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自己洞察瞑想 初回の講習会とその後

 佐藤先生の講習会では、セッションの進み具合に関わらず、同じ講義に皆が参加していました。現在は、セッション1~5までの方と、セッション6以降の方と前半と後半に講習会を分けています。  初回の講習会では、呼吸法の具体的なやり方をトレーニングしました。坐ってやる静的な洞察法です。呼吸に意識を向け、無理のない範囲で呼気を長めにし、ゆっくりと呼吸の数を数えるという方法でした。1から数え、10までいったらまた1に戻るという方法です。
 一見、簡単に見えるようですが、これを意識的に続けることはなかなか難しいです。すぐに、何か頭で考え始めてしまい、気がつくと呼吸を数えるのを忘れてしまっている。何か物音が聞こえると、それに注意が向かってしまい、それをきっかけにまた数を数えるのを忘れてしまう。。。。などといった感じ。
 自己洞察瞑想法(SIMT)で行う呼吸法は、決して、呼吸に集中して、それ以外は一切考えないという呼吸法ではありません。呼吸に意識を向けながら、音が聞こえたり、一瞬、何か考えが浮かんだり、映像を思い浮かべたりすることはあります。大切なのは、そういったものに心が奪われて、呼吸法から意識が完全に途切れてしまうことが問題です。自分の周りで聞こえる音、生じる感覚などは、その時、意識に上っても、ただそれを「そのまま」にして、また呼吸に意識を戻していくといった感じの集中です。
 僕も、最初のうちは、すぐに考えが浮かんでしまい、なかなか時間を続けることが難しかったです。そして、注意が呼吸からそれると、「また注意がそれちゃった、だめだなあ」と落ち込んだりしていました。でも、SIMT、マインドフルネスでは、無評価、徹底受容なので、音が聞こえたり、考えが浮かんだりするのは、まったく問題ないのです。大切なのは、生じてくるすべてのことを、遠くから眺めているように、ただただ観察しながら意識の一部を呼吸に向けておくことなのです。
 こういったことが、やりながらわかるようになってきたのは、セッション7くらいになってからでした。

 呼吸法をやっているときの意識の状態は、川の流れを川岸から眺めているのに似ているような気がします。川には水はが流れていて、その流れの一部をただボーっと眺めている感じです。一つの泡や、流れてきた葉っぱなどに意識が奪われると、下流に流れていくのを目で追ってしまい、それ以外の部分が意識できなくなります。そうではなく、ただ眺めるように、ぼーっと水面を眺めている感じです。そうすると、水の泡や流れに注意を奪われることなく、でもそこで生じてくる泡や流れの変化、水面の反射の変わり方をただ眺めている。そういった感じです。そうすると、常に変化していって、片時も同じでない川の様子が、眺められていると思います。何か頭に考えが浮かんだり、体のどこかが痛んだり、何か音が聞こえても、それに意識を奪われることなく、それが生じて、そして変化し、消えて行く様子を、ただ眺めるように意識するという状態です。だから、呼吸に集中するといっても、意識が呼吸以外に没頭してしまうことを避け、「今、ここ」という時間に意識を残しておくための仕掛け、船の碇みたいなものです。

 でも、それを実感として理解するのにはかなり時間がかかりました。ただよくわからなくても、呼吸法を続けていると、毎日の調子が、良くなっているというか、明らかに落ち込みにくくなっているなというのは感じてきていました。今になってみれば、これはひとつは、呼気を長めにすることで、副交感神経優位になり、リラックス効果があったこと(鬱や不安状態では、緊張状態、つまり交感神経優位の状態になっているため)、それから、思考の連鎖による落ち込みが、呼吸法をやることで、ある程度止められていたことがあるだろうとわかりますが、当時は理解ができなくても、とにかく良いようだから続けてみていたといった感じです。
 マインドフルネスは、頭での理解、知識としての理解は、決して悪いわけではありませんが、何より大切なのは、経験を積み重ねていき、自分の中で実感として、マインドフルネスの状態やコツを飲み込んで行くことです。
 だから決して本で訳がわからないという人もあきらめないでください。何より大切なのは、続けていくこと、実践していくことです。

ちなみに、セッションで使われているテキストの内容は、大田先生が書かれたこの本の内容とほぼ一緒です。

うつ・不安障害を治すマインドフルネス―ひとりでできる「自己洞察瞑想療法」うつ・不安障害を治すマインドフルネス―ひとりでできる「自己洞察瞑想療法」
(2013/06/04)
大田 健次郎

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 タイトルには、「ひとりでできる」とありますが、この本のみで、自己学習で治すのは、ちと難しいかもしれません。。。
 経験的には、自分で内容を読んでやっていても、細かなところで色々と疑問がわくので、それをアドバイスしてくれる先生がやはり必要なように思います。自分にあった先生を見つけて、SIMTのセッションにてアドバイスを受けるのが良いと思います。

 長くなったので、今日はこの辺で。

自己洞察瞑想を始める

 3度目の休職を体験し、どん底の中でなんとか救いを見出そうと甲田療法で断食をしてみたりと試行錯誤していましたが、状態はあまり改善せず、そんな中で、マインドフルネス認知療法が気になり、2013年8月に説明会を聴きに行った自己洞察瞑想法のことが思い出されていました。
 すでに大田先生の本は買っており、自己学習的には始めていたのですが、やはりちゃんと教えて頂きたく、インターネットで情報を集めていました。
 遠方での開催が多いなか、マインドフルメイトの佐藤先生が、八重洲でのコースを始めたことを知りました。金銭的にも収入のあてもなくなっていたため不安があったのですが、このままでは埒が明かないと思うこともあり、妻にも「やってみたら」と背中を押してもらい、12月の初旬に説明会の予約を入れて、佐藤先生に会いに行きました。

 この時までに、2回目の休職以降、精神科の先生に漢方と抗不安薬を中心とした内服治療を続けていましたが、今一つ改善がみられず、3度目の調子を崩し始めた時には、抗うつ薬中心の治療に切り替え、リフレックスという薬を内服していました。
 症状としては、内服を始めてからも明らかな改善は実感としてはあまりなく、休職したことで食欲や中途覚醒は多少改善はしてきていましたが、精神的な落ち込み、易疲労感、中途覚醒、夜中の原因不明の背部痛などは波がありつつも出ている状態でした。酷い時は、ただ座っているだけでも疲労感が強く、遊んでいる2歳や4歳の子供をだっこすることもできないくらいでした。そして、散歩程度の軽い運動をするだけでも、数日後には疲れが出て落ち込みもひどくなる状況でした。原因不明の背部痛もでており、日中は無くなるので、筋肉のけいれん(いわゆるつっているという状態)だと思うのですが、眠剤で寝るものの、夜中に背中の激痛で目が覚めて、明け方になってやっとうとうとするという状態でした。いずれも採血でも問題はなく、健康診断でも異常はなく、精神的な要素が大きいことはわかっているのですが、自分ではどうにもコントロールできず、本当に苦しい日々を過ごしていました。

 そんな中、12月に佐藤先生に会いに行ったわけです。
 説明会では、一対一の面談でしたが、症状のでる理由、脳内で起こっていることを説明してくださり、かならず治ると言ってくださいました。
 これはすごいことだと思いました。自分も医療に携わる身で、また精神科にかかっていても感じていたことですが、精神科の先生は、内服薬を出して調子を尋ねてはくれますが、どうやったら治るという具体的な方法は教えてくれません。というかわからないのです。薬を出して効果があれば良くなっていくということはありますが、それはあくまで良くなったということで、こうしたらかならず良くなるという方法はわからないのだと思います。実際、風邪などの病気も、薬はその場しのぎに症状を抑えているだけで、その間に、その人の体自体が自分で治しているという点では、内科医も病気の治し方はしらないと言えますが。

 だからSSRIという薬やいわゆる新規の抗うつ薬がでてきても、再発率は依然として高く、自分のように繰り返し再発してしまう人もたくさんいます。自分も通院してきて、自分の思考とか思考習慣に問題というか良くならないポイントがあるだろうことはわかっていたのですが、どうやったらそれを変えられるのかがわかりませんでした。でもそれと同時に、それは自分で探して何とかしないとこのまま漫然と通院を続けていても治らないであろうこともわかっていました。
 精神科の先生に罪はないのですが、今の鬱治療の主流はまだ内服治療で、いわゆる寛解状態になったらそれを悪くしないようにストレスをコントロールしながら生活していきましょうというアドバイスしかできないのです。
(決して薬の効果を否定しているわけではありません。治療に薬は必要なものだと思いますし、実際にどん底の状態を助けてくれる実感もあります。ただやはり自分で鬱になってみて、内服のみで良くなるというより、普段の心の使い方などのトレーニングやアドバイスが何らかの形で必要であるのではないかという印象が強いということです。ただ精神科の先生はそのアドバイスをする時間的余裕も知識もあまりなく、カウンセラーの方々はまだ傾聴が中心でなかなかこういった部分まで手が回ってにいないなあと感じているということです)

 そんな中で、佐藤先生は時間はかかるが、課題をしっかりやっていっていただければ、かならず良くなると思うと話してくださったことは本当に励みになりました。
 説明会の面談は八重洲がすでに予約の空きがなかったため、八王子まで行きました。その日の午後にもセッション1の講義に出れましたが、当時の自分には、八王子まで行くのもやっとやっとで、午後まで講義を聞く余裕はなかったため、12月下旬の八重洲の講習会まで、佐藤先生にうかがったアドバイスを基に基本の実習を続け、12月下旬に初回の講習に出席しに行きました。

マインドフルネスと自己洞察瞑想法

 これまで、このブログでは、マインドフルネスと自己洞察瞑想法を、ほぼ同義のように扱ってきていますが、正確には違うものです。



 簡単に言うと、「マインドフルネス」とはある状態を指し、「自己洞察瞑想法」とはマインドフルネスの状態を達成し、習慣づけるための方法の一種です。そのことをもう少し詳しく書いてみようと思います。

マインドフルネスを直訳すると「注意すること、忘れない事(こころに留めておくこと)」といったものが出ています。mindfulとは「注意している、忘れないでいる」といった意味なので、その名詞形ですね。

 また、辞書によっては、「仏教用語のSatiの訳語」と出ているものもあるかもしれません。
 これは、仏教において瞑想の実践における重要な概念のひとつで、「今、ここ」の状態を維持して、つねに中立的な判断で物事を観るといった意味があります。
 このブログで使われているマインドフルネスという言葉の意味は、こちらの意味だと思っていただいていいかと思います。
 「マインドフルネス」を検索すると、「ヴィッパサナー瞑想」という言葉を目にすることが多いかもしれません。
 「ヴィッパサナー瞑想」とは、この「Sati」という状態を達するために、仏教で行われる瞑想法の一種です。いくつかのやり方があるようですが、最も一般的なのは、呼吸に意識を常に向けて、そうすることで、つねに「今、ここ」を意識する心の状態を達成する、習慣づけるというものです。
 「ヴィッパサナー瞑想」は仏教用語ですが、こういった仏教や禅で行われている瞑想の形式を取り出し、一般化したものが「マインドフルネス瞑想法」であり、それは、「マインドフルネス」な状態、「今、ここ」の状態を常に意識することができるようにするトレーニングという意味があります。
 それを心理療法に応用しているのが「マインドフルネス心理療法」であり、アメリカを中心に研究されてきており、最近では日本でもその話をよく聞くようになってきました。

 そこで「自己洞察瞑想法」ですが、これは、大田健次郎先生が、ご自身の経験を基に、坐禅とその理論的考察である西田哲学をベースとして、鬱や不安障害といった精神疾患の治療のために体系を作られたものです。やはり、呼吸法と洞察瞑想を通して、マインドフルネスな状態を達成、習慣化し、鬱や不安障害に特徴的な心理状態を治療することを目的としています。

 
 文字で書くとよくわからないかもしれません。
 「マインドフルネス」な状態、「今、ここ」の状態なんて、普段、だれもが経験しているんじゃないかと思うかもしれませんね。
 確かに、瞬間的には、「今、ここ」の状態は認識しています。「今、エアコンが動いている音が聞こえている。」「今、パソコンの画面が見えている」などなど、今の外界(環境)、内界(心や内部感覚)を確かに認識してはいます。
 しかし、実は、私たち皆、「今、ここ」を生きているつもりでいながら、1日の活動時間のかなり多くを、自分との対話や「今、ここ」ではなし思考の時間に費やしているのです。

 今、これを読みながらでも、「そういえばあれやるの忘れてたな」とか、「自分にはこんなことがあったな」とか考えているかもしれません。たとえ、「考えてない」と思っても、今、読んだことを過去の自分の体験と照合しているときには、もう、目の前の事をそのまま見ているとは言えません。すでに自分の経験というフィルターを通して、目の前の事実を、自分なりの解釈に作り変えてとらえてしまっているのです。
 そう考えると、自分の周りで起こるすべてのことも、自分というフィルターを通して色づけして自分の中に取り込み、そしてその取り込んだものを事実だと思って、様々な連想や連続した現象(嬉しさや悲しみなどの感情が起こったり、身体反応が出るなど)が起こってくるのです。

 例えば、「となりの席で、同僚が、ため息をついた」とすると、その時、それに気が付かなければ何も自分の中には起こりませんが、それの光景を見たり聞いたりするとたん、「なんか元気がないな、何かあったのかな」とか、人によっては、それを見ただけで「この前、自分が仕事でミスったので怒ってるんだ」とか、「自分の事をきらいなんじゃないか」とか考えることがあるかもしれません。そうなると、その日が一日、気分が落ち込んでしまったり、相手に対してよそよそしくなってしまったりするかもしれません。ケースは違うかもしれませんが、こういうことって普段ありませんか?

 ひょっとして同僚が、「ため息をついた」というのも勘違いかもしれません。たまたま長く息を吐き出しただけかもしれません。「同僚が息を長くはいた」というのは事実ですが、そこから様々な事を起こすのは自分の中でのことなのです。
 そして、この過程はそのほとんどが無意識の過程で行われています。それゆえ、そういうことが自分の中で行われているということにすら、気が付いていない人がほとんどだと思います。

  人間は思考する生き物なので、思考自体を完全に停止するのは不可能かもしれません(ひょっとしたら、ブッダやキリストのようにかなり悟った方なら可能な境地なのかもしれませんが、僕ら一般庶民には不可能だと思います)。
 ただ、自分が自己洞察瞑想法を始め、マインドフルネスな状態を少しづつ経験していくにつれて、自分の心や意識の中で、どこまでが客観的事実のことで、どこからが自分の思考なのか、反応なのかということが、少しづつわかってくるような感覚があります。それは、自分が、今している事、意識がとらえていることを、客観的に眺めているような感覚です。
 これはとても不思議な感覚なのですが、それにともない、今まで自分が鬱になっていた理由や原因などがわかり、良くなってきているという実感があります。

 自己洞察瞑想法を学んでいく中で、本当にさまざまな発見がありました。そして今もあります。
 マインドフルネスに至る道は、おそらく終わりがないもので、その達成の仕方、それぞれの個人の中での経験は、本当に個人的なもので、一般化はできないと思います。
 しかし、自分がここで発見したことが、今後、学ぶ方の何かのヒントになればと思い、これからつづっていくつもりです。

 更新の頻度も少ないと思いますが、もし、ご興味がある方は、気長におつきあい下さい。

 
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プロフィール

Ko7

Author:Ko7

訪問ありがとうございます。
 

鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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