよいとかきました。
 ここで、少し追加をしたくなったので、書き足します。
 確かにマインドフルネスの実践は山を登るようなものですが、みなさんそれぞれが、自分という名前の山に分け入っていくようなものです。そこでのガイドの役割は、決してガイドの人がゴールに手取り足とりし連れて行ってくれるというものではなく、自分と言う山を上った経験から、こういう時はこういうことが多いとか、こういうコツがあるとかのアドバイスをすることだと思います。このブログも、僕自身が、自分の実践の中で、山に入るとこういう風に迷いやすいという、自分の経験から得たコツを書いているにすぎません。
 最終的には、あなたという山のことは、あなた自身が実践を行う中で、自分なりの道を探していくしかありません。自分の山で感じた疑問は、自分で山を歩き回り、自分なりの道を探していくしかないのです。
 僕も、特にセッション後、瞑想などを続けていると、これでいいのかなとか、どんな方向を目指していけばいいのかなとか思ったことがたびたびあります。そこで、いろいろな方の経験を参考にしたり、ヴィッパサナーに関する本を読んだりしていますが、最終的には、自分が日々実践している瞑想や洞察の中で自分なりの答えを見つけて進んでいます。瞑想に関する疑問の答えは瞑想の中にしかないのです。
 だから、自分のマインドフルネスの答えは、自分の実践の中で見つけていくしかありません。ガイドの方の話は、参考にはなりますが、それが自分の山にそのままあてはまるわけではありません。どんなに他の山に答えを探しても、いくつも他の山を探し回っても、そこに答えはありあません。自分の山の答えは、自分の山の中で見つけて行くしかないんです。何よりの近道は、自分の山をとにかく歩き回って、良く知ることです。つまり、それが、とにかく日々の実践を続けることであり、その実践を大切にするということなんですね。
 その部分を追記したくて書いてみました。参考になれば幸いです。


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鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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