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コメントに答えて


 先日、書いたブログについて、子育ての中で苦労されている方からご連絡を頂きました。なかなか大変そうな状況そうですが、お返事になればと思い、また他に苦しい状況にいる方の参考になればと思い、ここに書かせて頂きます。

苦しい状況にいる場合、まずは、自分の負担を減らせるような体制はつくれそうですか?
家族や親族が無理でも、行政のサービスやNPO団体のサービスなど、使えるものはなんでも使って楽をしてください。うちにも子供がいますが、どんな育て方でも子供は育つんだなーというのは感じています。特にたくさんの人に関与してもらって育ったほうが価値観が多様になり、むしろいいんじゃないかとすら感じています。できるかぎり、楽をするつもりでいきましょう。

また、今の自分に協力してもらえる人たち、サービスを一覧に書き出しておくというのもいいですよ。例え利用しなくても、これだけの人たちにささえてもらえると思うだけでも気持ちが楽になるときがあります。
 
書き出す人は、実在の人物でなくても、思い出すだけで気持ちが楽になるような故人や芸能人、話の中の人などでも構いません。とにかく、気持ちを逃せるたくさんのチャンネルを持っておくことが大切です。


「今の育児が辛く、泣き出すとどうしようと不安、恐怖があり、嫌悪、感情と名前をつけて捨てていますが、心騒いでいます。これはずっと課題かもしれません。静観出来ないのです。日中もそわそわ感で夜もあまり眠れず、心休まる時がありません。呼吸法も続けていますが、苦しくなり止めたくなります。悪循環です。分かっているのに…。だけど、少しでも改善して今度こそは治したいという思いはあります。家族のためにも自分のためにも。マイナス思考や不快がいっぱいですが、今は育児の苦しさや、子供が泣くのは仕方ないと思いたいです。辛さから逃げたくてマインドフルネスの本を読みあさったり、でも解決しません。」(頂いたコメントより一部改変、要約)

 僕も調子が悪い日は、ネガティブな思考が後から後からあふれ出てきたり、自分を責めるような思考が次から次へと浮かんでくるときもあるので、「静観できない」という気持ちはすごくわかります。

 でも、静観できなくていいんです。不安になったり、そわそわしたり、自分を責めることばが浮かんできたり、これらはすぐに止めることはできません。意志でコントロールするのは不可能なのです。
 だから、逆説的になってしまうのですが、これらの感情や感覚はすごく苦痛なので、すごく止めたくなる気持ちはわかるのですが、これらを止めようとするのは、天に唾を吐いているようなものですから、かならず感情や感覚は悪化させてしまいます。
 だから、そのままにしておくしかないんです。
 そのままにするというのは、「落ち着いた心で遠くから眺める」というような穏やかなものではありません。私自身の感覚だと、「つらくてしょうがないけど、どうにもならないから、もうそれをどうにかしようとじたばたするのはやめて諦める」の感じに近いです。
とはいえ、つらい思考や感情、身体感覚に対しては、動物が持っている本能として、それらを避けようとする、排除しようとする本能が備わってますから、ほぼ脊髄反射的に、どうにかしようとしてしまいたくなるのですが、そのたびに、「あー、これは無駄だから、いったんやめてこちらに意識をむけよう」と繰り返しやっていくしかありません。 

でも、あきらめるというのは、「それらの思考や感情、身体感覚をどうにかしようとする」のをあきらめるというだけで、他の事をすべてやめてしまうわけではありません。自分のやるべきこと、毎日のルーティーンなどは、できる範囲で続けていきます。むしろ、それらをすることに意識を向けていきます。

 私たちはつらいとき、ついつい「こんなにつらくちゃ何もできない」「まともな生活をするためには、この病気を治さないと!この症状を止めないと!」「この症状のせいで・・・」と、思って、病気を治すことに生きてしまいそうになります。

 でも、うつなどの感情障害においては、この不安やうつなどをコントロールしよう、自分が元のように生活するためには、何とかしてこの病気を治さなくちゃという考え自体が、本当の意味で治っていくことを邪魔してしまうのです。
 これは、腕の骨折を治そうとして、腕立て伏せを一生懸命やっているような状況といえるかもしれません。それで痛みがひどくなって、寝込んでしまうようなものです。でも、腕の骨折があって痛みがあるときには、腕立て伏せはできませんが、多少の痛みなら、歩いたりすることはできますよね。左手が痛ければ、右手でPCを使うことができるかもしれません。
 不快な思考や感情、身体感覚についても相談です。それらをすぐに改善させることや変化させることはできないのですが、かといって何もできないわけではないんです。何とか残っている意識の部分で、自分のできること、価値に沿ったことを一歩づつやっていくしかないんですね。

 ここがすごく難しいというか、微妙というか、伝えずらいことなのですが、「長期的には」治りたいから治るためのことをやっていくという気持ちを持ち続けることがすごく大切なのですが、「短期的には」、その考え方が邪魔をしてしまうことがあるということです。

 ではどうするかということなのですが、不安だったり、嫌な思考だったり、身体感覚だったりが自分の中に存在してしてもいいように、居場所を与えておいてあげて、それらとともに、自分の価値ある生活を生きる、ということが大切になってきます。

 前回のブログでも書きましたが、思考で言えば、「ラジオをつけながら、家事をしているつもり」というのがこのことにあたります。思考はとめられないけど、「あーこういう思考が繰り返されているなー、嫌だなー」と思いながら、今やっている家事を続けていく。
ときに思考に邪魔もされるけど、「また思考がなんか言ってるなー、つらいなー」と思いつつ、でも今やれることに意識を向けていくといった感じです。つらいと思ってもいいんです。嫌だなと思ってもいいんです。

 家族や子供のことを「こんちくしょう」という風に思っていることがあったり、「自分なんて」と感じてしまったり、不安で手が震えたりしてもいいんです。不安な気持ちと、震える手と、落ち込んだ気分と、一緒に、今できることをやっていくことが大切です。

 このあたりの事は、SIMTでも価値実現の行動と価値崩壊の行動などのところになると思うのですが、実際にSIMTの本を読んでいるだけだと、なかなか理解しにくいなと私も感じています。

 私も、この価値実現の行動と価値崩壊の行動などが、うつの改善とどうかかわってくるのか、うまく理解できていませんでした。そして、体調を崩してしまったわけですが、この1年、アクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT)なども学ぶ中で、病気や感情、思考、感覚をコントロールするのではなく、それらとともに価値に基づいた道を前を向いて進んでいくということが、やっとわかってきている印象です。よかったらお時間のある時に関連する本を読んでみるといいかもしれません。
 僕が読んで読みやすかったものは、「幸福になりたいないら幸福になろうとしてはいけない」 著:ラス・ハリス 
 という本があります。

 ここに書いた内容は、言うにたやすく行うには大変な道です。本当に、苦しい向かい風の中を一歩一歩進んでいるような気がする時もありますが、この一歩一歩が自分の自信を取り戻していくのに大切なものと思ってやっています。

  どうか、今苦しさの中にいる方たちも、諦めずにやって頂けたらと思います。一歩一歩、やっていきましょう。
これからも、このあたりの事は繰り返し書いていくことになると思います。
 まめな更新は難しいかもしれませんが、また気が向いたら読みにきて頂けたらとおもいます。


 

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質問に答えて(洞察の確認と意識の向け方)

本当にご無沙汰していました。今は、体調も徐々に回復し、仕事へも復帰してきています。まだまだ体調にも波があるので、注意しながらやっていこうと思います。でも、この1年でいろいろな事を学び、洞察を続けながら、今できることを続けていくことが大切だということを改めて感じました。一歩一歩進んでいこうと思います。

 さて、今回、以前、マインドフルネスを学んだ方から、ライフイベントをきっかけに体調を崩しててアドバイスを欲しいというコメントを頂きました。私も同様にライフイベントで調子を崩してしまったので、うまいアドバイスが言えるかどうかわかりませんが、この1年で学んだことを振り返って、少し書いてみようと思います。

 SIMTをやっている方にも参考になる部分もあるかと思い、新しい記事として書かせていただきました。

 まず、生きていると色々なことが起こります。いいこともありますが、悪いこともあります。どうしても避けられないストレスにさらされることがあります。だから、調子が崩れてしまうことがあるのは、必ずしもわるいことだったり失敗だったいだったりするのではなく、しょうがないときもあります。大切なのは、そこから回復するための方法や手順のようなものを自分なりに持っていることだと思います。そして、できることを続けていくことです。

 まず始めに洞察です。
 これは、今の自分の状態を見極めるためにも大切です。自分の中に起こってくる現象に名前を付けていくことで、自分自身を洞察していきます。
 すべての事や体験は、まず五感を通って意識に「認知」されます。これが第一歩です。
 そして、その「認知」の仕方に伴って、様々な「感情」が起こったり、「身体反応」が起こったりします。その結果として、何らかの「行動」を起こします。その結果をまた「認知」して・・・というように、体験は繰り返されていきます。

 ここで大切なのは、我々が意識的に変えたり選択したりできるのは、「認知」と「行動」だけです。そして、それらも一部のみといったほうがいいかもしれません。

 自分の「感情」や「身体反応」は自分の意識の力では変えることができません!!!
 ここ、大切なところです。
 ついつい、自分の不快な感情や身体反応を改善したいと思って、色々試してたくなりますが、基本的に、「感情」や「身体反応」を意識の力でコントロールすることは不可能です。
 じゃあ、SIMTやマインドフルネス、呼吸法をやっていると、「感情」や「身体反応」が和らぐことがありますが、これは、あくまで「感情」や「身体反応」がそれ自身の自然な経過の中で改善していくということであり、意識の力で「感情」やs「身体反応」を改善させることはできないと捉えていたほうがよいと思います。
 燃え上がった火を水で消火することはできないけれど、仰いだり、薪をくべたりするのをやめると自然と火が小さくなっていくのとおんなじです。
 あくまで抑え込もうとせず、かといってただ我慢して無視するというわけではなく、そんな不快な「感情」や「身体反応」に居場所を作ってあげて、自然と落ち着いてくるまでそっとしておいてあげるというスタンスが大切です。

 では、意識の力で変えられるという「認知」と「行動」ですが、この「認知」の部分に関しては、物事が起こったり、様々な感情や身体反応を経験した瞬間に、ほぼ自動的に「認知」が起こり、その瞬間に「評価」も起こるので、なかなか手を加えることは困難です。もしこの評価を少しでも変化させたいと思うならば、認知行動療法の手法を用いて、実際に書き出してみて、やってみることをお勧めします。
 SIMTでは、この「認知」の中で同時に起こってくる「評価」「思考」についても、それを無理に変えようとしたりせず、ほおっておこうという考え方なのだと思います。
 特に、調子が悪いときに襲ってくる「自己否定の評価や思考」は、とめどもないものです。パワフルで、すぐに意識がそちらにもってかれますし、本当につらいです。でも、だからこそ、繰り返し、「今、ここ」に意識を戻していくのが大切です。
  イメージとしては、ラジオを聴きながら作業をする漢字をイメージしてもらうといいと思います。ラジオを付けておくと、番組の内容が気になりますが、聞きながらでも作業を続けることはできますよね。ときにラジオに意識が向きますが、またい「今、ここ」の作業に意識を向けることはできます。そして作業をしていくと、ふと、ラジオが気にならない瞬間もあったりしますよね。そんな感じで、気が付いたら、そんな思考や評価が収まってきたということが多いです。

 では、どうしたら、そうやってつらい時期を乗り越えていくことができるのか。
それが、最後にのこった「行動」の部分にあります。実は僕らが選ぶことができるのは、この「行動」の部分だけなんですね。
それも、その一部ということです。調子が悪いときに、できる事って限られますよね。でも、その少しの選択の中で、自分の価値に基づいた行動をしていくことが本当に大切なんです。

 つらい「認知」(自己否定の評価や思考)から、不快な「感情」や「身体反応」が生まれると、当たり前ですが、その状態から早く抜け出したいから、このつらい「認知」や不快な「感情」、「身体反応」を少しでも減らしたい、なくしたい、この場から逃げ出したいという「衝動」が生まれます。この「衝動」が生まれるのは、自然なことです。人間であっても動物なので、目の前の危機や不快から、逃げ出そう、それと戦おうという「衝動」が生まれるのは、本能といってもいいものです。

 しかし、この「衝動」に従って、感情や身体反応と戦ったり、もしくは、それを過度に避けようとして、逃げ出したり、寝込んでしまったりすると、「短期的には」、その状況をコントロールできたように思っても、結果的には、さらに「感情」や「身体反応」を悪化させてしまうということが起こります。
 希死念慮が生じたときの自殺未遂行為や、感情を爆発させたときの家具などの破壊行為、やらなければならないと思っていた約束をキャンセルしてしまった時などがそうかもしれません。
 もちろん、そうせざるを得ないときもあるのですが、「短期的な効果」を求めて、これをやってしまうと、どんどん体調を悪化させて、負のスパイラルに陥ってしまうことが多いです。

 なので、ここで大切なのが、自分の「価値」を思い出すことです。そして、少しでもいいので、その「価値」を大切にする行動、実現する行動に、自分の「行動」を向けていくことが大切です。
  例えが、今の僕だと、やはり「家族を守りたい」という「価値」があり、「願い」があります。だから、調子が悪い日でも、とにかく仕事に行くという選択をしています。ここで、「仕事のでき」という事にはあまりこだわらず、ありのままに、今できる範囲でできることをしていきます。体調が悪い=何もできない、ではなく、体調が悪い=そんな体調の中でできることをやる、という選択をしているわけです。体調が悪い→「こんなに体調が悪くては仕事にいけない」「悪化させないために休む」のではなく、「今できる範囲で仕事をすすればいい。家族を守るために仕事をする」という風に考え、行動を選択していくわけです。
 ほかにも「体力をつけたい」という願いもあります。これは「自分の好きなことをいろいろやりたい」という価値、願いに通じているものです。そのために、気分がのらない日に、「家に閉じこもる」という選択をせず、、「散歩をして体力をつける」という選択をしていきます。

 こうやって、体調がしんどいときに、それをコントロールする行動をせずに、少しでも価値に基づいた行動をすることで、「今、できたこと」を認めてあげる、それを選択した自分をほめてあげるということをやっていきます。
 体調そのものをコントロールできなくても、こうやって何とかしんどい時期をしのいていくと、自然と体調が少し楽になる時期がやってきます。ゼロにならなくても、つらさが5割とか7割くらいになってくるときがかならず来るはずです。
 そこまで何とかしのげると、初めて、永遠に続くように感じたつらい感情や体調も、かならず改善するときがくると感じられるようになります。そして、そのつらい時期に少しでも自分で価値実現のためにできることがあったこと、そういう選択をできた自分に自信が持てるようになってきます。

 もちろん、これは、右肩上がりの一方的な道ではなく、うまく行くときがあり、感情や体調に負けて衝動的に行動し、自己嫌悪になるときがありという感じで、楽な道ではありません。でも、回復というのは、この一歩一歩を、少しずつでもやっていくしかないのではないかと、自分は感じています。

 最後に注意点としては、用事を休んだり、横になったりするのは、決してすべてが逃避であるというわけではありません。
大切なのは、「短期的に」「短絡的に」、そして「感情や身体反応をすぐにコントロールするために」それらの行動をとることは、結果的に良くないことが多いが、「長期的な視点で」、今の自分には休みが必要だなとか、今の自分には大きすぎる課題だからこれはキャンセルしようという選択が取れているならば、休んだり、用事をキャンセルすることは悪くありません。
 呼吸法や瞑想を行う時にも同様なことが言えて、「今の自分をすぐに楽にしたいために」、呼吸法や瞑想を行ってしまうと、うまく改善しなくて、逆に焦ったり、がっかりして体調が悪化することが多いです。
 呼吸法や瞑想は、マインドフルネスな態度、受け流していく姿勢、つらい思考ばかり巡らせないで「今ここ」に意識を戻していく習慣、を身に着けるために、日々、淡々と行っていくことが大切だと思います。

 相談者の方を始め、今もつらい時期をお過ごしの方がたくさんいらっしゃると思いますが、月並みな言葉でありますが、止まない雨はありません、明けない夜もありません。かならず、楽になってくるときが来ます。大切なのは、なんとかそこまで乗り切ることです。それが経験となって、自分の回復の特徴、悪化するときのパターン、対策方法などの経験値がたまっていきます。

 私も、日々、練習だと思って過ごしていますので、どうか、皆さんもあきらめずに、でも頑張りすぎずに、大変な時は、目標を分割え、少しのことでも達成できたら自分をほめてあげて、やっていきましょう!

 また、体調の具合をみつつ、この1年学んできたことや感じたことを、このブログで書いていくことができればと思います。
更新の頻度はお約束はできませんが、また気が向いた時にのぞいていただけたらと思います。

 少しでも参考になることがあれば幸いです。
 ではでは、見て下さった方の1日が少しでも楽になることを願って。

 

すっかり時間がたってしまいました。(今の課題と取り組み状況)

 前回は昨年の11月の更新だったので、そこからすっかり時間がたってしまいました。

 コメントのお返事では、少し現状にも触れていたのですが、実は、前回の更新後、体調が悪化してしまい、昨年12月の中旬より、仕事をお休みして治療に専念しておりました。

 何とか仕事だけは続けていきたいと思っていたので、つからったのですが、冬の寒さで自律神経症状が悪化してしまったこと、少し落ち着いたと思って、そんな中、頑張ろうとしてしまったことも、自分のストレス反応を悪化させる原因になったようです。

 最終的には冷えで腹痛・下痢が頻発し、体力がどんどん落ちてしまったこと。ストレス反応によりぎっくり首になって痛みで動けなくなったことで、ダウンしてしまいました。

 しばらくは、身体を起こすのもしんどく、ほぼ寝ていないと生きていけないような状態でしたが、年明けに真武湯という漢方薬を使ってから、少し体調の改善が見え、現在は、リワークプログラムというのに参加しながら、自分の心の在り方や課題と向き合って、仕事への復帰を目指しております。

 リワークについては、規約があり、詳細を書くことはできないのでが、だいぶ元気にもなってきたので、ここまでに自分が陥ったポイントや、その中で見つけた自分の課題、それへの取り組みなどを少し書いていくことができたらなと思います。

 また少しずつ書いていこうと思うので、よかったら読みに来ていただけたらと思います。

 今回、体調を崩したきっかけが、家づくりを志し、それでストレスをためてしまったことだったのですが、自分のキャパとどの程度の活動やストレスなら抱え込めるかということを見誤ってしまった部分が大きかったです。

 そのあたりのことは前回のブログでも書いたのですが、結局、その結果、自分を責めてしまい、ペースを落とすべきところで、頑張ろうとしてしまったというのが結局休職まで行く過程では大きかったと思いました。また、体調も、少しの気候の変動にも影響されるほど、体力を落としてしまったというのもあったと思います。

 何とかマインドフルネスのテクニックを駆使してと思っていたのですが、身体自体の調子が、かなり落ちてくると、意識を集中させること自体が困難になり、逆にネガティブ思考を回すことになってしまっていました。

 私のマインドフルネス自体が未熟だったことも大いにあると思いますが、やはり心と体はつながっていると強く感じました。
身体の調子が悪化すると、どうにも前向きに考えたり、思考を手放すことが難しくなってしまいます。

 そこで、体調を整えるためにと、漢方を再度試してみました。
 1月上旬に真武湯という漢方に出会い、冷えで悪化する下痢に効果があるといわれているのですが、これが著効し、下痢や下痢をしたあとのどうしようもない疲労感には改善の兆しが見えました。

 しかし、その後、色々漢方を勉強しながら試してみたのですが、やはりベースの体力が落ちている状況自体を改善することはできません。当たり前ですが、身体を動かさないと体力はついてきませんね。
 自分でも体力が落ちている事の自覚はありましたし、疲れやすいというのは、うつの再発をしてから強く感じていたのですが、運動などをすると、すぐ疲れてしまい、その後に精神的な波も出てしまうため、どのように取り組んでいったらいいか、わからずにいました。

 そこで2月の終わりから、リワークプログラムに参加し、リハビリを行っていくこととしました。

 先ほども書いたようにリワークの詳細は書けないのですが、そんな中で、自分の課題が見えてきたので、それについて次から書いていこうと思います。

  課題の一つは
   ① 絶対的な体力のなさ、体力をつけていくことで、自律神経を整えていく。
   ② 自己肯定感の低さ。自分を責めるという事をやめて、自分を認めていく
   ③ ストレスコーピングが少なさ。 ストレスをためやすいところがあるため、ストレス解消法を具体的に増やしていく。

   といった課題です。

 次回は、こういった課題がどのように浮かび上がってきて、どのように現在取り組んでいるのかということを書いていきたいと思います。

  マインドフルネスや自己洞察瞑想療法からは、少し離れるように感じるかもしれませんが、「今、ここ」というテーマで、後々つながってくる内容になると思います。

 私の失敗談ですが、少しでも同様の苦しみを抱える方の一助になればと思っております。こんな失敗をする奴がいるんだと慰められるだけでもいいと思っておりますので、よかったらまたこちらのブログに訪問してください。

 最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 不定期ではありますが、また書いていきたいと思います。
  
 ではでは、今日はこの辺で。

ちょっと体調を崩しておりました。

久しぶりの投稿になります。

実は、少しの間、体調を崩しておりました。体調を崩したといっても、仕事も続けてながら乗りきってこれまして、おかげ様で体調もだいぶ回復しております。

元々のきっかけは、家づくりをしようとしたことです。
忙しい時期であったり、慣れない契約事、また多額のお金が動くことなどから、ストレス反応が身体に出てしまい、最終的には体調の波が大きくなってしまい、精神的にも崩れてしまいました。
 
 体調が改善してから、マインドフルネスの実践をする中で、自分の体調ともうまく付き合えていると思っていたので、なんとかマインドフルネスの実践を続けることで乗り越えようとしてみたのですが、ストレスの大きさが私自身のキャパを上回ってしまっていたようで、残念ながら体調を崩す結果となってしまいました。途中、これは現在の自分のマインドフルネスの実力だけでは乗り越えられないと悟り、以前、お世話になっていた心療内科へも相談に行き、お薬も1種類出して頂いたのですが、ちょっと間に合わず、これ以上は、仕事や生活を続けることが難しくなってしまうと判断し、家づくりは一度諦める事としてキャンセルをしました。
 その後は、薬の内服は続けていますが、もう一度、基本に戻ってSIMTの実践を続けることで、体調は順調に回復してきております。感覚としては、今回、体調を崩す前くらいのレベルに生活できている印象です。

 私としても、マインドフルネスの実践の中で、自分の体調とは折り合いをつけられるようになったと思っていたので、少なからずショックな出来事でだったのですが、その中で、いくつかの自分の課題と学びを見つけることができました。
 
 課題としては、
 ① マインドフルネスの実践を続けてきたが、実際の大きなストレスがかかるような場面において、実生活への落とし込みがまだまだ未熟であったと気づいたこと。
 ②自律神経症状が生じやすい自分の体調とは付き合ってきていたが、その体質自体を、やはり鍛えていく必要があるかもしれないということ。
 
 という事に改めて気づかされました。

 また、そんな中でも自分なりの成長が見えたかなという点については、
① 自分の体調を理解し、客観的に判断して、仕事や生活自体が難しくなる前に、専門家への相談やキャンセルするという決断ができたこと
② 今までの体験とSIMTの学びから、自分の体調の回復の道のりを理解し、それをできるだけ妨げないような生活や意識の使い方につとめ、比較的順調に回復の道のりを歩んでこれていること

などが、失敗の中にも多少は成長を見いだせたかなという部分です。

 これらの課題と自分なりの学びについては、今後、少しずつ、改めてブログで書いていこうかと思っています。

 SIMTの活動についても、参加してくださっていた方々には本当に申し訳なかったのですが、8月以降、活動をお休みさせていただいておりました。
 今後の活動についても、回復してきたとは言え、通院を再開してしまっていることなどから、どうしようか迷い、大田先生にもご相談をしたところ、ピアカウンセリング(当事者同士のカウンセリング)という形で、日記指導などは行わない勉強会のような形であれば、負担がない範囲で行ってもよいのではないかというアドバイスを頂きました。

 私自身も、もともと、このブログにしても、SIMTの活動にしても、私が指導者という立場でアドバイスや指導を行うというより、失敗や苦悩なども含めた私自身の体験をオープンにして、同様な経験をしている方たちに参考にしてもらえたらという考えのもとに始めたものでした。自己洞察瞑想療法の勉強会も、ひとりで学ぶよりお互いの経験や工夫をシェアすることで、SIMTの実践を続けていくことが、少しでも楽になれば、楽しくなればというつもりで始めたものです。

 今回も、これを機会に一度活動を完全にやめてしまうことも考えたのですが、ゼロか一かではなく、自分なりのペースで、できる範囲で続けていくことでが、やめてしまうよりは意味があるのではないかと考え、少しずつではありますが、活動を再開していきたいと思います。活動の範囲や頻度は、少し制限していくことになるかもしれませんが、マイペースに続けていこうと思いますので、よろしければ、またこちらのブログやHPへ遊びに来てください。

 毎月の勉強会は、しばらくは新規の受け入れを中止し、まずは今まで参加頂いていた方に向けての継続の会を、少しずつ再開する予定です。その中で、今後の活動方法や内容についても考えていこうと思っております。

 一部の方からは、ご心配をしてくださっているコメントや励ましの声をありがとうございました。
 細々とかもしれませんが、今後も活動やブログを続けていきたいと思いますので、お見守りいただけたら幸いです。
 
 ではでは、今日はこの辺で。
 

人に勧める前にまずはやってみましょう

暑い毎日が続きます。
体調を崩しやすい時期は、心の調子も崩しやすい時期です。
冷たいものを取りすぎると、胃腸の働きが弱り、精神的な力も低下してしまいがちです。
環境の調整、暴飲暴食の予防などで、身体の調子も整えていきましょう。

今日は、人に勧める前にまずは自分でやってみましょうというテーマで書いてみます。
というのは、これは、僕が人から相談をされたときに、いつもお伝えをしていることだからです。

今、自己洞察瞑想療法(SIMT)を学ぶ会を主催しているのですが、そういうことを始める前から、「実は、自分の知り合いにうつの人がいて・・・」とか、「子供が引きこもっていて・・・」とか、「連れ合いが、体調を崩していまして・・・」などと、相談を受けることがありました。

その時には、一通りお話を聞かせていただいて、自分の経験からできるアドバイスをさせていただくのですが、多くの方が、自分の大切な人が困っていて、何とかそれを助けてあげたい、そして、そのためにSIMTは何か役に立つのではないかと話されます。

実際、私自身もSIMTは、うつや不安障害などの心の不調にとどまらず、ストレスの低減、対人関係の緊張の解消、身体症状や生活習慣の改善など、様々なことに効果があるのではないかと考えています。
というのは、すべての問題には、自分の意識、自分自身の考え方、捉え方というのがかかわってきて、そんな自分自身の意識や身体の特徴をよく知り、整えていくためには、洞察や受容を身に着けることができるマインドフルネスは、ほぼ必須のスキルなのではないかと考えているからです。

しかしながら、SIMTを学びマインドフルネスな態度を身に着けていくためには、実践が必須です。本を読んで、頭で理解して終わるものではなく、実際にマインドフルネスな態度や習慣、振る舞いが身についていく、行っていくことができるのが何より大切です。
そうでなえれば、すべては絵に描いた餅になってしまいます。

そのため、どんなに周りの人が、その人を助けたいと思っても、どんなに周りの人がSIMTが素晴らしいと例え思ったとしても、その本人自身が、「SIMTをやってみよう」とか「マインドフルネスを身に着けたい」といった、覚悟といわないまでも、決心をしてもらわないと、マインドフルネスをお伝えすることはできません。
 そのような準備が整わないうちに、無理にマインドフルネスやSIMTを押し付けることは、まったくの逆効果になり、マインドフルネスを身に着けることと真逆、つまり、問題がより複雑化、もしくは頑ななものになっていってしまいます。

 では、そういった相談は、残念ですとお応えするしかないのでしょうか。

 私は、上記の事をお伝えして、本人がやるかどうかは、ご本人にしか決められないとお話させていただいた上で、次のような事をお話させてもらいます。

 相手を心配する気持ちはとてもよくわかるのですが、そうであれば、まず自分で始めてみてはどうでしょうか。
 というのも、確かにその方は、つらい思いをしていると思いますが、何よりまず、あなた自身の心が健やかでないと、相手を助けることはできません。私自身そうでしたが、当事者としては、自分のうつ病が治らなくてつらいのはもちろんなのですが、そんな自分自身のせいで、周りの人たちが苦しむ姿をみるのは、もっとつらいことなのです。
 自分自身が迷惑をかけてしまっているので、そんなことは口には出せませんが、自分自身のせいで回りが苦しいということで、さらに自分を追い込んでしまうところがあります。
 そんな時に、マインドフルネスを周りの方が身に着けて、心の波風を受け流すことができるようになり、リラックスした状態で過ごせるようになると、間違いなく、当事者本人にもいい影響があると思います。

 このようにお話すると、多くの方は、わかったようなわからないような感じで、現実的には自分でSIMTをやってみようという方は少ないです。なぜなら、相手のことが問題であり、その人の問題が解決しないと、相談者自身の気持ちも楽にならないと考えるからだと思います。

 そう考えるのは当然の事なのですが、実は、マインドフルネスを身に着けていくと、言わゆる問題や悩みというものは、どこまでもその人個人の中にあるものだということがわかってきます。そして、相手の問題や課題と、自分の扱うべき課題の境目がよくわかるようになってきます。

 そして、さらに不思議なことには、そのようにして、自分の課題と取り組んで、自分の意識の中に潜む悩みのため(SIMTでは「本音」と呼びます)を解決していくと、なぜだか、周りの人の悩みもいつの間にか変化していってしまったり、絶対に変わらないだろうと思っていた問題が、いつの間にか解決してしまうことが起こることがあります。

 これは本当に不思議な事なのですが、そういうことがあるのです。

 私なりに考えてみると、我々は、それぞれが独立した存在でありながら、常に影響を与え合っています。
 影響を与えるといっても、別に力を加えたり、言葉を交わしたりしなくても、ただ、そこに存在するだけで、五感を通して様々な情報を交換しあっており、影響を与え合わずにはいられません。
 特に、家族や親友など親しい間柄であれば、なおさらです。

 そんな時に、一人の人が問題を抱え、悩んでいるとします。その時には、その人の悩みが周りにも影響し、周りの人にもつらさが伝わる一方で、その周りの人の言葉には出さない感情なども、(たとえ言葉にはださなくとも、表情やちょっとしたしぐさなどを含め)様々な反応などを通じて、問題を抱えている人にフィードバックされ、問題が問題として認識されています。

 これは、ちょうど、一本の棒の端っこと端っこをお互いに持ち合っているように、そして、手をつないでいるときに、片方が引っ張るときにもう片方も引っ張らなければ、バランスがとれないように、自分は意図せずとも、その問題や悩みの一部を、その周囲の人自身が担ってしまっている可能性があるのです。
 それは、必死に解決しようと努力しているなかで、信じられないかもしれませんが、そういうことがありうるのです。
 
 それは、平行に向かい合う壁の間を、ボールが激しくバウンドしあうようなものです。
 平行の壁どうしで、ボールを打ち合うと、同じコースをボールは永遠に行き来します。一生懸命ボールを跳ね返しているつもりでも、一向に同じボールが帰ってきます。
 そんな時に、相手が投げるボールが悪いと思って、相手の跳ね返すコースを変えようとしても、相手の壁は動かすことができませんから、変わりません。
 しかし、ごく数ミリでいいので、自分の跳ね返す角度が変わると、徐々にボールが跳ね返ってくる向きが変わってきます。
 最初は、気が付かないほど、ほんの少しのずれかもしれません。しかし、そのやり取りが繰り返されていくと、知らず知らずにボールの跳ね返る角度がかわっていき、気づいた時には、最初に会った状態からボールのやり取りはまったく別のものになっているはずです。

平行な壁のやり取り

この時の変化というのは、起こそうと思って、一時だけいつもと違うことをしても意味がありません。一回のやり取りでもたらされる変化は気が付かないくらいわずかです。変化が自覚できるほどになるためには、常にマインドフルな対応ができるようになっていかなくてはなりません。そのためには、やはり継続が大切です。しっかりと実践を続け、身に着けていくことが必要になります。

 マインドフルネスを周りの人が身に着けたことによる、相手の変化というのは、こういうことによって起こうるのではないかと思うのです。マインドフルネスを身に着けていくと、生活の様々なこと、自分の意識の様々なことに気づきを得ていきます。
 マインドフルネス自体は、何かを変化させるというものではなく、ありのままの自分、そして周りを観ていくことなのですが、気づいてしまった時点で、否応なく、自分自身に様々な変化が起こってきます。

 そういった変化は、生活のあらゆる場面で生じてきます。そうすると、その人自身の変化が、否応なく周りの環境や周りの人々にも伝わっていくのです。影響を与えずにはいられないのです。

 なので、私は、周りに悩む方がいる人の相談を受けたときでも、最終的に、その人自身がマインドフルネスを実践してみることをお勧めしています。もちろん、それが、その周りの悩む方を直接的に助けることになるかどうかはわからないのですが、それが親しい人であればあるほど、その相談者自身が、マインドフルネスを身に着け、悩みから解放されていくことによる良い影響は強いのではないかと考えています。

 今日は、まずは自分自身で実践してみようというテーマで書いてみました。

 まわりにそのような苦しい人たちを持つ方も、それが愛する人であればあるほど、余計苦しさは募っていくと思います。
 今回の記事が、そのような方たちにとって、少しでも助けになればと思います。

 ではでは、今日はこの辺で。

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プロフィール

Ko7

Author:Ko7

訪問ありがとうございます。
 

鬱になって苦しんでいたときにマインドフルネスと出会いました。
自分の経験とマインドフルネスを実践する中での気づきなどを徒然なるままに書いていこうと思います。
私にとって先達者の方々のブログが参考になったように、このブログが同様に苦しんでいる方々に少しでも助けになればと願っています。

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