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自己洞察瞑想療法の講習会なども始めました! → マインドフルネス@つくば

コメントに答えて


 先日、書いたブログについて、子育ての中で苦労されている方からご連絡を頂きました。なかなか大変そうな状況そうですが、お返事になればと思い、また他に苦しい状況にいる方の参考になればと思い、ここに書かせて頂きます。

苦しい状況にいる場合、まずは、自分の負担を減らせるような体制はつくれそうですか?
家族や親族が無理でも、行政のサービスやNPO団体のサービスなど、使えるものはなんでも使って楽をしてください。うちにも子供がいますが、どんな育て方でも子供は育つんだなーというのは感じています。特にたくさんの人に関与してもらって育ったほうが価値観が多様になり、むしろいいんじゃないかとすら感じています。できるかぎり、楽をするつもりでいきましょう。

また、今の自分に協力してもらえる人たち、サービスを一覧に書き出しておくというのもいいですよ。例え利用しなくても、これだけの人たちにささえてもらえると思うだけでも気持ちが楽になるときがあります。
 
書き出す人は、実在の人物でなくても、思い出すだけで気持ちが楽になるような故人や芸能人、話の中の人などでも構いません。とにかく、気持ちを逃せるたくさんのチャンネルを持っておくことが大切です。


「今の育児が辛く、泣き出すとどうしようと不安、恐怖があり、嫌悪、感情と名前をつけて捨てていますが、心騒いでいます。これはずっと課題かもしれません。静観出来ないのです。日中もそわそわ感で夜もあまり眠れず、心休まる時がありません。呼吸法も続けていますが、苦しくなり止めたくなります。悪循環です。分かっているのに…。だけど、少しでも改善して今度こそは治したいという思いはあります。家族のためにも自分のためにも。マイナス思考や不快がいっぱいですが、今は育児の苦しさや、子供が泣くのは仕方ないと思いたいです。辛さから逃げたくてマインドフルネスの本を読みあさったり、でも解決しません。」(頂いたコメントより一部改変、要約)

 僕も調子が悪い日は、ネガティブな思考が後から後からあふれ出てきたり、自分を責めるような思考が次から次へと浮かんでくるときもあるので、「静観できない」という気持ちはすごくわかります。

 でも、静観できなくていいんです。不安になったり、そわそわしたり、自分を責めることばが浮かんできたり、これらはすぐに止めることはできません。意志でコントロールするのは不可能なのです。
 だから、逆説的になってしまうのですが、これらの感情や感覚はすごく苦痛なので、すごく止めたくなる気持ちはわかるのですが、これらを止めようとするのは、天に唾を吐いているようなものですから、かならず感情や感覚は悪化させてしまいます。
 だから、そのままにしておくしかないんです。
 そのままにするというのは、「落ち着いた心で遠くから眺める」というような穏やかなものではありません。私自身の感覚だと、「つらくてしょうがないけど、どうにもならないから、もうそれをどうにかしようとじたばたするのはやめて諦める」の感じに近いです。
とはいえ、つらい思考や感情、身体感覚に対しては、動物が持っている本能として、それらを避けようとする、排除しようとする本能が備わってますから、ほぼ脊髄反射的に、どうにかしようとしてしまいたくなるのですが、そのたびに、「あー、これは無駄だから、いったんやめてこちらに意識をむけよう」と繰り返しやっていくしかありません。 

でも、あきらめるというのは、「それらの思考や感情、身体感覚をどうにかしようとする」のをあきらめるというだけで、他の事をすべてやめてしまうわけではありません。自分のやるべきこと、毎日のルーティーンなどは、できる範囲で続けていきます。むしろ、それらをすることに意識を向けていきます。

 私たちはつらいとき、ついつい「こんなにつらくちゃ何もできない」「まともな生活をするためには、この病気を治さないと!この症状を止めないと!」「この症状のせいで・・・」と、思って、病気を治すことに生きてしまいそうになります。

 でも、うつなどの感情障害においては、この不安やうつなどをコントロールしよう、自分が元のように生活するためには、何とかしてこの病気を治さなくちゃという考え自体が、本当の意味で治っていくことを邪魔してしまうのです。
 これは、腕の骨折を治そうとして、腕立て伏せを一生懸命やっているような状況といえるかもしれません。それで痛みがひどくなって、寝込んでしまうようなものです。でも、腕の骨折があって痛みがあるときには、腕立て伏せはできませんが、多少の痛みなら、歩いたりすることはできますよね。左手が痛ければ、右手でPCを使うことができるかもしれません。
 不快な思考や感情、身体感覚についても相談です。それらをすぐに改善させることや変化させることはできないのですが、かといって何もできないわけではないんです。何とか残っている意識の部分で、自分のできること、価値に沿ったことを一歩づつやっていくしかないんですね。

 ここがすごく難しいというか、微妙というか、伝えずらいことなのですが、「長期的には」治りたいから治るためのことをやっていくという気持ちを持ち続けることがすごく大切なのですが、「短期的には」、その考え方が邪魔をしてしまうことがあるということです。

 ではどうするかということなのですが、不安だったり、嫌な思考だったり、身体感覚だったりが自分の中に存在してしてもいいように、居場所を与えておいてあげて、それらとともに、自分の価値ある生活を生きる、ということが大切になってきます。

 前回のブログでも書きましたが、思考で言えば、「ラジオをつけながら、家事をしているつもり」というのがこのことにあたります。思考はとめられないけど、「あーこういう思考が繰り返されているなー、嫌だなー」と思いながら、今やっている家事を続けていく。
ときに思考に邪魔もされるけど、「また思考がなんか言ってるなー、つらいなー」と思いつつ、でも今やれることに意識を向けていくといった感じです。つらいと思ってもいいんです。嫌だなと思ってもいいんです。

 家族や子供のことを「こんちくしょう」という風に思っていることがあったり、「自分なんて」と感じてしまったり、不安で手が震えたりしてもいいんです。不安な気持ちと、震える手と、落ち込んだ気分と、一緒に、今できることをやっていくことが大切です。

 このあたりの事は、SIMTでも価値実現の行動と価値崩壊の行動などのところになると思うのですが、実際にSIMTの本を読んでいるだけだと、なかなか理解しにくいなと私も感じています。

 私も、この価値実現の行動と価値崩壊の行動などが、うつの改善とどうかかわってくるのか、うまく理解できていませんでした。そして、体調を崩してしまったわけですが、この1年、アクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT)なども学ぶ中で、病気や感情、思考、感覚をコントロールするのではなく、それらとともに価値に基づいた道を前を向いて進んでいくということが、やっとわかってきている印象です。よかったらお時間のある時に関連する本を読んでみるといいかもしれません。
 僕が読んで読みやすかったものは、「幸福になりたいないら幸福になろうとしてはいけない」 著:ラス・ハリス 
 という本があります。

 ここに書いた内容は、言うにたやすく行うには大変な道です。本当に、苦しい向かい風の中を一歩一歩進んでいるような気がする時もありますが、この一歩一歩が自分の自信を取り戻していくのに大切なものと思ってやっています。

  どうか、今苦しさの中にいる方たちも、諦めずにやって頂けたらと思います。一歩一歩、やっていきましょう。
これからも、このあたりの事は繰り返し書いていくことになると思います。
 まめな更新は難しいかもしれませんが、また気が向いたら読みにきて頂けたらとおもいます。


 

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質問に答えて(洞察の確認と意識の向け方)

本当にご無沙汰していました。今は、体調も徐々に回復し、仕事へも復帰してきています。まだまだ体調にも波があるので、注意しながらやっていこうと思います。でも、この1年でいろいろな事を学び、洞察を続けながら、今できることを続けていくことが大切だということを改めて感じました。一歩一歩進んでいこうと思います。

 さて、今回、以前、マインドフルネスを学んだ方から、ライフイベントをきっかけに体調を崩しててアドバイスを欲しいというコメントを頂きました。私も同様にライフイベントで調子を崩してしまったので、うまいアドバイスが言えるかどうかわかりませんが、この1年で学んだことを振り返って、少し書いてみようと思います。

 SIMTをやっている方にも参考になる部分もあるかと思い、新しい記事として書かせていただきました。

 まず、生きていると色々なことが起こります。いいこともありますが、悪いこともあります。どうしても避けられないストレスにさらされることがあります。だから、調子が崩れてしまうことがあるのは、必ずしもわるいことだったり失敗だったいだったりするのではなく、しょうがないときもあります。大切なのは、そこから回復するための方法や手順のようなものを自分なりに持っていることだと思います。そして、できることを続けていくことです。

 まず始めに洞察です。
 これは、今の自分の状態を見極めるためにも大切です。自分の中に起こってくる現象に名前を付けていくことで、自分自身を洞察していきます。
 すべての事や体験は、まず五感を通って意識に「認知」されます。これが第一歩です。
 そして、その「認知」の仕方に伴って、様々な「感情」が起こったり、「身体反応」が起こったりします。その結果として、何らかの「行動」を起こします。その結果をまた「認知」して・・・というように、体験は繰り返されていきます。

 ここで大切なのは、我々が意識的に変えたり選択したりできるのは、「認知」と「行動」だけです。そして、それらも一部のみといったほうがいいかもしれません。

 自分の「感情」や「身体反応」は自分の意識の力では変えることができません!!!
 ここ、大切なところです。
 ついつい、自分の不快な感情や身体反応を改善したいと思って、色々試してたくなりますが、基本的に、「感情」や「身体反応」を意識の力でコントロールすることは不可能です。
 じゃあ、SIMTやマインドフルネス、呼吸法をやっていると、「感情」や「身体反応」が和らぐことがありますが、これは、あくまで「感情」や「身体反応」がそれ自身の自然な経過の中で改善していくということであり、意識の力で「感情」やs「身体反応」を改善させることはできないと捉えていたほうがよいと思います。
 燃え上がった火を水で消火することはできないけれど、仰いだり、薪をくべたりするのをやめると自然と火が小さくなっていくのとおんなじです。
 あくまで抑え込もうとせず、かといってただ我慢して無視するというわけではなく、そんな不快な「感情」や「身体反応」に居場所を作ってあげて、自然と落ち着いてくるまでそっとしておいてあげるというスタンスが大切です。

 では、意識の力で変えられるという「認知」と「行動」ですが、この「認知」の部分に関しては、物事が起こったり、様々な感情や身体反応を経験した瞬間に、ほぼ自動的に「認知」が起こり、その瞬間に「評価」も起こるので、なかなか手を加えることは困難です。もしこの評価を少しでも変化させたいと思うならば、認知行動療法の手法を用いて、実際に書き出してみて、やってみることをお勧めします。
 SIMTでは、この「認知」の中で同時に起こってくる「評価」「思考」についても、それを無理に変えようとしたりせず、ほおっておこうという考え方なのだと思います。
 特に、調子が悪いときに襲ってくる「自己否定の評価や思考」は、とめどもないものです。パワフルで、すぐに意識がそちらにもってかれますし、本当につらいです。でも、だからこそ、繰り返し、「今、ここ」に意識を戻していくのが大切です。
  イメージとしては、ラジオを聴きながら作業をする漢字をイメージしてもらうといいと思います。ラジオを付けておくと、番組の内容が気になりますが、聞きながらでも作業を続けることはできますよね。ときにラジオに意識が向きますが、またい「今、ここ」の作業に意識を向けることはできます。そして作業をしていくと、ふと、ラジオが気にならない瞬間もあったりしますよね。そんな感じで、気が付いたら、そんな思考や評価が収まってきたということが多いです。

 では、どうしたら、そうやってつらい時期を乗り越えていくことができるのか。
それが、最後にのこった「行動」の部分にあります。実は僕らが選ぶことができるのは、この「行動」の部分だけなんですね。
それも、その一部ということです。調子が悪いときに、できる事って限られますよね。でも、その少しの選択の中で、自分の価値に基づいた行動をしていくことが本当に大切なんです。

 つらい「認知」(自己否定の評価や思考)から、不快な「感情」や「身体反応」が生まれると、当たり前ですが、その状態から早く抜け出したいから、このつらい「認知」や不快な「感情」、「身体反応」を少しでも減らしたい、なくしたい、この場から逃げ出したいという「衝動」が生まれます。この「衝動」が生まれるのは、自然なことです。人間であっても動物なので、目の前の危機や不快から、逃げ出そう、それと戦おうという「衝動」が生まれるのは、本能といってもいいものです。

 しかし、この「衝動」に従って、感情や身体反応と戦ったり、もしくは、それを過度に避けようとして、逃げ出したり、寝込んでしまったりすると、「短期的には」、その状況をコントロールできたように思っても、結果的には、さらに「感情」や「身体反応」を悪化させてしまうということが起こります。
 希死念慮が生じたときの自殺未遂行為や、感情を爆発させたときの家具などの破壊行為、やらなければならないと思っていた約束をキャンセルしてしまった時などがそうかもしれません。
 もちろん、そうせざるを得ないときもあるのですが、「短期的な効果」を求めて、これをやってしまうと、どんどん体調を悪化させて、負のスパイラルに陥ってしまうことが多いです。

 なので、ここで大切なのが、自分の「価値」を思い出すことです。そして、少しでもいいので、その「価値」を大切にする行動、実現する行動に、自分の「行動」を向けていくことが大切です。
  例えが、今の僕だと、やはり「家族を守りたい」という「価値」があり、「願い」があります。だから、調子が悪い日でも、とにかく仕事に行くという選択をしています。ここで、「仕事のでき」という事にはあまりこだわらず、ありのままに、今できる範囲でできることをしていきます。体調が悪い=何もできない、ではなく、体調が悪い=そんな体調の中でできることをやる、という選択をしているわけです。体調が悪い→「こんなに体調が悪くては仕事にいけない」「悪化させないために休む」のではなく、「今できる範囲で仕事をすすればいい。家族を守るために仕事をする」という風に考え、行動を選択していくわけです。
 ほかにも「体力をつけたい」という願いもあります。これは「自分の好きなことをいろいろやりたい」という価値、願いに通じているものです。そのために、気分がのらない日に、「家に閉じこもる」という選択をせず、、「散歩をして体力をつける」という選択をしていきます。

 こうやって、体調がしんどいときに、それをコントロールする行動をせずに、少しでも価値に基づいた行動をすることで、「今、できたこと」を認めてあげる、それを選択した自分をほめてあげるということをやっていきます。
 体調そのものをコントロールできなくても、こうやって何とかしんどい時期をしのいていくと、自然と体調が少し楽になる時期がやってきます。ゼロにならなくても、つらさが5割とか7割くらいになってくるときがかならず来るはずです。
 そこまで何とかしのげると、初めて、永遠に続くように感じたつらい感情や体調も、かならず改善するときがくると感じられるようになります。そして、そのつらい時期に少しでも自分で価値実現のためにできることがあったこと、そういう選択をできた自分に自信が持てるようになってきます。

 もちろん、これは、右肩上がりの一方的な道ではなく、うまく行くときがあり、感情や体調に負けて衝動的に行動し、自己嫌悪になるときがありという感じで、楽な道ではありません。でも、回復というのは、この一歩一歩を、少しずつでもやっていくしかないのではないかと、自分は感じています。

 最後に注意点としては、用事を休んだり、横になったりするのは、決してすべてが逃避であるというわけではありません。
大切なのは、「短期的に」「短絡的に」、そして「感情や身体反応をすぐにコントロールするために」それらの行動をとることは、結果的に良くないことが多いが、「長期的な視点で」、今の自分には休みが必要だなとか、今の自分には大きすぎる課題だからこれはキャンセルしようという選択が取れているならば、休んだり、用事をキャンセルすることは悪くありません。
 呼吸法や瞑想を行う時にも同様なことが言えて、「今の自分をすぐに楽にしたいために」、呼吸法や瞑想を行ってしまうと、うまく改善しなくて、逆に焦ったり、がっかりして体調が悪化することが多いです。
 呼吸法や瞑想は、マインドフルネスな態度、受け流していく姿勢、つらい思考ばかり巡らせないで「今ここ」に意識を戻していく習慣、を身に着けるために、日々、淡々と行っていくことが大切だと思います。

 相談者の方を始め、今もつらい時期をお過ごしの方がたくさんいらっしゃると思いますが、月並みな言葉でありますが、止まない雨はありません、明けない夜もありません。かならず、楽になってくるときが来ます。大切なのは、なんとかそこまで乗り切ることです。それが経験となって、自分の回復の特徴、悪化するときのパターン、対策方法などの経験値がたまっていきます。

 私も、日々、練習だと思って過ごしていますので、どうか、皆さんもあきらめずに、でも頑張りすぎずに、大変な時は、目標を分割え、少しのことでも達成できたら自分をほめてあげて、やっていきましょう!

 また、体調の具合をみつつ、この1年学んできたことや感じたことを、このブログで書いていくことができればと思います。
更新の頻度はお約束はできませんが、また気が向いた時にのぞいていただけたらと思います。

 少しでも参考になることがあれば幸いです。
 ではでは、見て下さった方の1日が少しでも楽になることを願って。

 

基本的自己洞察(瞑想)のポイントと意味

梅雨に入り、雨の日が多くなってきました。体調や気分も崩れがちな季節です。
皆さんはいかがお過ごしですか?

今日は、改めて自己洞察瞑想療法(SIMT)で学ぶ、一番基本的な実践である、「基本的自己洞察」について少し書いてみようと思います。

 というのも、この基本スキルである「基本的自己洞察」は、基本スキルでありながら、マインドフルネスのすべての要素が詰め込まれているものだからです。

 そして、これを丁寧に続けていくことが、マインドフルネスを身に着けてさらに自己のマインドフルネスを深めていく上での一番重要なポイントとなる部分だと思うからです。

 しかしながら、この基本的自己洞察というのは、すごくシンプルな実践で、シンプルであるがゆえに続けるのが難しかったり、飽きてきてしまったり、SIMTを学んでいくと、どうしてもおろそかになりがちなところなんですね。
 でも、自分の体験では、この実践をあきらめずに丁寧にやっていくと、着実に自分の中にマインドフルネスな感覚が育っていき、本当に不思議な感覚なのですが、この実践の経験が積み重なっていくことで、ある時フッとマインドフルネスな対応や洞察がうまくできるようになっている自分に気づくことがあります。
 
 それをどうしてなのかうまく説明できなかったので、現在自分が開いている自己洞察瞑想療法を学ぶ会でも、その点をうまく伝えたいなと思い、改めてその意義やポイントについて考え直してみた次第です。

 前置きが長くなりましたが、そんなわけで、今日は「基本的自己洞察のポイントと意味」について書いていきます。

 SIMTでは、マインドフルネスを身に着けるうえでのポイントを「洞察」という部分においていますが、その洞察をトレーニングしマインドフルネスな態度を身に着けていき、うつや不安障害を改善させていく基本的スキルとして、大きく3つのポイントがあります。

 それは、
  1.呼吸法
  2.基本的自己洞察(瞑想)
  3.行動時自己洞察
                        の3つです。

1の呼吸法は、一般に言われる呼吸法とまったく一緒ではありませんが、呼吸を整えることで心身の体調を整えていくことを目的としています。

2.の基本的自己洞察では、静かな環境で、自分の注意作用を用いて、1の呼吸法を行いながらその呼吸の様子を観察したり、注意作用を視覚や身体の感覚などに移動させたり、分配したりしながら、注意作用の使い方を練習していく方法です。

3.は、自己洞察のスキルを、日常生活の中で使っていき、自分の中の本音や思考や行動のパターンを知り、改善に向けたアプローチをしていくものです。

 体調を早く改善させたい、生活をよくしたい、などモチベーションが高いほど、ついつい3の行動時自己洞察を積極的にやって、どんどん先に進めたい気持ちになります。
 しかし、多くの場合、行動時自己洞察をどんどん進めようとしていっても、1の呼吸法や2の基本的自己洞察のスキルが身についていないと、続けるのがどんどん苦しくなっていき、場合によってはやればやるほど体調を崩す結果にもなりかねません。

 それくらい、呼吸法や基本的自己洞察のスキルは大切なものです。

 呼吸法の説明はまた別の機会にやることにして、基本的自己洞察のポイントを書いていきたいと思います。
ポイントは3点

1.呼吸法を行いながら、呼吸や視覚、身体感覚など「今ここ」ある感覚に意識を集中する  (集中の練習)

2.集中していたところから、意識が離れていってしまったことに気が付く             (気づきの練習)

3.意識が離れたことに気が付いたら、それ以上、思考や思い出したり、妄想したりするのをやめて、また「今ここ」の感覚に意識を戻す       (受容、そのままにする練習)

 の3つです。


基本的自己洞察では、先ほども書きましたが、まず、呼吸法を行いながら、その呼吸に意識を向けていきます。この時、呼吸法は、集中や洞察がやりやすいように心身の状態を整える働きもあります。

そして、呼吸に意識を向ける段階では、最初は、呼吸全体に意識を向けるのが難しいので、私は、呼吸の感覚のどこか一点、例えば呼吸とともに胸が膨らんだり縮んだりするのを服が触れているところで感じる感覚とか、息がゆっくりと鼻の下の皮膚の上を通過する感覚など、に集中してみることをお勧めしています。
 慣れてくると、その注意を、身体の感覚のどこか一点に向けたり、視覚の一点に集中したりしていきます。そして、さらには、その一点に向けている注意作用を身体全体に順番に移動さえていったり、視覚と呼吸、身体などに同時に注意を向けたりなどしていきます。
 これが、ポイントの1.集中の練習です。注意作用を意志作用を用いて動かしたり、その注意作用を維持する練習です。

 しかしながら、その集中を維持しようとしても、どうしても意識がその場から離れ、何か考え事をしてしまったり、過去のことを思い出したり、「今、ここ」にないことを妄想したりし始めてしまいます。
 この時が、ポイント2です。
そして、この時の、集中し続けることが成功で、集中が切れたら失敗なのではありません。人間の意識は動こうとするのが当たり前のことであり、それが習性です。
ポイント2の大切なことは、このように集中がきれてしまった状態、「今、ここ」に意識がなくなっている状態に、「気づく」ということです。”「今、ここ」から意識がなれてしまっている”という事がわかるようになる、その感覚がわかるということが大切です。
 焦らずとも、最初はなかなかわからなかった感覚が、続けていくと、徐々に少し意識が「今、ここ」から離れたり動いたりしただけでも、気づけるようにもなってきます。また、その日の体調や疲れ具合、抱えているストレスの大きさなので、この「気づき」がしやすいか、妄想や思考に流れやすいかといったことが体験からわかってきます。
この「気づき」の感覚を養っていくことが、基本的自己洞察のポイント2になります。


そして、ポイント3です。ここは意外と見逃されがちなのですが、マインドフルネスな感覚を養っていく上で、実践を先に進めていく上で、すごく大切なポイントです。

それは、ポイント2の「気づき」が起こったときに、その時に起こっている思考や記憶、妄想などを手放して、再び「今、ここ」の感覚に注意作用を戻してあげることです。

 通常、「気づき」で自分の意識が「今、ここ」の意識から離れたときに、意識はその時にやっていた思考や妄想などを続けようとします。特に、感情や身体感覚を伴うような思考、例えば、あんな嫌なことがあってもう仕事に行けないと考えて、身体がずーんと重くなっていたり、怒りがめらめらとわいている状況では、その時の思考や妄想をどんどん膨らませたくなります。
 そこで、それらに引っ張られそうになりながらも、それらをそれ以上膨らませずに、ただ「今ここ」にある身体感覚や呼吸の感覚に意識を戻していくのが、ポイント3のやり方です。
 
 特に、「気づき」で、意識がそれていることに気が付いたり、自分の望んでいなかったネガティブな思考を膨らませてしまったことに気が付いた時には、ついつい、「またやってしまった」とか、「今日の瞑想は失敗だった」など、そのことを、評価し、失敗とのラベルをはったりしてしまいがちです。

 ここで、そういったように、生じていた思考や感情を、評価せず、気づいたら、「ただ、意識を今ここに戻していく」という事が、大切です。特に初心者のうちは、そういった気づきが起こった瞬間してしまう評価や否定も含めて、「今の自分はこんなもんだ」と、そこで手放し、それ以上、思考や感情をふくらませずに、「今ここ」に意識を戻していくことが大切なのですね。

 これが、まさに、ポイント3の「手放すこと、受容すること、そのままにすること」というものです。
受容と聞くと、ついつい私たちは、受け入れる、肯定する、愛する、とか、反対に拒絶する、我慢する、無視する、というもの思いがちですが、マインドフルネスでの受容というのは、そのままにすることです。別の言い方をすると、いいことも悪いことも、そこに存在することを否定せず、ただ、それ以上、それを変えようとしたり、消そうとしたりしない、ということです。

 このポイント3の部分がよくトレーニングされ、その手放す感覚、受容の感覚を身に着けらているかどうかで、特にSIMTのセッション6以降の課題がぐっとやりやすくなります。
 そして、そのセッション6以降こそが、実生活での自分の様々な課題と向き合っていくときです。
 この時に、その態度が多少なりとも身についていないと、様々な課題やストレスと直面したときに、自分の中で反射的に、評価や拒否、などが起こり、その都度、感情が暴走して、体調を崩したり、つらい思いをしたりしなくてはなりません。
 たとえある程度、身についてきていても、そういった状況は常にチャレンジングであり、つらい思いをすることが多いです。

 そんな中を乗り越えて、マインドフルネスな態度を身に着けていくときにも、この「基本的自己洞察」の実践を丁寧にやっていくことで、自分の状態や受容の行い方を見直すことができ、続けていくための命綱になります。

 さて、今日は、基本的自己洞察のポイントとその意味について、書いてみました。
 私自身、今でも、この時間を大切にしています。
 マインドフルネスの実践を長く続けていても、自然と、自分の中の気づきが鈍って来たり、いまいち体調や調子が思わしくない日が出てきます。そんな時には、この基本的自己洞察に立ち返って、その実践の時間をあらためて丁寧に行っていくと、ある時、フッと、そういった状況を突破できることがあります。
 私自身も、マインドフルネスを学べば学ぶほど、この時間が大切だと感じるようになりました。

 ぜひ、皆様も、生活の中で、少しでも基本的自己洞察、瞑想の時間をとって、続けてみてください。その先にきっと大きな気づきがあるはずです。

 ではでは、今回も長文にお付き合いありがとうございました。
 ぜひ、またコメントなどお待ちしています。また気が向いたら、ブログに訪問しに来てください。

 それでは今日はこの辺で。

質問に答えて「一瞬だけチェックとは」

先日、以前ブログ「チェックだけでOKなのです」についての質問を読者の方に頂きました。

質問としては、

「一瞬だけチェックというのは、どの程度か感覚がよくわかりません。」
という内容です。
詳しく内容をみると、

『怒りを感じているのに気づくのは他人との会話の時が多いです。
自分に怒りが生じていると認識するのは、大抵会話が終わったあとです。
会話中に認識できるときもありますが、
「あ!(イライラしている)」と思った瞬間にも会話は続いているので、
相手の言葉を聞いたり、反撃や防御するための言葉を考えたりと大忙しで、
「この言葉でイラっとした」などと考えている余裕がありません。
(この「考える」は、実践として誤りなんですよね。多分。)

思考レベルでこねくり回しては意味がないのだというのは分かったのですが、
例えば会話後、怒りに気づいて、事の次第を整理するために思考するのは
実践として正しいのでしょうか。
セッション2で、記録表のコメント欄に感情的になった出来事について
記録する実践がありますが、これと同じことを感情的になった会話の
後に頭の中でやるのは「一瞬のチェック」に当てはまるのでしょうか。
(5分位は考えています。
怒りも収まらない状態なので、考えているうちに、
相手を罵倒する想起や思考に流れてしまうことも多いです。
それに気づいたら「あ、思考している」と思って止めます。)』

といった内容です。
非常にお気持ちわかります。
自分の心理現象にチェックをいれようと思うのだが、思考とチェックとの違いがわからない。
そして、チェックを入れようと思うと、思考や感情に影響されて感情を膨らませてしまう。
そういうことって、大いにあると思います。僕も最初は悩みましたし、質問者さんがやったようなことは僕も体験しました。
なので、実践をやっているうえで、本当に皆さんが感じる疑問かと思いますし、質問者さんがしっかりと実践に取り組まれていることもよくわかると思います。

どこまでお応えできるかわかりませんが、できる限り言葉に表してみたいと思います。

というのも、マインドフルネスというのは、技能であり、身に着ける感覚的なものなので、言葉で表すのは非常に難しいことなのですね。なにせ、本来は言葉で表せないことを、言葉を通して学ばなければならないというところに、すごく難しさがあるのです。もし運動のように、やってみせてあげることができればいいのですが、こればかりは自分の意識の中で起こっていることなので、見せるわけにはいきません。なので、僕のブログや講習会でもたとえ話を使うことが多いです。

言葉の、そして話の向こう側にある感覚をぜひ読み取っていただけたらと思います。

まず、私が、日々の生活の中、つまり行動時自己洞察にて感じる気づき、チェックというのは、一瞬のことです。
誰かと会話していたりしたときに、「今、感情が動いた!」とか、「これは怒りの感情だ!」「お腹がキュッとする感覚があった」などとブログ内でも書いたりしていますが、これらの気づき、チェックはほんの一瞬に自分の意識を横切るだけのものです。
だから、その感覚だけを文字であらわすなら、

「!」


という感じです。

言葉として思考しているというよりは、自分の中のアンテナが一瞬だけ「!」と反応する感じです。
そして、心理現象の名前付けなどをずっとやっているので、「!」の瞬間に「これは~だ」という名前付けも行われてしまっている感じですね。
ただ、「!」という文字だけでは、何が起こっているかわからないので、「今のは、思考がはしった!」などと書いているわけです。

もちろん、最初のうちは、名前付けもなれていませんがから、「!」だけではいかず、少し後追いに「今のは思考だったな」とか「怒りの感情が動いたんだな」というチェックはしてもいいと思います。
しかし、あまり長いことそのことに意識を向けているのはお勧めしません。

セッション4以降の連鎖分析や、セッション6以降では、自分の中に生じる特定意識とか、パターンとかを分析するという作業では、ある程度、自分の中に起こった現象を、意識の中で半数してみたり、思考をつかって分析する作業があります。

しかし、これはやるとしても、活動時自己洞察というよりは、記録表に記載する段階であったり、安静時の自己洞察の課題のひとつとして、静かな環境だったり、一人でいるときにやってみることです。

今回の質問者さんのおっしゃる通り、日常生活の中では、常に新しいことが起こっては消えていきます。その流れについていくためには、常に「今、ここ」に起こっていることに意識を合わせていかなければなりません。その時に、「今、起こったのは・・・」とあまりっ考えすぎてしまうと、どんどん「今、ここ」から遠ざかってしまいます。
さらに、感情が動いたときに、そのような分析作業をやると、その感情にかなり影響されて、ネガティブな感情を膨らませてしまったり、そのネガティブな感情に引きずられて、過去の嫌な記憶まで思い出してしまったりします。
だから、そういった時は、「!」という感じで、今、何が動いたのかだけチェックし、あとは、呼吸法だったり「今、ここ」の感覚に注意作用を向けて、落ち着くまでまつか、今の現実で行われていることに集中してください。

活動時に行う洞察では、1回だけ起こったことにそんなに時間を費やすような必要はないと思います。なぜなら、その後も、いくらでも似たようなことが起こってくるからです。だから、よくわからなかったら、「今のは何かが反応したと思うけど、それ以上はわからなかった」ということで、忘れてしまって結構です。ただ、この瞬間に何かが動いたということに気が付いたのが大切ですし、その瞬間に「!」が起こったことが、まずは大切です。

そのような「!」が繰り返されていけば、かならず、その先が見えてくる瞬間があります。
1回、1回、「!」を丁寧に積み重ねていくことが大切です。

一方、安静時の自己洞察→呼吸法をやりながら、注意の分散や移動をやっているときに起こる現象については、わりと時間もあしますし、感情がそこまで膨らみにくい状況でやっているので、活動時に比べると、比較的じっくりと、「あ、今、注意作用を動かして、視覚作用に集中しているつもりだったけど、知らないうちに思考が浮かんだな!」ということをチェックしてみてもいいと思います。

しかし、この時も基本は「!」という気づきを大切にしてください。ただ、名前の分類などに悩んだら、少し丁寧にどのような名前付けをするか考えてみてもいいと思います。
この時も、基本は「今、ここ」の感覚に意識を向けることなので、そのような名前付けのことが一段落したら、すぐに「今、ここ」の感覚に戻ってください。10分や20分もその感覚が何だったかと考えるのは、安静時の自己洞察の目的であるマインドフルネスの感覚を育てるということからは離れていってしまうと思います。

記録表の日記を書いたり、テキストのセッションを読んで、自分の中で起きた特徴的なことを、しっかりと言葉を使って理解したいという時は、その時間を使って、じっくり自分の中で起きたことについて、左脳的に分析してみてもいいと思います。でも、マインドフルネスの基本は、感覚を養っていくことだと思いますので、左脳的な作業はやりすぎないようにしたほうがいいのかなとも僕は思います。

セッション4以降の連鎖分析や、セッション6以降の課題で、自分の特定思考をわざと呼び覚まして止めたりする作業、そして分析したりする作業も、もちろん取り組んでほしいですが、それ自体は思考を膨らませたり、ネガティブな感情膨らませたりする作用もありますので、やっていて、「これは、自分の感情が膨らんできたな」とか「ネガティブな記憶が浮かんじゃったな」というようなことがあれば、なるべく早めにストップして、一度、その課題から離れてみるのがいいと思います。それ以上やると体調を崩しますので。

それでも、丁寧に、活動時の一瞬のチェックや、安静時の自己洞察の中でのチェックを丁寧にやっていけば、必要な分析は自然とできてくるものです。

じゃあ、具体的に一瞬のチェックで、どの程度のチェックまでやればいいかという事なのですが、こればかりは、試行錯誤で、やってみて、「あ、やばい」というような感じであれば、そこで止めて、呼吸や「今、ここ」のことに戻るといったことを繰り返していく中で、つかんでいくしかありません。
 逆に言うと、そういう試行錯誤を繰り返しながら、自分がこれ以上思考をつづけるとまずいというラインを学んでいくことがSIMTの学びそのものだと思いますし、試行錯誤の中でそういった感情のふくらみなどもチェックし続けていくことが、まさしく洞察なのだと思います。
 だから、質問者さんの、
「(怒りも収まらない状態なので、考えているうちに、相手を罵倒する想起や思考に流れてしまうことも多いです。
それに気づいたら「あ、思考している」と思って止めます。)」
という気づきはすばらしいですし、その通りでいいと思います。
ただ、質問者さんも感じているように、日中活動中のそういった感情が動いた直後での、思い出しによる思考での分析は、感情を膨らませて危険なので、まずは、「今、怒りの感情が動いた」とか「身体感覚があった」というのを、ひとめぐり意識の中でチェックしたらそれ以上は続けないようにしたほうがいいと思います。ちなみにこのひとめぐりのチェックというのは数秒~10秒くらいで行えば十分かと思いますよ。

ちなみに、感情やネガティブな思考が膨らんだなっと思った時は、やはり短時間ゆっくり呼吸法に戻ってしばらく続けると、そういった感情が収まるまでの時間を乗り切りやすくなります。
その時に、呼吸を「ひとつ、ふたつ・・・」と心の中でカウントすると、自動思考も抑制されやすいです。
僕は、感情的になりやすい会話や、会話の中で「このまま続くとまずいな・・」というようなときは、上記の方法を用いて、会話しつつも注意作用をそちらに向けて乗り切ることも多いです。
まあ、そのような中で続けるのは、大変なので、上記を行いつつタイミングを見計らって、会話をやめて物理的にその場を離れるのが一番ベストですけれども。

ただ、そのような感情が動いた経験、そして、それをなんとか乗り切れた経験、マネージメントできず怒りを爆発させてしまった経験、それらのどれもが、貴重な経験であり、その時の自己をしる貴重な情報ですので、あまり「うまくいった」とか「ダメだった」とか評価はしないようにしていきましょう。

さて、以上な感じで書いてみましたが、「一瞬だけのチェック」というのが、どんな感じかつかめたでしょうか。
なかなかクリアーカットにかけないのが申し分けないのですが、実際、様々な状況にあわせてそのチェックも程度を変えているというのが本当です。今回の説明で、そのあたりの感覚が伝わってくるれるとありがたいのですが、また実際の場面で悩むことがあったら、いつでも質問してください。

やはり、具体的な場面でこそ、悩むことがでてきますし、そういう時こそしっかり身に着けるためのポイントが隠されていると思います。

今回は質問ありがとうございました。
また、読んでくださった方々にも感謝です。

何かありましたら、いつでもコメントいただけると嬉しいです。
今後、SIMTを学ぶ会も少しずつバージョンアップをしていきたいと思っていますので、HPもご確認くださいね。
HP→マインドフルネス@つくば

ではでは、また書きます!

チェックだけでOKなのです

 
 少しずつ春の足音が近づいてきていますね。
 この季節は、花粉症との付き合い方に悩みますが、皆さんはいかがでしょうか。

 今日は、少し前に、勉強会の中で出てきた質問で、参考になりそうな話があったので、書いてみたいと思います。

 質問にあったのは、まだセッション2~3をやっている方からでしたが、感情の連鎖や思考のチェックをやっていって、今後、先行刺激の分析や後続結果の予測という課題をやっていこうとしているときだったと思います。

 自己洞察瞑想療法では、マインドフルネスを身に着けるために、段階的に「洞察」のやり方を学んでいきますが、まずは、自分が思考しているか、していないかを知るためのチェック、そして、思考以外にも想起や感情など、自分の中で起こる様々な心理現象に名前を付けるという実践、その中で特に感情に注目し、その感情の分類をする実践、そして、その感情が起こったりしたときに、それを引き起こした刺激や連鎖の洞察、またその後に生じる衝動や行動の結果予測などを行います。

 ちょっと文章で書くと難しそうに感じますが、例えば、「ムカッ」と怒りの感情が起こったら、何をきっかけにそのような感情が起こったか、その時に何か思考がよぎったか、などを一瞬だけチェックし、また怒りが生じたときに、自分の中にどのような反応をしたいという衝動が起こるか、またその衝動のまま反応すると、結果的にどのようなことが起こるかを、やはり一瞬だけチェックする作業です。

 ここでいつも僕が強調しているのが、自分がなんで怒ったのかとか、落ち込んだのかを、「どうしてだろう、こんなことが現認じゃないか」などと、考えて答えを出すのではなく、一瞬だけ、「テレビを見たんだな」とか「その瞬間、思考が働いたんだな」とチェックするだけ、名前を付けるだけで大丈夫だということです。
 先行刺激の分析といっても、「僕は、こういうことが嫌で、こういうことを考えてしまったのだろう」などと、思考のレベルで分析をしないほうがいいと思います。
 
 やってはいけないということではないのですが、うつや不安障害を治そうとしてこの療法に取り組んでいる方の場合、特に、そのような分析はおすすめしないということです。
 
 かわりに、自分の中に何が起こったのか、名前付けができれば、まずはOK。もし、その思考の内容が一瞬だけ、こう考えたなとyチェックできればそれでOKです。

 なぜかということをこれから書いてみたいと思います。

 確かに、鬱や不安障害で苦しい状況を好転させるためには、考え方を訂正したり、ちゃんと分析して修正をしていかなければならないんじゃないか、そうしないと改善しないのではないかと考えがちですよね。

 しかし、うつや不安障害の時は、考えることすべてがネガティブな方向に行きがちです。そして、自分に対して、常にネガティブな評価をもっていますので、どのような思考に対しても、結果的にネガティブな評価を下してしまい、最終的に「僕ってこんなにダメな奴」ということで思考が終わりがちになります。
 そのような、思考や評価を続けてしまうと、その分だけ、ネガティブな感情を膨らませてしまい、結果的に症状や体調はどんどん悪化してしまいます。

 じゃあ、ポジティブに考えればいいんじゃないかと、一般的には思うかもしれませんが、鬱や不安障害という、日常生活に支障をきたすレベルになっている時には、すでに脳のレベルで、生理学的に変化が起こっていることがわかっています。
 つまり、脳の中が変わってしまって、ポジティブに考えることが、不可能な状態になっているのです。
 このような人に、もっと前向きに考えろというのは、足を骨折していたがっている人に、なんで普通にあるけないの?と言っているようなものなのです。

 だから、そのような状態の時に、いくら課題の実践だからといって、思考のレベルで自分を客観的に分析し、改善しようと思っても、最終的にネガティブな自己評価や、無理な理想との比較により、落ち込む結果になっていきます。
 むしろ、そのような思考を繰り返してきたからこそ、病状がここまで悪化してきたわけです。

 マインドフルネスでは、そういった自分の中で勝手に決めつけたな思考や評価から一度離れてみることが非常に大切です。
 そこから離れるトレーニングを通して、脳の中の構造も回復してきます。
  足が骨折しているときに、足に負担がかかるような動作を極力しないように注意して、回復を促すようなものです。

 だから、いくら先行刺激の分析や後続結果の予測といっても、できるだけ、思考や評価を働かせずに、一瞬だけのチェックですませるようにしていくべきです。

 実際のところ、分析や結果の予測には、思考作用を使います。しかし、その使うのを最小限にしておいたほうがいいということです。どのような心理現象が働いたのか、その刺激は何か、思考した内容は何かを、一瞬だけチェックしたら、そのことはすぐに流して手放すようにし、「今、ここ」の呼吸や目のまで行っていることにに意識を戻すのが良いです。

 でも、それでは状況はなにも変わらないのではないかという疑問を持つ方もいるかもしれません。
 
 しかし、多くの場合、すでに生じている負の感情は、結果なのですね。
 骨が折れて痛みが生じているというのが、結果であるということと変わりません。
 痛みを止めようと、折れている骨をすぐにつなごうと、もんだりたたいたりすれば、余計痛みはましてしまいます。
 
 できることは、刺激をしないようにそっと休めて、あとは回復を待つだけなんです。

 しかし、そんな中でも、ひたすらチェックを続けていくと、自分の中に、繰り返し起こってくるパターンが見えてくるんですね。
 一度のチェックでは気が付かなかったことでも、自分が良くしてしまう行動や反応というのは、日常生活で繰り返しでてきます。
 同じことが、5回、10回と繰り返されていくと、どんなに鈍感な人でも、「あれ、こんなことが以前もあったかも」と気づくときがくるのです。

 それは、「僕の中のパターンはなんだ?」と考えて見つかるようなものではなく、ただ、淡々と上記のチェックを続けていったときに、ある時、「あれ、こんなこと、前もやってたかも」という風に、フッと、気づきが起こる瞬間があります。

 それが、自然と起こるまでは、ただひたすらに、名前付けや先行刺激の分析、後続結果予測などのチェックを続けることです。

 そして、そのパターンがわかってくると、そういうことを行った時に、どのような結果になるかが、自然とみえてくるようになります。
 
 そういう意味でも、チェックが大切なのですね。決して、ボケーっと、何もせずに過ごすわけではなりません。名前付けや連鎖の分析など、かならずチェックはするわけです。しかし、そのチェック以上に、深く考察をしようとしなくていいということです。

 
 先ほどの骨折の例えでいうと、足が折れているときに、痛みが走ったときにやっている動作をその都度チェックしていきます。
 そうすると、自分のどのような動作が、足の負担につながっていたかが、自然とわかってくるのです。
 無意識にしていた動作なので、それまでは気が付かなかったかもしれません。でも、痛みが生じたときにチェックを繰り返していくと、自然にいつも無意識にやっていた動作に気が付くことができ、その結果として、そういった動作を減らしていくことができます。

 ここでも、大切なのは、もしチェックを繰り返していって、パターンが見えてくると、そのパターンを無理に治そうとしなくても、明らかに自分にとって不利益しか生まないような行動や反応に関しては、自然ととらなくなっていくものだということです。
 むしろ、意識的に行動や反応を、正解と思われるものに変えようとするより、自然と、そのような衝動がなくなってくるまで、しっかりと、チェックをし続け、先行刺激やその結果起こることを、徹底的にチェックしていくことが大切です。
 そうすれば、自然と自分の進むべき道が見えてきます。そして、その時には、自然と、そのような反応へ、身体が導いてくれるはずです。

 そして、このチェックのみをして、すぐに今ここに戻していくトレーニングをしていくと、脳の構造も変化してきて、自然と、ネガティブな思考や評価から離れることができやすくなってきます。
 しかし、その変化が起こってくるのには、少なくとも数か月のトレーニングが必要です。
 筋トレが1日では意味がないのと同じことです。
 
 そして、このような習慣ができていることが、セッション6以降で、さらに深い自己を見つめていく過程で、大変に重要になります。なぜなら、その習慣ができない状態で、思考のレベルで、セッション6以降の実践をやっていこうとすると、大抵の場合、自動思考の罠につかまり、体調をさらに崩してしまうことになってしまうからです。

 しかし、このセッション6以降をしっかりとやらないと、再発をしない自分というのは作っていけません。

 だからこそ、この「チェックのみをする」という態度、実践を積み重ねていくことがすごく大事だと、僕は考えています。

 ぜひ、まだやりはじめでうまくわからない、効果が感じられないという方も、諦めずに実践を続けてみてください。
 かならず、効果が感じられる日がくると思います。

 何かご質問や意見がありましたら、ぜひコメント欄にお書きください。最近、更新が遅くなって申し訳ないのですが、これからもマイペースに続けていきたいと思います。

 ではでは、今日はこの辺で。


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プロフィール

Ko7

Author:Ko7

訪問ありがとうございます。
 

鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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