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はじめての方はこちらの記事をご覧ください → はじめに (2014/9/21)
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まずは三次感情に着目しよう!

すっかり1か月近くがたってしまいました。大きな仕事がひと段落したので、また書き始めたいと思います。

今日は、「三次感情に注目しよう!」というテーマです。
特に、実践をしはじめのころ、まだまだ体調の状態がすぐれないころには、ここに注目するといいんじゃないかと思います。

この「三次感情」というのは、セッション3で課題として出てきます。

呼吸法の実践、注意の分配や心理現象への名前付けなど、セッション1、2の中で習っていって、その後にでてくる課題です。

僕は、個人的には、ゆっくり呼吸法をしっかりと身に着け、それを繰り返し実践していくこと、そして、この三次感情を見つけて、そこからの思考の連鎖をある程度予防できるようになると、それだけでも初期の体調の悪さがだいぶ改善するんじゃないかと思っています。

ちなみに、わからない方とために説明すると、
一次感情・・・・・何かその場で起きたり、言葉を言われたり、見たり、聞いたりしたときにまず出てくる感情のこと。
二次感情・・・・・一次感情の結果として自分が起こした反応や行動に対し、返された反応として生じた感情のこと。
  例:相手の言葉に対し怒りが芽生えたため(一次感情)、怒鳴ったところ、無視されたためさらに怒りが強くなった(二次感情)

三次感情・・・・・一次感情や二次感情が生じたところから、時間的、空間的に離れたところで、思い出したり考えたりしたことにより生じる感情。
となっています。

ここで、一次感情、二次感情は、かなり強力な感情なので、最初のうちからコントロールしようと手を出したりしてはいけません。
これらは、結果として起こっているので、起こってしまった時点でもう消すことはできないものです。それを何とかしようとか、止めようとすると余計体調を崩していく結果となります。

そこで、三次感情なのですが、この三次感情というのは、日常生活の中でかなり頻繁に起こっていることなのです。これは、日中の洞察訓練を積んでいkとわかってきます。
 「感情」というと、泣いたり、笑ったり、どちらかというと激しいものを連想させるため、頻繁に起こっているといわれても最初は気が付かないかもしれません。しかし、ちょっとした気分の変化も含めて感情ととらえていくと、この三次感情というのは、すごくたくさん生じていることに気が付いていきます。

 そして、この三次感情のポイントは「今、ここ」ではないことです。

 うつや不安障害では、この「今、ここ」ではないことに対して、繰り返し思考や映像を思い起こして、気分を悪化させているという特徴があります。例え、無意識であっても、このことが繰り返されています。その結果として、体調を悪化させたり、希死念慮を生じたりしています。

 そこで、「感情」の変化に着目して、とにかく、日常生活の中で、自分の「気分」や「感情」が少しでも動いた時を徹底して洗い出すのです。
 まずは、まずは動いた時を発見できれば、それでいいです。実は、「感情」というのも、すでに結果なので、三次感情といえども、生じてしまったものを止めることはできません。まずは、感情が動いたことに気が付けるようになることが大切です。

 そして、ネガティブな三次感情に気が付いたら、そこで、すぐに呼吸法を始めましょう。意識が感情にひっぱられて、さらなる思考をめぐらし、三次感情をどんどん悪化させる前に、呼吸に数分~数十分、意識を向け続けて呼吸法を行い、自律神経の波がさるまで時間稼ぎをしましょう。

 おそらく、これに徹底して取り組むことで、初期には体調の悪化がだいぶ予防されるんじゃないかと思うのです。
 やはり、ここでのポイントは、起こってしまった感情は止められないという事です。
 「覆水盆に返らず」です。
 生じてしまった感情は、こぼれた水と一緒です。もうこぼれてしまった水を、お盆に戻すことはできません。またこぼれた水を多少拭くことはできても、濡れてしまった床を完全に乾かすことはできません。こぼれた水を何とかしようと必死になると、さらにお盆から水がこぼれていって、被害は大きくなります。
 乾くには、時間を待つしかないのです。今の水がそれ以上にこぼれないようにじっと乾くまで待たなくてはいけません。

 ここがポイントです。怒りが生じてしまった時、落ち込んでしまった時、それに気が付いてがっかりしてしまいます。
 気が付いたときには、どうしようもないくらい感情が膨らんでいるときもあります。
 しかし、そこで、たとえがっかりしてもいいんですが、それを無理やり抑え込もうとか消そうとか、どうにかしようとしないことが大切です。
 
 そこで、呼吸法があるんですね。できればゆっくり呼吸法を心掛け、ついついこぼした水(すでに生じてしまった感情)に向かってしまいそうな意識を、呼吸の方につなぎとめて、ひたすらそれを続けることで、自律神経の興奮や暴走が自然に落ち着いてい来るのをゆっくり待つしかないんです。

 すごく受け身な対応のように感じますが、これを徹底的に身に着けていくことで、ある程度、体調の波をしのいでいくことができるようになり、その結果、気持ちに余裕も生まれて洞察がしやすくなってきます。

 これができてこないうちに、無理に深いレベルまで洞察をしようとしても、そのこと自体が体調や感情の波を起こす結果となり、逆に体調が悪化してしまうことさえあると思います。だから、ここを徹底的に取り組んでいくことは、特に初期では大切なことだと思うんです。
 初期とは言いましたが、セッションが進んで本音の観察など、難しい課題が増えてきても、「やばい」と思った時に、この対応がとれると、それだけで体調をある程度、戻していくことができるようになります。大崩れしにくくなるということですね。困ったときに、戻れる安全地帯を自分の中に作れるのです。

 まずは、こういったように、三次感情にとにかく注目し、それが起こっていることに気がついていきます。そして、そこからさらに思考の連鎖、感情の連鎖を生まないように、呼吸法、傾注観察で対策をとっていきます。

 そして、それができるようになってきたら、次のステップです。
 それは、その三次感情が起こった直前、および直後に起こっている自分の中の連鎖を観察していくということです。
 先ほど、感情は結果だといいました。
 「感情」というのは、それが単体で起こっているのではなく、かならず何らかの連鎖の結果として生じてきます。つまり「感情」が動いている時には、かならずそこに連鎖が生まれているのです。
 その連鎖とは、どのような連鎖なのか、それを注意深く観察していきます。
 あまり具体的に書くと、そういうものだと思って、ついついそのような連鎖を探したくなってしまいますので、あえて書きませんが、自分の中で起こっていることに、丁寧に名前付けをしていく作業を、繰り返し繰り返しやっていくことが大切です。

 そうすることで、自分の中で感情が生じるきっかけとなっている事、そしてそのパターンなどが見えてくるのです。
 ここで大切なのは、そのパターンを無理に探そうとしないことです。探そうとしてしまうと、自分から「こんなパターンがあるんじゃないか」「俺ってこんなことを考えているかも」など自分で考えた出したものをパターンと認識してしまう可能性があります。
 洞察で得られる気づきとは、あまりそういったことではありません。
 ただ、名前付けの実践を繰り返し繰り返し行っていった結果、「あれ、こんなことを考えてた」と、思わぬ気づきがある場合こそ、価値ある気づきであることが多いです。
 ただ、ただ、実践の事実を積みあげていくことが大切です。

 そうしたパターンが分かってきて、初めて、従来生じていた感情や反応が起こらなくなったり、変化していくような判断や行動といったものが可能になってきます。

 特に実践初期は、「早く良くなりたい」「治したい」という気持ちが大きいので、こういったステップを駆け足で上りたいという焦りが生じてしまいます。
 でも、あえてそういった気持ちを横に置いて、ただ淡々と、課題の実践の積み重ねを続けていくことが大切です。
  
 そうした先にこそ、上に書いたような様々な変化や、実感を伴う改善を得られることだと思います。

 今日は、「三次感情に注目しよう」というテーマで、実践初期の日中生活時における洞察の目の付け所を解説してみました。
 
 またぼちぼち更新をしていくので、よかったら読みにきてください。
 ではでは失礼いたします。

SIMTにおける「変化」の起こり方


  前回の記事では、SIMTの実践では、ある状態を作り出す、強く目指すというより、ただ、今の状態を確認し名づけていくだけで実践内容としてはOKという記事を書きました。
 否定してしまう自分すら否定せず、ただ今の状況がどうであるか、どのようなことが自分の中に起こっているかを確認して名前を付ける、ただそれだけで良いというお話でした。

 では、もっと上達しよう、こんな自分を変えよう、変化させよう、そういったことをしないで、なんで改善していくのでしょう。
 現状を変えようとせずに、どうやって変わっていくというのか。
 そういった点について、今回書いてみようと思います。

 ここが、SIMT、そしてマインドフルネスの大変興味深いところで、ここが実家として理解できたら、おそらくマインドフルネスは一段上達した領域になっているんじゃないかと、勝手に思っているところです。

 ただ「気づく」だけで、もう前と同じではいられないんです。

 いくつか例を挙げて書いていこうと思います。
 
 例えば、自分が「ダイエットしたいと思っているけど、どうしても食べてしまう」「食べないで痩せるなんて無理!」という人がいて、いつも、「そんなに食べるべきではないのに、食べてしまう」という葛藤に陥っているとします。

 僕自身、これをいくら「食べたい、でも食べてはいけない」という我慢と葛藤のレベルで戦っていても、その戦いは決して終わることのない、勝つことのない戦いになってしまうのではないんだろうかと考えています。

 というのは、「食欲」自体は決して「悪」ではなく、人間が身体をもって生まれている以上、かならず存在するものなのですね。
 それを「無くそう」とか「コントロールしよう」としても、それは、大自然を相手に喧嘩を売っているようなものです。
 たとえば、天気が雨だからそれを意志の力で「止めよう」としても、止められないですよね。
 それと同じだと思うんです。
 
 じゃあ、どうしたらいいんだ、という時に大切なのが、「気づくこと」「気づき続けること」そして「知ること」です。

 ダメだと思うのに、無茶食いしてしまう時、後で後悔しますよね。「やってしまった」と落ち込むと思います。頑張ってやろうと思えば思うほど、落ち込みの波も大きいものになります。

 前回の記事で書いたように、ここでやるのは、とにかくこの状況で起こっていることを、徹底的に観察し、名前をつけチェックしてくことです。
 「今回は、ポテチを買って一袋、一気に食べてしまった」
 「その結果、今、後悔や罪悪感という感情が生じている」「その感情を身体は体の重さとだるさという感覚で感じている」
 「食べた結果、胃がもたれて、軽い吐き気という感覚もある」
 「どうしていつもやめられないんだろうという思考が渦巻いている」
 と、その状況を観察していきます。評価してしまっている自分も、ただ観察し、名前をつけていきます。

 この時点では、状況はなんにもかわりません。すでに起こってしまっていることで、起こってしまった状況は、すぐに変えることはできません。こぼれた水を戻せないのと同じです。

 でも、引き続き観察を続けていきます。

 「ポテチを一袋食べると、胃の膨満感は、翌朝まで残るけど、朝を抜くと、昼くらいにはだいぶ改善する」
 「仕事中の昼ご飯は、そこまで食べなくても、仕事があるからそこまで気にならない」
 「仕事終わりのコンビニで強い空腹感を感じる」
 「テレビを見ながら食べてたら、満腹感は感じないうちに、食べきっていた」
 「ポテチだと、胃がもたれる感じがでるけど、パンだとそこまでの感覚はでない。でも、まったくないわけじゃない」
 
 こういったように、日々の食べることも含めた観察をとにかく続けていくことが大切です。
 
 ここの観察で重要なのは、「自分がこれは観察したほうがいいだろう」とか「これは食欲と関係あるのではないか」ということだけでなく、できるだけ、日常生活で何気なくやっていることも、できるだけ徹底的に観察を続けていくということです。もちろん、できる範囲で構いません。

 時には、「ポテチではもたれるから、おでんを買ってみた」ということをしたときに、「結局、食べてしまったら、やっぱり苦しくて、落ち込んだ」ということもあるかもしれません。そして、それが何回かあるかもしれません。でも、「ポテチでも、大きさが小の袋のものは、一袋食べてももたれは軽かった」
 「今日は、帰りのコンビニでも、そこまで空腹感がなかった」
 「そういえば、帰ってくる前に会社で、ゼリーを一つ食べてきた」といった事実がわかるかもしれません。

 そういったように、自分が食べること、食欲に関連することが、だんだん観察を続けているうちに自然と浮かびあがってくるんですね。
 
 「同じ夜食でも、油が控えめのものがそこまででなそうだ」とか「翌日が休みの場合は、多少食べてもそこまで影響はない。でも、ポテチでいったらこの量まで、おでんなら、この程度までの話」とか、「どうやら、仕事で締め切りが近くなった時の方が、食欲は強いかもしれない」「そういう日は、我慢しようとしても、どうしても負けてしまう」

 といった、情報が集まってきます。
 
 この段階になると、食欲自体の存在は、以前と大きく変わりはありません。強い空腹感に負けて食べてしまう日もあるかもしれません。 でも、その食欲と付き合う方法が見えてきます。自分が関与できるポイントと、そうでないポイントが少しずつ分かってくるんですね。
 そうすると、食欲がたとえあっても、それ自体怖いものではなくなってきて、戦う相手ではなくなってくるんです。
 同じ「食べたい」といっても、それが常に同じではなく、強いとき、弱いとき、我慢できる程度の時、そういったことが分かってくるんですね。
 以前は、「食欲」という得体のしてない塊と戦っていたものが、「食欲」といっても、日々の自分の状態、環境、など様々な影響で変化しているものの一部ということが分かってくるんです。

 そうすると、前ほど食欲に振り回されることがなくなります。
 この段階になると、自分の食欲をある程度、破滅的な結果をもたらさず満たす方法も分かってくるので、前ほど、そのことで落ち込むような結果を招くことが少なくなってきます。
 
 これは、部屋で、いくら「どうやったら食べないですむか」「食欲に勝つ方法はあるか」といったことを考え続けても決してでてくる方法ではありません。誰かが書いた本をいくら探しても、載っていないものです。

 でも、むしろ自分の生活にとって、一番やりやすい方法が、ただ観察をするだけで見えてくるのです。

 結果として、本当に不思議なのですが、そのころには、食欲自体も落ち着いてくることが多いです。たぶん、「食欲」を無理に止める必要もなく、戦わなくても付き合っていけばいいとわかって、自分の中でその存在の重要度が下がってくるからかもしれません。

 なんとなく、観察を続けるだけで、変化してくるのが分かっていただけたでしょうか。

 大切なのは、「変えてやるために観察してやろう」、「ポイントを見つけだしてやろう」という強い姿勢でやるというより、ただただ、起こってきたことにそっと名前を付けて、あとは忘れちゃうくらいのつもりでやることが大切です。

 なぜなら、自分の中で重要なことは、かならず繰り返されており、どんなに忘れようと思っても、同じような局面が10回、20回、続いていくと、自然と「あれ、そういえば、この状況前にあったなー」と、気づくときがやってきます。
 そのうえで、また同じような状況があれば、「もしかしてこの状況は、、、、」と思って、予想した結果がおこり、「やっぱり」ということが必ず起こってきます。
 
 そうすると、その結果が、自分にとって好ましくないものであれば、自然と「じゃあ、こう対処したらどうなるだろう」と、ほかの方法をとろうとしてくるものなのですね。だって、好ましくないというのは、もう気づいたときにわかっちゃうわけだから。
 その対処が、うまくいっても、うまくいかなくても、それを何十回とやっていると、その中で、多少効果があるものが、また自然と残ってくるんです。だって、明らかにうまくいかないものをそう何度も繰り返す人はいないじゃないですか。ただ、この時も、何回か同じ失敗(と思われる結果)を体験するのは自分に許してあげましょうね。それも、ひとつの貴重な経験です。

 そして、概して、この気づきで得られる情報は、それまでまったく思いもしなかった関連や事実であることがほとんどです。
 無意識にっていうのはそういうことです。もし、今の時点で思いつくような事柄、アイデアは、すでに意識の中にあるものです。
 無意識は、意識できないからこそ、無意識なのです。

 そして、その無意識の中から、必要な情報を浮かび上がらせてしまうというのが、このマインドフルネスの、SIMTのすごいところだと思います。

 いくつか例を書こうかと思っていたのですが、すっかり長くなってしまったので、今日はここで終わりにしたいと思います。

 また、何か他のわかりやすい例を見つけたときは、改めて書いてみたいと思います。

 ではでは、今日はこの辺で。巷ではノロウイルスやインフルエンザが流行ってきているようですね。
 お互いに気を付けましょう。

 今日もお付き合いありがとうございました。次回もよかったら読んでください。

 
 

否定してしまう自分を否定しないこと

 
  このところ、書くことがいつも同じようなことになってしまっているかなーと思いますが、ひとつのことを色々な角度から書くことは、それなりに意味があることかなと思うので、今日も書いてしまいます。

 マインドフルネスは、そしてSIMTは、皆さん何かを得たくてやっているんだと思います。何かを変えたくて、うつを治したくてやっているんだと思います。
 
 この「変化したい!」「治したい」という気持ちはすごーく大切です。
 この気持ちがあるからこそ、日々の実践を続けていこう!と思うのです。
 
 でも、やればやるほど苦しくなる。

 そんなときが、特に実践をし始めてから少し慣れてくるとあるかもしれません。
 ここには、誰しもぶつかってしまうSIMTやマインドフルネスのポイントがあるんじゃないかと思います。
 そこについて、今日も書いてみますね。

  SIMTを実践し始めるのは、この手法の特徴として、うつや不安障害に悩むかたが多いと思います。
 一刻も早く、今の自分を変えたい!この状況から抜け出したい!そういう気持ちが強いのではないかと思います。

 そうやってSIMTをはじめて見たけれど、呼吸法を続けて、心理現象に名前を付けてとやっていくけど、ネガティブな思考はどんどんわいてくるし、自分で評価もしてしまって、ちっともよくなっている感じがしない!受容なんて無理無理!
  そんな状況を経験されている方は多いんじゃありませんか?

  この状況、ちっともうまくいっていないように見えますが、マインドフルネスの観点からいうと、すごく上達している、もしくは、きちんとマインドフルネスができている、と言えると思うのです。
 こういった相談を受けたりしたとき、僕は、「あー、この方、すごく一生懸命されていて、すごく洞察ができているなー」と思ってしまったりします。

 というのも、SIMTにおいて(マインドフルネスにおいて)、大切なことは、「自分を変化させる」ということではないと思うんです。
 大切なのは、「今、ここにある自分や状況を、ありのままに観察すること」なのです。
 
 だから、極端にいうと、「思考を膨らませてしまうこと」や「自分を評価してしまうこと」だって、やってしまってもいいんです。
 もちろん、それが続くと、自分自身がつらいから、思考を膨らませないことや自分を評価してしまうことを止められたリ、やめられたリできたらそれが一番です。

 ただ、実践を続けていらっしゃる方ならだんだんわかってくると思うのですが、「思考を膨らませてしまうこと」や「自分を評価してしまうこと」、そして、そんな自分に対して「落ち込んでしまうこと」、といったものは、どれも自分の力でコントロールなんてできないものなのです。

 でも、SIMTの本には、「思考を止める」、「評価をしない」、「受容する」って書いてあるじゃない!と思うかもしれません。
 実際、僕も、以前のブログで同様のことを書いてきています。

 しかし、こと実践し始めのころ、特に、自分で「受容」とか「評価しない」なんてできないなーと感じている段階のころは、基本的に、上記のことは、「自分の力では変えられない」と思っていたほうがいいように思います。

 じゃあ、何のためにやっているのかということなのですが、現実的には、実践を続けていくと、「思考を止められるようになってくる(というか連鎖しにくくなってくる)」、「評価をしなくなってくる」、「受容できるようになってくる」ということは事実なのですが、いずれも、自分の力で思考の連鎖が続いてしまっているものを、起こさなくできるとか、評価をしている自分をやめてしまえる、とか、なんでもかんでも受け止められる!なんてことではないんです。

 SIMTの実践を続けていると、自然と、結果として、「自分が思考していることが、自覚できるようになってくる」→「結果として、無意識な連鎖が減る」、「評価をしていた前提自体が消えてしまうため、いつの間にか評価をする必要がなくなった」とか、「受容できているのかどうかわからないが、前ほどそのことについていろいろ考えなくなっているので、受容できているのかな」とか、そんなもんです。結果として、起こりにくくなっているというだけで、自らの力で自分自身を変化させているというよりは、自分の中のどうにもならない部分を悟って、それに対しては無駄な抵抗をしなくなるという感じかもしれません。

 ここを勘違いして、「SIMTが上手にできる人、こういったことがスマートにできているはずだ!」「自分の努力が足りないから、需要ができないんだ」とか「自分がへたくそだから、思考が止められないんだ」、「意志の力が足りないんだ!」などと思ってしまうと、それ自体が、評価、思考、感情をどんどん沸き上がらせ、どんどんつらくなってきます。そんなものを続けられるはずがありません。やればやるほど、つらくなってしまいます。

 そういった状態の時は、じゃあ何をすればいいかというと、そんな自分自身に起こっていることを、ただ、チェックだけすればいいんです。「あ、また思考に走っちゃったな。」「評価しちゃったな」「つらくなったな」、「また落ち込んだな」とか、これができていれば、SIMTの実践は、まず合格点なんです。 
  思考に走っても、評価しちゃってもいいんです。それに「気づいてさえ」いれば。
 そして、「受容」というのは、「うまくいかない自分、うまくいかない状況を、すべて穏やかな心で、受け入れられること」ではないんですね。マインドフルネス、そしてSIMTにおける「受容」というのは、「否定しない」ということに近いように思います。
 どんなことに対しても、できるだけ「否定しない」ということなんです。
 でも、注意してくださいね。「うまくいかなかった」と自分を否定したら、そんな自分も「否定しない」ことなんです。
 矛盾しているようですが、「否定してしまう自分をも、否定しない」ということです。
 だから、「気づけてさえ」いれば、OKなんです。自分が否定した、思考した、評価した、落ち込んだ、そういった事実に「気が付いて」さえいれば、それが、受容したということなんだと思うんです。

 だから、そういう風に僕は思っているので、相談なんかを受けると、「今、自分が思考や評価をしてしまっている」ということがわかっているだけで、「あー、この人は、しっかり実践をしているじゃないですか」と思ってしまうのです。

 問題があるというか、もし変えたほうがいいものがあるとすれば、「思考をしてしまう自分」とか「評価してしまう自分」の方ではなくて、「もっと理想的な状態があるはずだ」、「こういう良い状態に早くなりたい、なれるはずだ」という妄想の方だと思います。

 なので、自分がSIMTの実践で、「うまくいかないなー」と思ってしまったときは、すぐに「うまくいくって、何?」、「今の自分は、こんなもんだ、このしょうもない自分と感じるけど、これが今の僕の姿だ」と確認して、それができればOKとしています。
 そして、「今は、この程度でも、合格点」と自分に一度いいきかせ、また観察にもどるようにしています。

 評価をすれば、落ち込みます。思考を連鎖すれば、落ち込みます。でも、そうなっちゃったら、もうそれは自分の力では消せません。あとは、「今の自分は、こんなもんだ」と思って、今、その瞬間に自分に起こっていること、その状況を観察して、ただ「名前をつけて、意識を今(呼吸など)に戻す」ということをしていきます。どこまでも、どこまでも、この「きづくこと」「観察すること」を続けていきます。
  たとえ、「こんな状況で、またおちこんじゃったよ」とか、「またダメかも」と思っても、100%同じ状況というのは、決してありません。その落ち込み具合はどの程度なのか、身体のどこでそれを感じているのか、その時、目の前の状況はどんなか、そういったとを、その落ち込んでいる自分とともに、ただ観察してください。少しでもその状況に「気づけて」、名前を付けられていればそれで合格です。

 でも、そうやって繰り返していくと、だんだん、自分の特徴が見えてくるんです。どういった思考が繰り返されているのか、状況と思っていたものの中でも、特にどんな要素が影響しているのか、自分の中のどんな評価が繰り返し働くのか、そして、その評価は本当に機能しているのか。そういったものが、自然と見えてきます。

 ここで強調しておきたいのは、こういったことは、ただただ、観察、洞察を積み重ねていった結果、自然と見えてくるものです。
 決っして、「自分にはどんな特徴があるだろう」「自分の中のどんな評価が悪さしているだろうか」と、座って考えていて見つかるものではありません。それは、さらに自分の中に、自分の思い込みを作る作業であり、自分をどんどん追い詰めてしまいます。
 理想像をつくって、自分を苦しめてしまうのと同じですね。

 だから、実践を始めると、いろいろなことが見えてきて、そして、自分の思い通りにならなくて、苦しい時期がかならず来ます。
 でも、それは普通のことなんです。みんなが、体験していることです。

 だからこそ、思い切って、「自分なんて思い通りにならないもの」と割り切っちゃいましょう。
 そして、自分にできること=呼吸法、名前付け、洞察
 そういったことを、ただただ、息をするがごとく、ただただ繰り返していきましょう。かならずその先に、見えるものができていますし、
そういう風に、割りきっちゃうと、続けることも少し楽になりますよ。

 実際、僕がこうやっていえるようになるにも、SIMTの開始から2年すぎくらいからでしょうか。今、3年間ほどになりましたが、そんなもんです。もちろん、そこまでいくまでにも小さな気づきはいっぱいあったし、体調も少しづつ回復はしましたけどね。

 前々回のブログでも書いたように、たとえ洞察や呼吸法をやり始めて、やり方を覚えても、脳が変わるのには時間が必要です。
 その時間を待てずに、すぐの「変化」を期待するのは、今日、腕立て伏せを10回やって、「いつになったら、100㎏のバーベルを持ち上げられるかな」って毎日考えていくようなものです。
 それを目指すことは、すごくいいこと、続ける力かもしれませんが、その結果を期待しすぎてしまうと、トレーニングがつらくなっちゃいますよね。でも、ただただ、そういった実践を続ける先に、100㎏のバーベルを持ち上げられる日がくるかもしれません。

 さて、今日は、実践をやり始めて誰しもがぶつかりやすい問題について書いてみました。問題といいつつも、このことに気づくということ自体、成長なんですけどね。
 初心者の方向けという感じですが、これと同じようなことは、状況を変えて繰り返し自分に起こってきます。僕も、いまだに今回書いたような方法で、自分の中の「評価」や「どうにもならない感情や思考」と対応しています。

 ぜひ、何かと困難を感じている方も、あきらめずに実践をお続けください。おそらくあなたが思っている以上に、実践自体はうまくいっているのだと思いますよ。あとは、肩のちからを抜いて、今やっている実践を、無理なく続けていくことが大切です。

 ではでは、今日はこの辺で。今回も、お付き合いいただきありがとうございました!


マインドフルネスの実践中に脳の中で起こっていること

11月に入ってしまいました!
今月もなかなか忙しい月になりそうですが、自分で妄想をを勝手に膨らめて忙しくせず、日々の目の前のことに意識を向けていきたいと思います。
 忙しい月になりそうだ!と書いている時点で、自分の意識の中で忙しい生活のイメージを作り出して、それに伴う身体反応は、その瞬間から起こってしまいますものね。
 いやいや、気を付けよう。

 さて、今日は、最近、読んだ本の中に、マインドフルネスの実践者の脳の中で起こっていることについて、自分の実感と一致するというか、おもしろいなと思った部分があったので、記事にしてみたいと思います。

 読んだ本というのは、この「マインドフルネス 基礎と実践」というちょっと専門書的な本です。

 

 国内のマインドフルネス研究者の第一人者の方々が最近のマインドフルネスについての知見(エビデンス)を中心にまとめた本です。内容もかなり専門的な内容なので、一般向けではないのですが、心理学や医学的なことについて知識のある方にはとても面白い本だと思います。

 まだ読み始めなのですが、その中で、脳科学的なことについての最近の発見が前半部分にあり、そこで面白い事実を見つけたので、紹介してみたいと思います。

 いろいろあるのですが難しい話にもなるので、今回読んだ本にのっていた脳科学的に脳内で起こっている現象と自分がSIMTの実践をする中で感じていた実感が一致していたというものを一つ。

 瞑想を実践しているとき背外側前頭前野(dlPFC)という部位が活発に活動します。この部位は、いわゆるワーキングメモリとよばれる「意識的に何かをしようとするとき」に使われる機能のグループに属する部位です。つまり、傾注観察法などで、意識的に選択や掃除、食べることなどに意識を傾注しているときに働いている部位です。
 そして、もう一方、偏桃体という部位があるのですが、これは、不安や恐怖などの情動をつかさどる部位といわれおり、不安になったり緊張したりするときに、よく活動している脳の部位のようです。

 また、デフォルトモードネットワーク(DMN)と呼ばれる活動が注目されており、安静時や心の瞑想状態、無意識に物思いにふけっている、連想を働かせているような状態のときに活発に活動する神経部位のグループとして知られています。
 
 抑うつ状態の人では、このdlPFCという部位の活動が鈍く、偏桃体の活動が活発で、さらにDMNの活動も活発であることが知られています。
 つまり、何かを意識的に何かに集中したり行ったりするのが難しく、不安や緊張の感情が起こりやすく、そこから、さらに様々な考えを勝手に巡らせたりしやすい状態というわけです。そして、少しの苦痛で、こういった感情を誘発しやすく、ネガティブな思考をめぐらせやすくなっています。

 そこで、瞑想を実践すると、苦痛の刺激があっても、このdlPFCという部位が活発に活動し、一方で、偏桃体の活動や、DMNの活動が抑制されるという活動が観察されています。つまり、意識的に瞑想を行うことで、苦痛の刺激があっても、不安や緊張がある程度抑制され、考えを巡らすことが少なくなったということです。

 しかし、ここで面白いのが、瞑想を習い始めて数か月程度の人まではこのような傾向が観察されるのですが、数年間以上実践を続けている実践者の人たちでは、また違った脳内の活動が観察されたということです。

 というのは、長期間の実践者たちでは、苦痛の刺激にも、dlPFCの活動も、そこまで活発ではなく、偏桃体の活動も普通にみられる状態で、DMNの活動のみが低下していたというのです。
 これは何を意味しているかというと、苦痛の刺激にあうと、それに伴って、不安や緊張の反応も普通に起こっているが、その結果生じる、考えを巡らせるような活動を起こしていることはないということだと思います。

 つまり、瞑想初心者のうちは、意識的に瞑想の実践をやっていくことで、苦痛の刺激にともなって生じる自分の中の不安や緊張、そしてネガティブな思考を抑え込んでいるということなのですが、熟練してくると、そのようなことを意識的に起こそうとしなくても、そして、自分の中に不安や緊張の感覚が生まれたとしても、それも、そのままにして、そこからいろいろな連想を膨らませることがないということだと思います。

 この変化が、僕の実感とすごくマッチしていたので、興味深く思いました。

 というのも、SIMTの実践そして瞑想を続けて、3年ほどになりますが、最初のころは、課題をこなすのに一生懸命で、自分の中の不安や不快な症状に引っ張られそうになる意識を、ひっしに、呼吸に意識を向けたり、傾注観察で、今ここでやっていることに意識を向けたり、すごく、意識的にそういうことをやっていたように思います。

 しかし、いつ頃からかははっきりしませんが、意識的に注意を症状やネガティブな思考の連想から離して、呼吸や身体感覚などに向けるというより、自分の中で生じた様々なネガティブな感覚を、「そのまま」として扱い、眺められるようになってきている実感がでてきました。

 嫌なことがあれば、「いやだな」とか「体が重いような感覚」などは、生じてくるのですが、そこから「あーだからダメなんだ」とか「これで、台無しだ」とか、ネガティブな思考を巡らせることなく、というか巡らせるのを少なくして、『「いやだな」とか「重いな」と今は感じているんだな』と、自分の中に生じた感覚を感じたまま、それを思考で膨らませずに、そこから先は、その感覚が消えゆくままに、そのまま自分の中に置いておくことができるようになってきたのです。

 この、今まで自分が実践の中で感じてきた感覚と、今回の本でよんだ脳内での活動が、すごく一致しているような気がして、自分の体験、実践に少し自信が持てました。と同時に、はじめのうちにそれがうまくいかないのも当然で、意識的にやっていくうちに、自然とできるようになる過程が、画像的にもとらえられるんだなーと、そちらにも自信が持てたというか、そういうものなのだと安心できたという感じです。

 個人的な体験であるマインドフルネスが、このような形で、客観的なデータとして示されるのも大変おもしろいなと思います。

 よんだ文章の中で、論文に書かれていたことの引用などかもしれませんが、こういった科学的な知見を応用し、脳波や脳の活動部位を観察しながらマインドフルネスを練習することで、より個人に合わせた瞑想法を選択したりするのに有用ではないかと語っていました。つまりヘッドギアなどでこの状態が観測できれば、その状態を意識的に作り出し観測することで、より早くマインドフルネスが身につくのではないかということです。

 ただ、この点については、僕は注意が必要かなと思います。
 確かに今回のことは、マインドフルネスの実践と、その活動部位の関係を表しているとは思いますが、熟練者が、dlPFCをあまりつかわず、偏桃体をそのままにしたまま、DMNだけ抑制できているからといって、じゃあ、観測したときに、dlPFCや偏桃体に変化がなくDMNだけが低下している人は、みな、マインドフルネスの実践がうまくできているかというとそういうことではないかと思うからです。

 つまり、Aの時、 Bがなりたつといったからといって、ついついA=Bと思いがちですが、Aの時、Bが成り立つからといって、Bの時、Aがなりたつということは必ずしも言えないからです。

 例をあげて話すと、例えばある武道が強いAという人がいたとします。その人は、いつも草履をはいていて靴を履きませんでした。そして、またBという武道が強い人が靴ではなく、草履で生活していたとします。それをみた少年が、「そうか、強い人は草履をはいているのか、じゃあ僕もそうしよう」といって、毎日、草履をはくようになりました。もし、この少年が、「よし、僕は草履を毎日履いているから、これで強くなれるぞ!」と思っていたらどうでしょうか。
 決してそんなことはありませんよね。確かに、強い人が草履をはく理由はあるのかもしれません。素足のほうが、さまざまな大地の感覚を繊細に感じ取れるようになり、武道をやるうえではその感覚は大変重要なのかもしれません。でも、それは、ただの一条件であり、草履にすることで得られる「感覚」そのものを理解しようとしなければ、「草履をはく」という行為自体は意味のないものになってしまいます。

 なので、このような脳科学での所見が認められたからと言って、こういった所見を生じさせるために瞑想を行っていたのでは、この草履をはくことで強くなったと思っている少年と同じ状態になってしまうと思うのです。
 もちろん、この知見自体は重要で、こういったことの積み重ねは大変意味あるものだともうのですが、その利用の仕方には注意が必要なのだと思います。

 真似することは確かに大切なのですが、大切なのは、真似したり、画像上同じになることより、地道な実践を続けながら、言葉では伝えきれない、画像でも図り切れない、その「感覚」というものを自分なりにつかんでいく必要があるように思うんです。

 最後は、少し本線から脱線してしまいましたが、今日は、自分が実践の中で体験した感覚の変化と、脳科学的な知見が一致していたよーというお話を書いてみました。
 

 少しでも参考になる部分があったら幸いです。
 ではでは、また次回。よかったらお時間のある時にお付き合いください。

注意!:ここで紹介した知見は、すべて絶対に正しいというわけではなく、まだ研究途上の事実のようです。
      瞑想中の脳画像とはいっても、瞑想法にもいろいろありますし、長期間実践をしてきたといっても、どのような方法をとったかで使っている脳部位は違う可能性があり、現在発表されている研究結果も、結果は様々な意見があるようですので、詳しく知りたい方は、今回ご紹介した本を参考にしてみてください。

SIMTを学ぶ過程で、状況により重点をおくポイントについての考察


 いよいよ蒸し暑い日が増えてきましたね。
 寝苦しい日も多くなり、体調を崩しがちな季節です。十分に気をつけながら日々生活していきましょう。

 今日は、SIMTを習い学んでく過程において、こういう状況、自分のマインドフルネスの進展具合で、どのようなところに重点を置いて学ぶと良いかという点について、考察してみたので、よかったら参考にしてみてください。

 SIMTを学んでいく過程って、結構大変ですよね。
 やること自体は、そんなに大変な課題はないのですが、でも調子の悪いときに課題をやっていくってやっぱり大変だと思います。
 欧米のマインドフルネスや認知行動療法が、いわゆる再発予防に力を入れられてるのも、そういった理由があるのではないでしょうか。課題を遂行していくって、調子が悪くてダウンしている時は、中々できないと思うからです。

 でも、SIMTも、そのように体調が改善し、ある程度良くなってから始めなくちゃならないのかというと、そういうわけではないように思います。
 
 僕が経験した感じからは、調子が悪い人こそ取り組んで欲しい、始めて欲しいと思う部分もあるからです。
 だって、良くなってから始めるんだったら、一番必要としている人の所には、助け船が出せないということじゃないですか。
 それでは、あまり意味がないと思うんです。やはり、つらい人にこそ活用して欲しい。そういうものこそ、本物だと思うし、それが大切だと思うんです。まあ、そんな個人的な思いは置いといて。

 でも、そういった調子が悪いときに、SIMTのステップを全部やろうとすると、さすがに無理だし、しんどくなってむしろ調子を崩してしまう可能性が高いと思うので、僕なりに体調により重要なポイントをピックアップしてみたいと思います。

 鬱や不安障害の改善のステップをまず分けてみると、、、
   ① 気分の落ち込みや体調が悪すぎて、日常生活もうまくおくれていない状態。
   ② 日常生活は、ほぼ問題なくなったが、まだ仕事など社会的生活は難しい状態。
   ③ 仕事など社会的生活はできるようになってきたが、まだ症状に波があり、時につらくなる状態。
   ④ 仕事や家庭生活、社会生活をおくれており、多少の体調の変化では問題ないという状態。いわゆる寛解状態。
 
 という感じに分けられるかなと思います。
 僕が再発を繰り返していたときは、①、②、③の間を行ったり来たりしていましたね。③の状態になったといっても、自分としては、どうして調子悪くなっているのか、どうやったら良い状態を維持できるのか、全く分からず不安が一杯でした。

 ではでは、まず① 気分の落ち込みや体調が悪すぎて、日常生活もうまくおくれていない状態。 においての、重点ポイント。

 この状態では、前頭葉のワーキングメモリもかなり低下していることも多い状態です。
 おそらく、ちゃんと本を読んで、理解するということ自体、難しい人は多いのではないでしょうか。
 この段階では、あまり難しい洞察までやることは困難だと思うので、まずは、呼吸法をしっかり学んで、身に付けていくことが大切だと思います。それをやるだけで、かなり体調自体が改善されることが多く、それだけで②の状態になれる事も多いのではないでしょうか。
 呼吸法でも、特に、セッション①でやる「ゆっくり呼吸法」をしっかり身に付けていくのが大切です。
 ほんの気持ちでいいので、吐く息を細く長くします。この時、大切なのは、5秒と10秒とか時間を決めて、無理にその時間にあわせようとしないこと。それをやると、時間を達成させるために、無理をして頑張る事となり、結果的に交感神経を活発にして余計つらくなってしまいます。
 ほんの気持ちだけでもいいので、吐く息を長めにとって呼吸をしていくと、少しずつ少しずつ、身体のリラックスの状態にあわせて、呼気の時間もゆっくり長くなってくるので、自分のペースでやっていけばいいです。
 ここで大切なことは、その時に、なるべく呼吸に意識をむけて、あれこれ考えないように、ネガティブ思考の悪循環をまわさないようにするということが大切です。
 調子が悪すぎて、どうしてもネガティブな思考に引っ張られてしまうという人は、呼吸を数えながらやるなど意識を無理矢理にでも、呼吸にむけるといいと思います。「ひとーつ、(と数えながら息を吐き、『つ』が終わったら、速やかに息をすう)、ふたーつ、みーっつ」と数え、「とーう(10)」までいったら、また「ひとーつ」に戻ります。

 これを10分から15分くらいは続けていると、副交感神経が刺激され、不思議と身体の緊張や症状、不安感が楽になってきます。もちろん、症状や発作の強さにはよりますが、繰り返し繰り返し続けていると、呼吸法をやれば、症状がやわらぐようになってきます。また、症状が悪くなりかけて来た時に、すぐこの呼吸法をする習慣をつけることで、思考と症状悪化の悪循環をある程度、止めたり和らげたりできるようになり、大きく体調を崩す事が少なくなってきます。つまり、②の日常生活は送れる状態に改善するわけですね。

 ここで、パニック発作をもっている人、不安障害の人の中には、呼吸自体に意識をむけることがつらい人がいるようです。
 そういう人は、「吐く息はゆっくりしたほうがいいんだな」という意識だけ持っておきながら、意識をむけるのを、例えば歩く瞑想を利用して、一歩一歩の足の裏に集中するようにするとか、ただ見る訓練のように、目の前の物の輪郭を目で置くことに意識をむけるとかしてもらえばいいと思います。その時に、「ひとーつ、ふたーつ、」という呼気を長めにとるカウントさえしてもらえば、だんだん自然と呼気が長いゆっくり呼吸法が呼吸に意識をむけずにできます。

 SIMTのセッション1の段階でも、その後必要になる、活動中の洞察の訓練は始まっています。また包んで映すなど、その後の洞察の基礎となる技術も盛り込まれていますが、あまり調子の悪い段階では、活動時の洞察や包んで映すを頭で理解しようとするのは難しいと思うので、つらい状況の方は、まずは、ゆっくり呼吸法とそれに意識をむけて、思考の悪循環を止めることから始めればいいと思います。
 そして、体調が改善してきて、できるようなら、活動時の傾注観察、思考をしているかのチェック、包んで映すなどの理解に取り組んでいくといいでしょう。

 では、②の「日常生活は、ほぼ問題なくなったが、まだ仕事など社会的生活は難しい状態。」では、どうしてったらいいか。
 この状態でも、呼吸法の習慣と実践は、ぜひ続けていください。その実践を続けることで、脳や身体自体が、悪い症状やネガティブな思考ループを起こしにくくなっていきます。
 そういった呼吸法がある程度身について来たら、いよいよ洞察の訓練の開始です。
 セッション1,2,3といったところで取り上げられている、傾注観察法、思考のチェック、心理現象の名前付け、感情の連鎖、など、その後の活動中の洞察の基本となるようなスキルを重点的に、練習するのがいいと思います。いずれも、日常生活の中の場面でできるものです。これが社会活動の中での洞察となると、一気に難しくなるので、家庭での生活の時に、こういったスキルをしっかり練習しておくと良いです。それをしっかりしていると、不思議と、忙しい社会生活の中でも、ふとしたときに、洞察モードが働いてくれるようになります。
 そして、この練習の段階でも、家庭生活自体が、社会活動の縮小版みたいなものですから、親や配偶者、子供との関係を、この洞察の基本的なスキルを使いながら見ていくだけでも、様々な気づきが得られます。この状態のうちに、セッション後半に入ってきたら、本音の観察などもどんどんやれる範囲でやっていった方が、その後の為になります。

 では、そういったことを続けて、③ 仕事など社会的生活はできるようになってきたが、まだ症状に波があり、時につらくなる状態。
 この状態は、良くなってきたように見えて、結構つらいですよね。だいたい、体調というのは、たとえ悪くても悪いなりに落ち着いている時の方が、意外とやり過ごせます。よくなったり悪くなったりすると、その波の中で、ついつい波に飲み込まれて自分を見失いそうになってしまい、意外と精神的にはつらい時であったりします。
  
 ここで、今まで培ってきた、呼吸法や傾注観察など、つらい症状に対応する手段が力を発揮します。
 まずは、波に飲み込まれずに、乗りきっていくのが大切なので、こういった方法を駆使して、なんとか波をやり過ごせるようになりましょう。やり過ごせるようになりさえすれば、いろいろと対策の打ち方が見えてきます。そのためにも、今までのセッションで学んだ事を駆使して、また、自分なりの問題点・症状の特徴とその対策をいくつも持っておくことが大切です。あまり先のことを考え過ぎたり、活動範囲を広げることを頑張りすぎずに、まずは、波に対処していくことが大切になるように思います。セッション7~10くらいの事は、このために大切な課題が多くあります。

 そして、ある程度、自分なりに波に対する対処法が分かってきたら、さらに洞察を深めるチャンスです。
 というのも、家庭での生活より、社会活動を開始していくと、様々な場面に出くわすようになります。ストレスフルな状況に合うことも多くなるわけです。だからこそ、様々な症状や調子の波がでてくるわけですが、実は、こういった場面こそ、自分の本音や自分の中の評価基準を洞察するチャンスなのです。自分の感情が動き、身体反応が出現するような場面というのは、自分の中にかならず何らかの「評価」が働いていることが多いです。だから、その「評価」に気がついた時には、その「評価」の後ろにある「評価基準」というのを、一瞬でいいので意識してみると良いです。そうすると、思わぬ気づきが得られたりします。
 意外と、それまで当たり前に思っていたり、当たり前と思って反応していた事が、かなり独善的な判断であったと気づくきっかになったりしますよ。

 それでも、活動中、社会生活の中では、今自分がやっている仕事に没頭していることが多く、こういった観察、洞察はかなり難しいと言わざるをえません。僕も未だに良くできているとは言い難い部分もあります。だから、無理にこういった洞察までしようとせず、ちょっとつらい状況になってきたなと思ったら、洞察までは考えず、その波をやり過ごすことに焦点を当てて、その時を過ごしてもいいと思います。
 やり過ごせば、また少し調子の良い時期もかならずでてきますから。

 こういった波がある程度、やり過ごすことができるようになってきたら、いわゆる体力をつけていくのも大切な事のように思います。日常生活の中で、運動を取り入れて行くことは、鬱や不安障害において、変化してしまって過敏になっている脳内のネガティブ回路を抑制し、むしろ前頭前野といった部分を活性化してくれる作用が分かっています。ですから、SIMTの本でも、初期から運動を課題として取り入れるように書かれています。
 しかし、僕自身の体験では、初期にあまり無理に運動をしようとすると、どうしてもやりすぎてしまったり、運動後に生じる体調の悪化がつらくて、うまく続かなかったりしました。だから、回復初期の頃、今回の①、②のあたりでは、運動というより、体操やヨガといったくらいの方が続くかもしれません。僕自身も、簡単なヨガを生活に取り入れるようになってから、体調の調子も整いました。

 でも、やはり、「元気があればなんでもできる」という名言?があるように、やはり体力というのは、精神力にもつながる部分があり、非常に重要だと思います。
 ③の段階になり、自分なりに体調の波をやり過ごせるようになってきたら、運動を積極的に取り入れて、体力をつけていくことは、体調の波自体が少なくし、安定した状態を作っていくためにすごく大切だと思います。

 こういった事を続けて、④の段階になれば、もう、病気は寛解(一時的に状態が改善し、健常時とかわらない状態になっていること)といえる状態です。
 しかし、ここで気を抜いて、実践をやめてしまうと、再発の影が忍び寄ってくることになります。
 実践をやめると、洞察の習慣がどうしてもなくなっていき、感情的な出来事、ストレスフルな出来事が起こってきた時に、その感情やストレスと距離を置いて見つめることが難しくなってしまいます。そうすると、影を潜めていた悪循環を起こす反応、対応の仕方が出現するようになり、いわゆる再発を起こしてしまいます。

 人生の中では、ストレスはさけては通れません。自分がそれまでに感じた事のないつらい状況になることも考えられます。
 そういった場合でも、価値崩壊の行動ではなく、価値実現の行動をとっていくためには、やはり、日々、SIMTを実践し、マインドフルネスな態度を身に付けて行くことが大切です。

 さて、今日は、体調や状況に応じたSIMTの学習の重点ポイントを僕なりにまとめてみました。

 特に①の部分は今日、書きたかったことです。
 すごくつらい状況の人でも、今日から、開始できることがSIMTにはあります。そして、難しいと感じる課題があっても、決してあきらめないでください。ステップを踏んで、状況が改善してくれば、少しずつできることも増えていきます。

 少しでも、読んでくださった方の参考になれば幸いです。
 今日も長文に、おつきあいありがとうございました。
 ぜひぜひ、気が向いたときにまたこのブログにお立ち寄りください。
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鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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