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自己洞察瞑想療法の講習会なども始めました! → マインドフルネス@つくば

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人に勧める前にまずはやってみましょう

暑い毎日が続きます。
体調を崩しやすい時期は、心の調子も崩しやすい時期です。
冷たいものを取りすぎると、胃腸の働きが弱り、精神的な力も低下してしまいがちです。
環境の調整、暴飲暴食の予防などで、身体の調子も整えていきましょう。

今日は、人に勧める前にまずは自分でやってみましょうというテーマで書いてみます。
というのは、これは、僕が人から相談をされたときに、いつもお伝えをしていることだからです。

今、自己洞察瞑想療法(SIMT)を学ぶ会を主催しているのですが、そういうことを始める前から、「実は、自分の知り合いにうつの人がいて・・・」とか、「子供が引きこもっていて・・・」とか、「連れ合いが、体調を崩していまして・・・」などと、相談を受けることがありました。

その時には、一通りお話を聞かせていただいて、自分の経験からできるアドバイスをさせていただくのですが、多くの方が、自分の大切な人が困っていて、何とかそれを助けてあげたい、そして、そのためにSIMTは何か役に立つのではないかと話されます。

実際、私自身もSIMTは、うつや不安障害などの心の不調にとどまらず、ストレスの低減、対人関係の緊張の解消、身体症状や生活習慣の改善など、様々なことに効果があるのではないかと考えています。
というのは、すべての問題には、自分の意識、自分自身の考え方、捉え方というのがかかわってきて、そんな自分自身の意識や身体の特徴をよく知り、整えていくためには、洞察や受容を身に着けることができるマインドフルネスは、ほぼ必須のスキルなのではないかと考えているからです。

しかしながら、SIMTを学びマインドフルネスな態度を身に着けていくためには、実践が必須です。本を読んで、頭で理解して終わるものではなく、実際にマインドフルネスな態度や習慣、振る舞いが身についていく、行っていくことができるのが何より大切です。
そうでなえれば、すべては絵に描いた餅になってしまいます。

そのため、どんなに周りの人が、その人を助けたいと思っても、どんなに周りの人がSIMTが素晴らしいと例え思ったとしても、その本人自身が、「SIMTをやってみよう」とか「マインドフルネスを身に着けたい」といった、覚悟といわないまでも、決心をしてもらわないと、マインドフルネスをお伝えすることはできません。
 そのような準備が整わないうちに、無理にマインドフルネスやSIMTを押し付けることは、まったくの逆効果になり、マインドフルネスを身に着けることと真逆、つまり、問題がより複雑化、もしくは頑ななものになっていってしまいます。

 では、そういった相談は、残念ですとお応えするしかないのでしょうか。

 私は、上記の事をお伝えして、本人がやるかどうかは、ご本人にしか決められないとお話させていただいた上で、次のような事をお話させてもらいます。

 相手を心配する気持ちはとてもよくわかるのですが、そうであれば、まず自分で始めてみてはどうでしょうか。
 というのも、確かにその方は、つらい思いをしていると思いますが、何よりまず、あなた自身の心が健やかでないと、相手を助けることはできません。私自身そうでしたが、当事者としては、自分のうつ病が治らなくてつらいのはもちろんなのですが、そんな自分自身のせいで、周りの人たちが苦しむ姿をみるのは、もっとつらいことなのです。
 自分自身が迷惑をかけてしまっているので、そんなことは口には出せませんが、自分自身のせいで回りが苦しいということで、さらに自分を追い込んでしまうところがあります。
 そんな時に、マインドフルネスを周りの方が身に着けて、心の波風を受け流すことができるようになり、リラックスした状態で過ごせるようになると、間違いなく、当事者本人にもいい影響があると思います。

 このようにお話すると、多くの方は、わかったようなわからないような感じで、現実的には自分でSIMTをやってみようという方は少ないです。なぜなら、相手のことが問題であり、その人の問題が解決しないと、相談者自身の気持ちも楽にならないと考えるからだと思います。

 そう考えるのは当然の事なのですが、実は、マインドフルネスを身に着けていくと、言わゆる問題や悩みというものは、どこまでもその人個人の中にあるものだということがわかってきます。そして、相手の問題や課題と、自分の扱うべき課題の境目がよくわかるようになってきます。

 そして、さらに不思議なことには、そのようにして、自分の課題と取り組んで、自分の意識の中に潜む悩みのため(SIMTでは「本音」と呼びます)を解決していくと、なぜだか、周りの人の悩みもいつの間にか変化していってしまったり、絶対に変わらないだろうと思っていた問題が、いつの間にか解決してしまうことが起こることがあります。

 これは本当に不思議な事なのですが、そういうことがあるのです。

 私なりに考えてみると、我々は、それぞれが独立した存在でありながら、常に影響を与え合っています。
 影響を与えるといっても、別に力を加えたり、言葉を交わしたりしなくても、ただ、そこに存在するだけで、五感を通して様々な情報を交換しあっており、影響を与え合わずにはいられません。
 特に、家族や親友など親しい間柄であれば、なおさらです。

 そんな時に、一人の人が問題を抱え、悩んでいるとします。その時には、その人の悩みが周りにも影響し、周りの人にもつらさが伝わる一方で、その周りの人の言葉には出さない感情なども、(たとえ言葉にはださなくとも、表情やちょっとしたしぐさなどを含め)様々な反応などを通じて、問題を抱えている人にフィードバックされ、問題が問題として認識されています。

 これは、ちょうど、一本の棒の端っこと端っこをお互いに持ち合っているように、そして、手をつないでいるときに、片方が引っ張るときにもう片方も引っ張らなければ、バランスがとれないように、自分は意図せずとも、その問題や悩みの一部を、その周囲の人自身が担ってしまっている可能性があるのです。
 それは、必死に解決しようと努力しているなかで、信じられないかもしれませんが、そういうことがありうるのです。
 
 それは、平行に向かい合う壁の間を、ボールが激しくバウンドしあうようなものです。
 平行の壁どうしで、ボールを打ち合うと、同じコースをボールは永遠に行き来します。一生懸命ボールを跳ね返しているつもりでも、一向に同じボールが帰ってきます。
 そんな時に、相手が投げるボールが悪いと思って、相手の跳ね返すコースを変えようとしても、相手の壁は動かすことができませんから、変わりません。
 しかし、ごく数ミリでいいので、自分の跳ね返す角度が変わると、徐々にボールが跳ね返ってくる向きが変わってきます。
 最初は、気が付かないほど、ほんの少しのずれかもしれません。しかし、そのやり取りが繰り返されていくと、知らず知らずにボールの跳ね返る角度がかわっていき、気づいた時には、最初に会った状態からボールのやり取りはまったく別のものになっているはずです。

平行な壁のやり取り

この時の変化というのは、起こそうと思って、一時だけいつもと違うことをしても意味がありません。一回のやり取りでもたらされる変化は気が付かないくらいわずかです。変化が自覚できるほどになるためには、常にマインドフルな対応ができるようになっていかなくてはなりません。そのためには、やはり継続が大切です。しっかりと実践を続け、身に着けていくことが必要になります。

 マインドフルネスを周りの人が身に着けたことによる、相手の変化というのは、こういうことによって起こうるのではないかと思うのです。マインドフルネスを身に着けていくと、生活の様々なこと、自分の意識の様々なことに気づきを得ていきます。
 マインドフルネス自体は、何かを変化させるというものではなく、ありのままの自分、そして周りを観ていくことなのですが、気づいてしまった時点で、否応なく、自分自身に様々な変化が起こってきます。

 そういった変化は、生活のあらゆる場面で生じてきます。そうすると、その人自身の変化が、否応なく周りの環境や周りの人々にも伝わっていくのです。影響を与えずにはいられないのです。

 なので、私は、周りに悩む方がいる人の相談を受けたときでも、最終的に、その人自身がマインドフルネスを実践してみることをお勧めしています。もちろん、それが、その周りの悩む方を直接的に助けることになるかどうかはわからないのですが、それが親しい人であればあるほど、その相談者自身が、マインドフルネスを身に着け、悩みから解放されていくことによる良い影響は強いのではないかと考えています。

 今日は、まずは自分自身で実践してみようというテーマで書いてみました。

 まわりにそのような苦しい人たちを持つ方も、それが愛する人であればあるほど、余計苦しさは募っていくと思います。
 今回の記事が、そのような方たちにとって、少しでも助けになればと思います。

 ではでは、今日はこの辺で。

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基本的自己洞察(瞑想)のポイントと意味

梅雨に入り、雨の日が多くなってきました。体調や気分も崩れがちな季節です。
皆さんはいかがお過ごしですか?

今日は、改めて自己洞察瞑想療法(SIMT)で学ぶ、一番基本的な実践である、「基本的自己洞察」について少し書いてみようと思います。

 というのも、この基本スキルである「基本的自己洞察」は、基本スキルでありながら、マインドフルネスのすべての要素が詰め込まれているものだからです。

 そして、これを丁寧に続けていくことが、マインドフルネスを身に着けてさらに自己のマインドフルネスを深めていく上での一番重要なポイントとなる部分だと思うからです。

 しかしながら、この基本的自己洞察というのは、すごくシンプルな実践で、シンプルであるがゆえに続けるのが難しかったり、飽きてきてしまったり、SIMTを学んでいくと、どうしてもおろそかになりがちなところなんですね。
 でも、自分の体験では、この実践をあきらめずに丁寧にやっていくと、着実に自分の中にマインドフルネスな感覚が育っていき、本当に不思議な感覚なのですが、この実践の経験が積み重なっていくことで、ある時フッとマインドフルネスな対応や洞察がうまくできるようになっている自分に気づくことがあります。
 
 それをどうしてなのかうまく説明できなかったので、現在自分が開いている自己洞察瞑想療法を学ぶ会でも、その点をうまく伝えたいなと思い、改めてその意義やポイントについて考え直してみた次第です。

 前置きが長くなりましたが、そんなわけで、今日は「基本的自己洞察のポイントと意味」について書いていきます。

 SIMTでは、マインドフルネスを身に着けるうえでのポイントを「洞察」という部分においていますが、その洞察をトレーニングしマインドフルネスな態度を身に着けていき、うつや不安障害を改善させていく基本的スキルとして、大きく3つのポイントがあります。

 それは、
  1.呼吸法
  2.基本的自己洞察(瞑想)
  3.行動時自己洞察
                        の3つです。

1の呼吸法は、一般に言われる呼吸法とまったく一緒ではありませんが、呼吸を整えることで心身の体調を整えていくことを目的としています。

2.の基本的自己洞察では、静かな環境で、自分の注意作用を用いて、1の呼吸法を行いながらその呼吸の様子を観察したり、注意作用を視覚や身体の感覚などに移動させたり、分配したりしながら、注意作用の使い方を練習していく方法です。

3.は、自己洞察のスキルを、日常生活の中で使っていき、自分の中の本音や思考や行動のパターンを知り、改善に向けたアプローチをしていくものです。

 体調を早く改善させたい、生活をよくしたい、などモチベーションが高いほど、ついつい3の行動時自己洞察を積極的にやって、どんどん先に進めたい気持ちになります。
 しかし、多くの場合、行動時自己洞察をどんどん進めようとしていっても、1の呼吸法や2の基本的自己洞察のスキルが身についていないと、続けるのがどんどん苦しくなっていき、場合によってはやればやるほど体調を崩す結果にもなりかねません。

 それくらい、呼吸法や基本的自己洞察のスキルは大切なものです。

 呼吸法の説明はまた別の機会にやることにして、基本的自己洞察のポイントを書いていきたいと思います。
ポイントは3点

1.呼吸法を行いながら、呼吸や視覚、身体感覚など「今ここ」ある感覚に意識を集中する  (集中の練習)

2.集中していたところから、意識が離れていってしまったことに気が付く             (気づきの練習)

3.意識が離れたことに気が付いたら、それ以上、思考や思い出したり、妄想したりするのをやめて、また「今ここ」の感覚に意識を戻す       (受容、そのままにする練習)

 の3つです。


基本的自己洞察では、先ほども書きましたが、まず、呼吸法を行いながら、その呼吸に意識を向けていきます。この時、呼吸法は、集中や洞察がやりやすいように心身の状態を整える働きもあります。

そして、呼吸に意識を向ける段階では、最初は、呼吸全体に意識を向けるのが難しいので、私は、呼吸の感覚のどこか一点、例えば呼吸とともに胸が膨らんだり縮んだりするのを服が触れているところで感じる感覚とか、息がゆっくりと鼻の下の皮膚の上を通過する感覚など、に集中してみることをお勧めしています。
 慣れてくると、その注意を、身体の感覚のどこか一点に向けたり、視覚の一点に集中したりしていきます。そして、さらには、その一点に向けている注意作用を身体全体に順番に移動さえていったり、視覚と呼吸、身体などに同時に注意を向けたりなどしていきます。
 これが、ポイントの1.集中の練習です。注意作用を意志作用を用いて動かしたり、その注意作用を維持する練習です。

 しかしながら、その集中を維持しようとしても、どうしても意識がその場から離れ、何か考え事をしてしまったり、過去のことを思い出したり、「今、ここ」にないことを妄想したりし始めてしまいます。
 この時が、ポイント2です。
そして、この時の、集中し続けることが成功で、集中が切れたら失敗なのではありません。人間の意識は動こうとするのが当たり前のことであり、それが習性です。
ポイント2の大切なことは、このように集中がきれてしまった状態、「今、ここ」に意識がなくなっている状態に、「気づく」ということです。”「今、ここ」から意識がなれてしまっている”という事がわかるようになる、その感覚がわかるということが大切です。
 焦らずとも、最初はなかなかわからなかった感覚が、続けていくと、徐々に少し意識が「今、ここ」から離れたり動いたりしただけでも、気づけるようにもなってきます。また、その日の体調や疲れ具合、抱えているストレスの大きさなので、この「気づき」がしやすいか、妄想や思考に流れやすいかといったことが体験からわかってきます。
この「気づき」の感覚を養っていくことが、基本的自己洞察のポイント2になります。


そして、ポイント3です。ここは意外と見逃されがちなのですが、マインドフルネスな感覚を養っていく上で、実践を先に進めていく上で、すごく大切なポイントです。

それは、ポイント2の「気づき」が起こったときに、その時に起こっている思考や記憶、妄想などを手放して、再び「今、ここ」の感覚に注意作用を戻してあげることです。

 通常、「気づき」で自分の意識が「今、ここ」の意識から離れたときに、意識はその時にやっていた思考や妄想などを続けようとします。特に、感情や身体感覚を伴うような思考、例えば、あんな嫌なことがあってもう仕事に行けないと考えて、身体がずーんと重くなっていたり、怒りがめらめらとわいている状況では、その時の思考や妄想をどんどん膨らませたくなります。
 そこで、それらに引っ張られそうになりながらも、それらをそれ以上膨らませずに、ただ「今ここ」にある身体感覚や呼吸の感覚に意識を戻していくのが、ポイント3のやり方です。
 
 特に、「気づき」で、意識がそれていることに気が付いたり、自分の望んでいなかったネガティブな思考を膨らませてしまったことに気が付いた時には、ついつい、「またやってしまった」とか、「今日の瞑想は失敗だった」など、そのことを、評価し、失敗とのラベルをはったりしてしまいがちです。

 ここで、そういったように、生じていた思考や感情を、評価せず、気づいたら、「ただ、意識を今ここに戻していく」という事が、大切です。特に初心者のうちは、そういった気づきが起こった瞬間してしまう評価や否定も含めて、「今の自分はこんなもんだ」と、そこで手放し、それ以上、思考や感情をふくらませずに、「今ここ」に意識を戻していくことが大切なのですね。

 これが、まさに、ポイント3の「手放すこと、受容すること、そのままにすること」というものです。
受容と聞くと、ついつい私たちは、受け入れる、肯定する、愛する、とか、反対に拒絶する、我慢する、無視する、というもの思いがちですが、マインドフルネスでの受容というのは、そのままにすることです。別の言い方をすると、いいことも悪いことも、そこに存在することを否定せず、ただ、それ以上、それを変えようとしたり、消そうとしたりしない、ということです。

 このポイント3の部分がよくトレーニングされ、その手放す感覚、受容の感覚を身に着けらているかどうかで、特にSIMTのセッション6以降の課題がぐっとやりやすくなります。
 そして、そのセッション6以降こそが、実生活での自分の様々な課題と向き合っていくときです。
 この時に、その態度が多少なりとも身についていないと、様々な課題やストレスと直面したときに、自分の中で反射的に、評価や拒否、などが起こり、その都度、感情が暴走して、体調を崩したり、つらい思いをしたりしなくてはなりません。
 たとえある程度、身についてきていても、そういった状況は常にチャレンジングであり、つらい思いをすることが多いです。

 そんな中を乗り越えて、マインドフルネスな態度を身に着けていくときにも、この「基本的自己洞察」の実践を丁寧にやっていくことで、自分の状態や受容の行い方を見直すことができ、続けていくための命綱になります。

 さて、今日は、基本的自己洞察のポイントとその意味について、書いてみました。
 私自身、今でも、この時間を大切にしています。
 マインドフルネスの実践を長く続けていても、自然と、自分の中の気づきが鈍って来たり、いまいち体調や調子が思わしくない日が出てきます。そんな時には、この基本的自己洞察に立ち返って、その実践の時間をあらためて丁寧に行っていくと、ある時、フッと、そういった状況を突破できることがあります。
 私自身も、マインドフルネスを学べば学ぶほど、この時間が大切だと感じるようになりました。

 ぜひ、皆様も、生活の中で、少しでも基本的自己洞察、瞑想の時間をとって、続けてみてください。その先にきっと大きな気づきがあるはずです。

 ではでは、今回も長文にお付き合いありがとうございました。
 ぜひ、またコメントなどお待ちしています。また気が向いたら、ブログに訪問しに来てください。

 それでは今日はこの辺で。

質問に答えて「一瞬だけチェックとは」

先日、以前ブログ「チェックだけでOKなのです」についての質問を読者の方に頂きました。

質問としては、

「一瞬だけチェックというのは、どの程度か感覚がよくわかりません。」
という内容です。
詳しく内容をみると、

『怒りを感じているのに気づくのは他人との会話の時が多いです。
自分に怒りが生じていると認識するのは、大抵会話が終わったあとです。
会話中に認識できるときもありますが、
「あ!(イライラしている)」と思った瞬間にも会話は続いているので、
相手の言葉を聞いたり、反撃や防御するための言葉を考えたりと大忙しで、
「この言葉でイラっとした」などと考えている余裕がありません。
(この「考える」は、実践として誤りなんですよね。多分。)

思考レベルでこねくり回しては意味がないのだというのは分かったのですが、
例えば会話後、怒りに気づいて、事の次第を整理するために思考するのは
実践として正しいのでしょうか。
セッション2で、記録表のコメント欄に感情的になった出来事について
記録する実践がありますが、これと同じことを感情的になった会話の
後に頭の中でやるのは「一瞬のチェック」に当てはまるのでしょうか。
(5分位は考えています。
怒りも収まらない状態なので、考えているうちに、
相手を罵倒する想起や思考に流れてしまうことも多いです。
それに気づいたら「あ、思考している」と思って止めます。)』

といった内容です。
非常にお気持ちわかります。
自分の心理現象にチェックをいれようと思うのだが、思考とチェックとの違いがわからない。
そして、チェックを入れようと思うと、思考や感情に影響されて感情を膨らませてしまう。
そういうことって、大いにあると思います。僕も最初は悩みましたし、質問者さんがやったようなことは僕も体験しました。
なので、実践をやっているうえで、本当に皆さんが感じる疑問かと思いますし、質問者さんがしっかりと実践に取り組まれていることもよくわかると思います。

どこまでお応えできるかわかりませんが、できる限り言葉に表してみたいと思います。

というのも、マインドフルネスというのは、技能であり、身に着ける感覚的なものなので、言葉で表すのは非常に難しいことなのですね。なにせ、本来は言葉で表せないことを、言葉を通して学ばなければならないというところに、すごく難しさがあるのです。もし運動のように、やってみせてあげることができればいいのですが、こればかりは自分の意識の中で起こっていることなので、見せるわけにはいきません。なので、僕のブログや講習会でもたとえ話を使うことが多いです。

言葉の、そして話の向こう側にある感覚をぜひ読み取っていただけたらと思います。

まず、私が、日々の生活の中、つまり行動時自己洞察にて感じる気づき、チェックというのは、一瞬のことです。
誰かと会話していたりしたときに、「今、感情が動いた!」とか、「これは怒りの感情だ!」「お腹がキュッとする感覚があった」などとブログ内でも書いたりしていますが、これらの気づき、チェックはほんの一瞬に自分の意識を横切るだけのものです。
だから、その感覚だけを文字であらわすなら、

「!」


という感じです。

言葉として思考しているというよりは、自分の中のアンテナが一瞬だけ「!」と反応する感じです。
そして、心理現象の名前付けなどをずっとやっているので、「!」の瞬間に「これは~だ」という名前付けも行われてしまっている感じですね。
ただ、「!」という文字だけでは、何が起こっているかわからないので、「今のは、思考がはしった!」などと書いているわけです。

もちろん、最初のうちは、名前付けもなれていませんがから、「!」だけではいかず、少し後追いに「今のは思考だったな」とか「怒りの感情が動いたんだな」というチェックはしてもいいと思います。
しかし、あまり長いことそのことに意識を向けているのはお勧めしません。

セッション4以降の連鎖分析や、セッション6以降では、自分の中に生じる特定意識とか、パターンとかを分析するという作業では、ある程度、自分の中に起こった現象を、意識の中で半数してみたり、思考をつかって分析する作業があります。

しかし、これはやるとしても、活動時自己洞察というよりは、記録表に記載する段階であったり、安静時の自己洞察の課題のひとつとして、静かな環境だったり、一人でいるときにやってみることです。

今回の質問者さんのおっしゃる通り、日常生活の中では、常に新しいことが起こっては消えていきます。その流れについていくためには、常に「今、ここ」に起こっていることに意識を合わせていかなければなりません。その時に、「今、起こったのは・・・」とあまりっ考えすぎてしまうと、どんどん「今、ここ」から遠ざかってしまいます。
さらに、感情が動いたときに、そのような分析作業をやると、その感情にかなり影響されて、ネガティブな感情を膨らませてしまったり、そのネガティブな感情に引きずられて、過去の嫌な記憶まで思い出してしまったりします。
だから、そういった時は、「!」という感じで、今、何が動いたのかだけチェックし、あとは、呼吸法だったり「今、ここ」の感覚に注意作用を向けて、落ち着くまでまつか、今の現実で行われていることに集中してください。

活動時に行う洞察では、1回だけ起こったことにそんなに時間を費やすような必要はないと思います。なぜなら、その後も、いくらでも似たようなことが起こってくるからです。だから、よくわからなかったら、「今のは何かが反応したと思うけど、それ以上はわからなかった」ということで、忘れてしまって結構です。ただ、この瞬間に何かが動いたということに気が付いたのが大切ですし、その瞬間に「!」が起こったことが、まずは大切です。

そのような「!」が繰り返されていけば、かならず、その先が見えてくる瞬間があります。
1回、1回、「!」を丁寧に積み重ねていくことが大切です。

一方、安静時の自己洞察→呼吸法をやりながら、注意の分散や移動をやっているときに起こる現象については、わりと時間もあしますし、感情がそこまで膨らみにくい状況でやっているので、活動時に比べると、比較的じっくりと、「あ、今、注意作用を動かして、視覚作用に集中しているつもりだったけど、知らないうちに思考が浮かんだな!」ということをチェックしてみてもいいと思います。

しかし、この時も基本は「!」という気づきを大切にしてください。ただ、名前の分類などに悩んだら、少し丁寧にどのような名前付けをするか考えてみてもいいと思います。
この時も、基本は「今、ここ」の感覚に意識を向けることなので、そのような名前付けのことが一段落したら、すぐに「今、ここ」の感覚に戻ってください。10分や20分もその感覚が何だったかと考えるのは、安静時の自己洞察の目的であるマインドフルネスの感覚を育てるということからは離れていってしまうと思います。

記録表の日記を書いたり、テキストのセッションを読んで、自分の中で起きた特徴的なことを、しっかりと言葉を使って理解したいという時は、その時間を使って、じっくり自分の中で起きたことについて、左脳的に分析してみてもいいと思います。でも、マインドフルネスの基本は、感覚を養っていくことだと思いますので、左脳的な作業はやりすぎないようにしたほうがいいのかなとも僕は思います。

セッション4以降の連鎖分析や、セッション6以降の課題で、自分の特定思考をわざと呼び覚まして止めたりする作業、そして分析したりする作業も、もちろん取り組んでほしいですが、それ自体は思考を膨らませたり、ネガティブな感情膨らませたりする作用もありますので、やっていて、「これは、自分の感情が膨らんできたな」とか「ネガティブな記憶が浮かんじゃったな」というようなことがあれば、なるべく早めにストップして、一度、その課題から離れてみるのがいいと思います。それ以上やると体調を崩しますので。

それでも、丁寧に、活動時の一瞬のチェックや、安静時の自己洞察の中でのチェックを丁寧にやっていけば、必要な分析は自然とできてくるものです。

じゃあ、具体的に一瞬のチェックで、どの程度のチェックまでやればいいかという事なのですが、こればかりは、試行錯誤で、やってみて、「あ、やばい」というような感じであれば、そこで止めて、呼吸や「今、ここ」のことに戻るといったことを繰り返していく中で、つかんでいくしかありません。
 逆に言うと、そういう試行錯誤を繰り返しながら、自分がこれ以上思考をつづけるとまずいというラインを学んでいくことがSIMTの学びそのものだと思いますし、試行錯誤の中でそういった感情のふくらみなどもチェックし続けていくことが、まさしく洞察なのだと思います。
 だから、質問者さんの、
「(怒りも収まらない状態なので、考えているうちに、相手を罵倒する想起や思考に流れてしまうことも多いです。
それに気づいたら「あ、思考している」と思って止めます。)」
という気づきはすばらしいですし、その通りでいいと思います。
ただ、質問者さんも感じているように、日中活動中のそういった感情が動いた直後での、思い出しによる思考での分析は、感情を膨らませて危険なので、まずは、「今、怒りの感情が動いた」とか「身体感覚があった」というのを、ひとめぐり意識の中でチェックしたらそれ以上は続けないようにしたほうがいいと思います。ちなみにこのひとめぐりのチェックというのは数秒~10秒くらいで行えば十分かと思いますよ。

ちなみに、感情やネガティブな思考が膨らんだなっと思った時は、やはり短時間ゆっくり呼吸法に戻ってしばらく続けると、そういった感情が収まるまでの時間を乗り切りやすくなります。
その時に、呼吸を「ひとつ、ふたつ・・・」と心の中でカウントすると、自動思考も抑制されやすいです。
僕は、感情的になりやすい会話や、会話の中で「このまま続くとまずいな・・」というようなときは、上記の方法を用いて、会話しつつも注意作用をそちらに向けて乗り切ることも多いです。
まあ、そのような中で続けるのは、大変なので、上記を行いつつタイミングを見計らって、会話をやめて物理的にその場を離れるのが一番ベストですけれども。

ただ、そのような感情が動いた経験、そして、それをなんとか乗り切れた経験、マネージメントできず怒りを爆発させてしまった経験、それらのどれもが、貴重な経験であり、その時の自己をしる貴重な情報ですので、あまり「うまくいった」とか「ダメだった」とか評価はしないようにしていきましょう。

さて、以上な感じで書いてみましたが、「一瞬だけのチェック」というのが、どんな感じかつかめたでしょうか。
なかなかクリアーカットにかけないのが申し分けないのですが、実際、様々な状況にあわせてそのチェックも程度を変えているというのが本当です。今回の説明で、そのあたりの感覚が伝わってくるれるとありがたいのですが、また実際の場面で悩むことがあったら、いつでも質問してください。

やはり、具体的な場面でこそ、悩むことがでてきますし、そういう時こそしっかり身に着けるためのポイントが隠されていると思います。

今回は質問ありがとうございました。
また、読んでくださった方々にも感謝です。

何かありましたら、いつでもコメントいただけると嬉しいです。
今後、SIMTを学ぶ会も少しずつバージョンアップをしていきたいと思っていますので、HPもご確認くださいね。
HP→マインドフルネス@つくば

ではでは、また書きます!

本当にやりたいことが見えてくる。

ゴールデンウィークですねー。
我が家は、お出かけもせず家におります。。。。先週、僕も風邪をひいてしまい、まだ本調子ではありません。
子供たちを公園などに連れ出したいと思いつつ、まだ身体がすっきりせずウダウダしております。
これも身体が必要としていることと思って、したがっています。

 さてさて、今日は、自己洞察瞑想療法を続けて、自己のマインドフルネスを深めていくと、本当にやりたいことが見えてくる、ということについて、書いてみようと思います。

 以前、ブログ記事「価値や願いを一度すててみよう」にて、価値や願いについて書いてみました。

 詳細は一度、読んでいただければと思うのですが、価値や願いというのは、モチベーションを維持し、改善に向けての努力や実践を続けるためにはとても大切なのですが、それを強く持ちすぎたり、こだわったりしてしまうと、逆に自分を縛り苦しめることになってしまうということを書いてみました。

 価値や願いを手放すことと、本当にやりたいことを見つけることは、真逆の方向に感じてしまいますが、実は、価値や願いを手放していくことで、本当にやりたいこと、本当に自分が大切にしていることというのが、見えてきます。

 普段、生活している中で、我々が「こうありたい、こうしたい」という願望というのは、実は、とても制限された状態にあり、場合によっては、自分の真の願いと真逆の方向のことであることさえあります。
 特に、うつや不安障害の状態のときは、思考も制限されますし、自分の可能性自体がかなり過小評価されている状態です。
そのような状態で描いた理想や願いは、必然的に本来の自分から発せられたものではありません。

 私自身、鬱で苦しんでいた時、私の願いは、「とにかくうつ病を早く治して、仕事に戻ってキャリアアップしたい」というものでした。
しかし、実はそれは願いというより、「そうしなければ」という義務感に近いものであるということが、SIMTの実践を続ける中で気が付いていきました。
 
 実は、多くの人は、この時の私のように、「自分の中の義務感」のようなものと、「自分の本当の願い」というものを取り違えてしまっていることが多いです。

 そして、その多くは、自分の中から湧き出てきたものではなく、外から押し付けられたもの、もしくは借り物のようなののものなのです。

これは、いつの間にか、他の人に勧められてきていた服を、自分自身の身体と勘違いしてしまったような状態です。
 
 この他人に勧められた服に例えられる価値観というのは、 古くは、親の考え方や学校での教育、子供のころの友人との関係、影響を受けた本など、大人になってからも、職場、メディア、流行、常識など、様々なものがありまして、僕らは普通、歳をとればとるほど、こういった外からの価値観を重ね着をしていってしまっています。

 この時、一番上に来ている数枚の服については、新しい情報を得たり、本を読んだり、感銘を受けたりすると、着替えたりすることが可能です。
 つまり、ある程度は、自分の考え方や価値観を変えたり、生き方を変えることは、ある程度は可能なのですが、昔から着続けている服=古くからある価値観や判断基準は、自分がそれを着ていることすら気が付かず、変えることが難しい状態にあります。
そして、それらが重ね着された状態では、自分の動きがどんどん制限され動きにくく、息もしずらくなっていくのですね。
 
 なので、本来の自分、自分のやりたいこと、内から湧き出るような希望を知るためには、これらの価値観をぬいでいくことが大切です。そして、そのためには、まず、自分がどんな服を着ているかということを認識することが必要です。

 その服を認識する作用が、自己洞察瞑想療法では、洞察なのですね。

 それはいくら頭で考えていても、みつかりません。自分の服はどこから服で、どこから身体なのか、見えていない状態でいくら考えていても、しょうがないのです。

 ひたすら、今ここで起こっている現象を、洞察していきます。いいと思われることも、悪い、嫌だと思うことも、一度、その評価をわきにおいて、よく見ていきます。そうすると、ふと行動していったときに、自分の身体が突っ張って、着ている服が意識されるように、自分の中で働いている価値観、SIMTで言うところの本音というものが見えてくる瞬間があるのです。

 それに気がついただけでは、すぐにその価値観を脱ぎ去ることはできませんが、繰り返し洞察を続けていくと、どんな状況でそれが働きだすのか、そもそもその根本にある体験や基準は何なのかがわかってきます。
 そこまでいけば、その価値観から距離を置くことができます。自分の着ている服の端がわかってきて、その価値観を自由に脱ぎ気できる状況になってきます。その価値観自体は、決して悪いものではなくて、それを身に着けたときには、それが生きていく上で必要であったということです。しかし、そのような価値観を身にまとい続け、自分本来の動きが制限されてきてしまうと問題が生じます。なので、それを理解し、使い分けられるようになれば全く問題ありません。

 そうして、自分の動きが軽くなっていくと、だんだん、自分自身がどのように動いていきたいか、何をしたいかということがわかってきます。そして、より深く自分を知っていけばいくほど、自分を自由に開放してあげることができてきます。

 それは、当初自分が望んでいたものとは違うかもしれません。でも、もっと肩のちからを抜いて、自然に動いていけるような方向性のはずです。

 しかし、そのようにして見つけた願いや価値観も、もしかすると自分の着ていた服のひとつに気が付くときがくるかもしれません。

 さらに深く、見つけた価値観や願いを手放していきます。そうすると果たしてどのような自分がみえてくるでしょうか。

 それは、本当にワクワクする体験です。自分探しの冒険です。

 どこまでも、どこまでもこのようにして自分を深めていくことができます。そして、深めていけば深めていくほど、心も体も自由になっていくのです。

 さて、今日は、価値や願いを手放すことで、本当にやりたいこと、本当の自分の価値に気がつけるという話をかきました。
価値や願いを持っていることを悪く思う必要はありません。それを無理に手放す必要もありません。ただ、今自分が持っている価値や願いは、仮のものかもしれないとして、一瞬、横においておいて、それがない状態で、今、何が起こるか、ということを丁寧に見ていけば、いいのです。

 頻度が減ってしまっていますが、また気ままに更新していきたいと思います。よろしければ、またぜひご覧ください。

 ではでは。



チェックだけでOKなのです

 
 少しずつ春の足音が近づいてきていますね。
 この季節は、花粉症との付き合い方に悩みますが、皆さんはいかがでしょうか。

 今日は、少し前に、勉強会の中で出てきた質問で、参考になりそうな話があったので、書いてみたいと思います。

 質問にあったのは、まだセッション2~3をやっている方からでしたが、感情の連鎖や思考のチェックをやっていって、今後、先行刺激の分析や後続結果の予測という課題をやっていこうとしているときだったと思います。

 自己洞察瞑想療法では、マインドフルネスを身に着けるために、段階的に「洞察」のやり方を学んでいきますが、まずは、自分が思考しているか、していないかを知るためのチェック、そして、思考以外にも想起や感情など、自分の中で起こる様々な心理現象に名前を付けるという実践、その中で特に感情に注目し、その感情の分類をする実践、そして、その感情が起こったりしたときに、それを引き起こした刺激や連鎖の洞察、またその後に生じる衝動や行動の結果予測などを行います。

 ちょっと文章で書くと難しそうに感じますが、例えば、「ムカッ」と怒りの感情が起こったら、何をきっかけにそのような感情が起こったか、その時に何か思考がよぎったか、などを一瞬だけチェックし、また怒りが生じたときに、自分の中にどのような反応をしたいという衝動が起こるか、またその衝動のまま反応すると、結果的にどのようなことが起こるかを、やはり一瞬だけチェックする作業です。

 ここでいつも僕が強調しているのが、自分がなんで怒ったのかとか、落ち込んだのかを、「どうしてだろう、こんなことが現認じゃないか」などと、考えて答えを出すのではなく、一瞬だけ、「テレビを見たんだな」とか「その瞬間、思考が働いたんだな」とチェックするだけ、名前を付けるだけで大丈夫だということです。
 先行刺激の分析といっても、「僕は、こういうことが嫌で、こういうことを考えてしまったのだろう」などと、思考のレベルで分析をしないほうがいいと思います。
 
 やってはいけないということではないのですが、うつや不安障害を治そうとしてこの療法に取り組んでいる方の場合、特に、そのような分析はおすすめしないということです。
 
 かわりに、自分の中に何が起こったのか、名前付けができれば、まずはOK。もし、その思考の内容が一瞬だけ、こう考えたなとyチェックできればそれでOKです。

 なぜかということをこれから書いてみたいと思います。

 確かに、鬱や不安障害で苦しい状況を好転させるためには、考え方を訂正したり、ちゃんと分析して修正をしていかなければならないんじゃないか、そうしないと改善しないのではないかと考えがちですよね。

 しかし、うつや不安障害の時は、考えることすべてがネガティブな方向に行きがちです。そして、自分に対して、常にネガティブな評価をもっていますので、どのような思考に対しても、結果的にネガティブな評価を下してしまい、最終的に「僕ってこんなにダメな奴」ということで思考が終わりがちになります。
 そのような、思考や評価を続けてしまうと、その分だけ、ネガティブな感情を膨らませてしまい、結果的に症状や体調はどんどん悪化してしまいます。

 じゃあ、ポジティブに考えればいいんじゃないかと、一般的には思うかもしれませんが、鬱や不安障害という、日常生活に支障をきたすレベルになっている時には、すでに脳のレベルで、生理学的に変化が起こっていることがわかっています。
 つまり、脳の中が変わってしまって、ポジティブに考えることが、不可能な状態になっているのです。
 このような人に、もっと前向きに考えろというのは、足を骨折していたがっている人に、なんで普通にあるけないの?と言っているようなものなのです。

 だから、そのような状態の時に、いくら課題の実践だからといって、思考のレベルで自分を客観的に分析し、改善しようと思っても、最終的にネガティブな自己評価や、無理な理想との比較により、落ち込む結果になっていきます。
 むしろ、そのような思考を繰り返してきたからこそ、病状がここまで悪化してきたわけです。

 マインドフルネスでは、そういった自分の中で勝手に決めつけたな思考や評価から一度離れてみることが非常に大切です。
 そこから離れるトレーニングを通して、脳の中の構造も回復してきます。
  足が骨折しているときに、足に負担がかかるような動作を極力しないように注意して、回復を促すようなものです。

 だから、いくら先行刺激の分析や後続結果の予測といっても、できるだけ、思考や評価を働かせずに、一瞬だけのチェックですませるようにしていくべきです。

 実際のところ、分析や結果の予測には、思考作用を使います。しかし、その使うのを最小限にしておいたほうがいいということです。どのような心理現象が働いたのか、その刺激は何か、思考した内容は何かを、一瞬だけチェックしたら、そのことはすぐに流して手放すようにし、「今、ここ」の呼吸や目のまで行っていることにに意識を戻すのが良いです。

 でも、それでは状況はなにも変わらないのではないかという疑問を持つ方もいるかもしれません。
 
 しかし、多くの場合、すでに生じている負の感情は、結果なのですね。
 骨が折れて痛みが生じているというのが、結果であるということと変わりません。
 痛みを止めようと、折れている骨をすぐにつなごうと、もんだりたたいたりすれば、余計痛みはましてしまいます。
 
 できることは、刺激をしないようにそっと休めて、あとは回復を待つだけなんです。

 しかし、そんな中でも、ひたすらチェックを続けていくと、自分の中に、繰り返し起こってくるパターンが見えてくるんですね。
 一度のチェックでは気が付かなかったことでも、自分が良くしてしまう行動や反応というのは、日常生活で繰り返しでてきます。
 同じことが、5回、10回と繰り返されていくと、どんなに鈍感な人でも、「あれ、こんなことが以前もあったかも」と気づくときがくるのです。

 それは、「僕の中のパターンはなんだ?」と考えて見つかるようなものではなく、ただ、淡々と上記のチェックを続けていったときに、ある時、「あれ、こんなこと、前もやってたかも」という風に、フッと、気づきが起こる瞬間があります。

 それが、自然と起こるまでは、ただひたすらに、名前付けや先行刺激の分析、後続結果予測などのチェックを続けることです。

 そして、そのパターンがわかってくると、そういうことを行った時に、どのような結果になるかが、自然とみえてくるようになります。
 
 そういう意味でも、チェックが大切なのですね。決して、ボケーっと、何もせずに過ごすわけではなりません。名前付けや連鎖の分析など、かならずチェックはするわけです。しかし、そのチェック以上に、深く考察をしようとしなくていいということです。

 
 先ほどの骨折の例えでいうと、足が折れているときに、痛みが走ったときにやっている動作をその都度チェックしていきます。
 そうすると、自分のどのような動作が、足の負担につながっていたかが、自然とわかってくるのです。
 無意識にしていた動作なので、それまでは気が付かなかったかもしれません。でも、痛みが生じたときにチェックを繰り返していくと、自然にいつも無意識にやっていた動作に気が付くことができ、その結果として、そういった動作を減らしていくことができます。

 ここでも、大切なのは、もしチェックを繰り返していって、パターンが見えてくると、そのパターンを無理に治そうとしなくても、明らかに自分にとって不利益しか生まないような行動や反応に関しては、自然ととらなくなっていくものだということです。
 むしろ、意識的に行動や反応を、正解と思われるものに変えようとするより、自然と、そのような衝動がなくなってくるまで、しっかりと、チェックをし続け、先行刺激やその結果起こることを、徹底的にチェックしていくことが大切です。
 そうすれば、自然と自分の進むべき道が見えてきます。そして、その時には、自然と、そのような反応へ、身体が導いてくれるはずです。

 そして、このチェックのみをして、すぐに今ここに戻していくトレーニングをしていくと、脳の構造も変化してきて、自然と、ネガティブな思考や評価から離れることができやすくなってきます。
 しかし、その変化が起こってくるのには、少なくとも数か月のトレーニングが必要です。
 筋トレが1日では意味がないのと同じことです。
 
 そして、このような習慣ができていることが、セッション6以降で、さらに深い自己を見つめていく過程で、大変に重要になります。なぜなら、その習慣ができない状態で、思考のレベルで、セッション6以降の実践をやっていこうとすると、大抵の場合、自動思考の罠につかまり、体調をさらに崩してしまうことになってしまうからです。

 しかし、このセッション6以降をしっかりとやらないと、再発をしない自分というのは作っていけません。

 だからこそ、この「チェックのみをする」という態度、実践を積み重ねていくことがすごく大事だと、僕は考えています。

 ぜひ、まだやりはじめでうまくわからない、効果が感じられないという方も、諦めずに実践を続けてみてください。
 かならず、効果が感じられる日がくると思います。

 何かご質問や意見がありましたら、ぜひコメント欄にお書きください。最近、更新が遅くなって申し訳ないのですが、これからもマイペースに続けていきたいと思います。

 ではでは、今日はこの辺で。


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プロフィール

Ko7

Author:Ko7

訪問ありがとうございます。
 

鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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